自覚( じかく )

宗教には

いい面 と わるい面が

もちろん ございます 。

全てに、

プラス と マイナス が

あるように。

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考え易い、例を一つ。

『 吾 唯 知 足 』

( われ ただ しる たる )

( 私は 唯 満足することを

知っている )

、、、、、、、

このことを

自覚( じかく )

することと

強制( きょうせい )

される ことでは

天地・雲泥の 差 が

ございます。

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宗教の

( 生命・心 の

あり方、もち方

ゆき方の

先人の 言葉 の )

わるい面は

< 思考停止 >

< 自己陶酔 >に

なりやすい 事です。

、、、、、、、

小生は

『 空 』( くう )を

よく 語ってまいりました。

この 自覚には

《 なかま 》と《 師匠・先生 》が

必要だということは

語るまでも ございません。

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なぜならば

< 虚無 ( きょむ )>

( 人生に 意味を 価値を

見つけることが

できなくなる。

すると、

次の

空( くう )を

空( くう )じる、

空空 ・ 不空 など

無師独悟( むしどくご )は

ありえない。

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< 厭世 ( えんせ )>

( 世の中を 、人びとを

いとう・きらう・いやになる。

あふれれる慈悲・

やさしさ・思いやりのある

智慧< ちえ >に

到達できない )

からで ございます。

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つづき ます

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奥深く

見られることも

ありはせず

ただ 美しく

咲いて散るなり

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乙女椿

( おとめ つばき )

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末筆ながら

よき一日でございますように。

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駄弁、饒舌・蛇足、多謝

ただ 敬と愛と ともに

残月 合掌

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