1月10日(土)  釈尊( しゃく そん ) 

  古代インドの部族( シャーキャ族 )( 釈迦族 )
 の、聖者・尊者なので、「 釈尊 」と、よばれている。

  「 シャカムニ 」 ( SAKYA–MUNI  )の
 訳語 として、 『 能仁 寂黙 』 ( 能忍 )
 ( のうにん  じゃくもく )。

  「 悪人に たいし、 たえしのび 、
   あわれみを かける 聖者 」 という。

  「 たえしのび、うけいれ、
    かぎりない愛と、
    あわれみ を ほどこす 」人である 。

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  6年間の
 「 禁欲 苦行 」 ( きんよく ・ くぎょう )を
  どう考えているのか ?

   ちょと、
  調べてみました。
  ( それで おそく なりました )( 微笑 )

  ・ 身体的 世間的 欲望を 禁じ ( 禁欲 )
    精神的理想境に、たっしようする。

  ・ シッダルタ の 時代は
    「 苦行 」 と 「 修定 」( しゅうじょう )
    であった。

  ・  「 苦行 」( タパス )
     身体をおさえ
     精神の< 純淨 >となす

   ・  「 修定 」( ヨーガ )
      精神を 静め、統一し、
      身体から はなれる

   ・  6年間で、
      身体 も 精神も 
      弱くなり、おとろえた。

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    ・  身体から 精神が 
      「 離脱 」( はなれ 、 だつする )
      しょうと する事を
      やめる 。

       解脱( げだつ )の道でない、と
       思う、きづく 。

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       「 身体 」 と 「 精神 」 は
       一つ という、
       考え・ 立場にたつ、ことになる。

       『 物心一如 』
       ( ぶつ しん いちにょ )という。

       身体( 物 ) と
       精神( 心 ) を
       わけて 考える立場である
       「 禁欲 苦行 」 を やめる、はなれる、
           とらわれない 。

       「 物 」と「 心 」を 区別して 
       考えることを
       「 物 心 二元論 」( にげんろん )
       という。
       
       ・・・・   ・・・・・・   ・・・・・

       物事人を 区別・分別しないという
       ( 考え・思想 )( 心の普遍的特性 )
       ( 愛 ・ 友情 )
       から、
       仏教( 思想 )は、成長発展いく。
      

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  ・  < 「 禁欲 」 中心 >の 反対である
     < 「 快楽 」 中心 > も
          みとめず、

     この 両 極端を はなれ・すてる
    < 中道( ちゅうどう ) >を
     えらんでいる。

       つづき  ます

   駄弁 饒舌
   されど
  敬と愛を
      こめて

  残月  合掌

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    御命日
    門下( 在家出身 ) の 大先輩と 、師匠の墓参りです。

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     お邪魔いたします。 合掌  九拝。

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        寒風や  赤や赤々  目にしみる ( ・ )

   失礼いたします
末筆ながら
 よき一日で
  ございますように。

 ・ おそく なりました( 微笑 )

 厚顔  無恥
  愚僧  萬拝
        
       
     

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