1月22日(木) 「 釈尊( しゃくそん ) 」 その 7

  「 < 快楽 >中心 」 で なく
  「 < 禁欲 >中心 」 でもない、

  この 『 真ん中 』 に

  『 自分 』 を
  『 こころ 』 を
  『 たましい 』 を

  置きたい
  もので ございます 。

、、、、、、、、、、、、、、

  どなたも
  たいがいの お方は
  御馳走を、
  おいしい食事を
  御経験なさっていること
  でしょう 。

  御病気で
  疲れで、
  気苦労で
  食事できないことも
  御体験のことでしょう。
  もしかしたら、
  断食も。

  「 中間 」 に 立ちたい
  ものでございます。

  『 食欲 』に
  ふりまわされない、
  < 自分 >を
  < 心 >を
  < 魂 >を

  もちたいもので
  ございます。

、、、、、、、、、、、、、、、、、

  釈尊 は、小さな国ですが
 王子さまと して、生まれ育って
 います。

  「 生存 」 としての 欲求・欲望は
  十二分 満たされた ことでしょう 。

  「 生活 」 としての 欲求・欲望も
  十二分 満たされた ことでしょう 。

   でも、
  < こころ >の
  もやもやは  はれない。

  ついには、
  自分自身
  まわりの みんな、
  人間 すべて は

  「 死ぬこと 」
  「 病むこと 」
  「 老いること 」
  に
  気づく、
  そして
  苦悩する。

  「 生きるとは ? 」
  「 死ぬとは ? 」
  「 自分とは ? 」
  「 心とは ? 」
  「 善悪とは ? 」
    ・・・・・・・
      ・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・

 、、、、、、、、、、、、、、、、、

  『 行( ぎょう ) 』 を する。

  つまり

  「 生命 」 そのもの と
  むきあう ことである 。

  名前なく
  性別なく
  年齢なく

  身長体重を わすれ
  知識を わすれ
  経験を わすれ

  「 生命 」 そのものを
  あじあう 。

  とは ?

    つづき  ます

 またしても
  駄弁 の 饒舌 を
    おゆるしを

  残月  合掌

、、、、、、、、、、、、、、、、、

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          寒山や  清きお空ぞ  宝なり  ( ・ )

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

  ・   吾 唯 足 知  ( われ ただ たる< 満足 >を しる )です。

     この言葉には、「 宗教 」 の いい面 と わるい面 がございます。

       つづき  ます

  失礼いたします。
 末筆ながら
 よき一日で ございますように 。

  厚顔   無恥
   愚僧 萬拝

  

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