TEACHING OF BUDDHA( 46 – 2 )

『 BUDDHA   TEACHES   THAT

THINGS   NEITHER  APPEAR

NOR   DISAPPEAR

SINCE

THEY   TRANSCEND

BOTH   THE   AFFIRMATION   OF

EXISTENCE  AND

THE   DENIAL   OF  EXISTENCE  .

,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,

仏陀

( ブツダ )

( 心と命の 真理に

目覚め、慈悲の光に歓喜し、

慈悲の光を発する、存在 )

( 歴史上の 人物 )

( 無限の 慈悲・愛 )の

教えは、

、、、、、、、、、、、、

( 我は 無い

個体は 無い という

般若< はんにゃ・智慧 >

の 自覚と、

だからこそ、

常なるもの< 物・人・事・・ >

は 無い、という自覚から、

あらゆる存在

< 物・人・事・・・>に

対する

、、、、、、、、、、

やさしさ・

あたたかさ

慈愛・慈悲・共感・

愛情・友情・共存・・・・という

< はたらき >が

姿勢・態度・言葉・行為・・

と なって

生まれてきて

、、、、、、、、、、

やさしく・あたたかく

すべての

< 心 と 命 >を

< わたしたち >を

包み込むので ある 。 )

、、、、、、、、、、、、、、

仏陀の 教えは、

( 全ての 苦しみ・悲しみを

いやし、まもる

ものの 見方・考え方・

心の持ち方 )は、

、、、、、、、、、

< 存在すること >

< 存在しないこと >という

ものこと を

二つに 分けて 区別する

ことは、けっして

しない、

、、、、、、、、、、、

つまり、

「《 有ること 》《 無いこと 》」

つまり、

「 《 有 》と《 無 》 」を

こえている、

、、、、、、、、、

< 命 と 心 >は、

「 《 有 》と《 無 》 」とは

関係が ない、という事を、

示し 語り、教えるので

ございます。

、、、、、、、、、、、、

( えー

( そんな

( みも ふたも なーいー

( なんじゃいー

わからない

生きて 行けなく なるじゃん )

、、、、、、、

( いや、

( 生きて行ける よ

悲しみ・苦しみに

振り回されない

心・自分 を

保つ ための

ものこと の 見方・

観方 ですよ

たんなる。

全ては

絶対では ない、

もの・こと・ひと・・・

一つに こだわっては

ならない、

自分を 苦しめ

自分以外を 苦しめる

、、、、、、、

たとえ、それが

< いい >ことだと

しても。 )

、、、、、、、、、、、

。。。。。。。。。。。。

仏 曰く

<  有 に あらず

無 に あらず

生ずることも なく

滅することも ない  >

。。。。。。。。。。。

、、、、、、、、、、、、

なので

ございます。  』

( 仏教聖典からの 引用です、

駄駄日本語、残月合掌 )

、、、、、、、、、、、

この表現に

『 仏 曰く

<  ・・・・・・  > 』の

言葉に

お言葉に

教えに

智慧に

真理に

感想に

思いに

見方に

、、、、、、、、、、

「 慈悲 」を 感じれるように

なるのに

愚僧は、まさに 愚ゆえに

30年かかって

しまいました。( 爆笑 )

、、、、、、

みなさまは、

( お読みのお方が

いらしたら )

そのお方は

簡単です、

よんで くださってるから、

共に 学びあっているから、

( 微笑 )

( 大うそー )

( ほんと )爆笑。

、、、、、、、、、、、、、、

水上から 亀山を

屋形船 より

じつに すばらしい

( 帰り船、 渡月橋が 見えます )

見える・見えない も無い

だから、

今日、今、ここ で、

見えたことは、

大歓喜で あり、

奇跡である、ので

ございます。

、、、、、、、、、、、、

SEE   YOU

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