9月24日(水)  彼岸へ

  彼岸 ( ひがん )
  此岸 ( しがん )

 想像してくださいませ。

 私たちの目の前に
川がございます。

 向こう岸を「 彼岸 」
此方こちらを「 此岸 」

 こちらを「 迷い 」
 あちらを「 悟り 」
の世界と想像して
ください。( 微笑 )

、、、、、、、、、、、、

 もし仮に
「 此岸 」( しがん )
の、
『 今、ここ、私 』 で

御満足
至福で
あられましたら、

おめでたく、ありがたく

「 彼岸 」( ひがん )
を、もとめる
必要はない事でしょう。

 もし仮に
苦しく・悲しく
なやみ・もだえ・
なみだし・うめき
さけばれてるお方

いらっしゃられたら、

 向こう岸は
自分自身の
苦しみ・悲しみなど
は、無いから
「 彼岸 」に
一緒に、いきましょ
いかがですか ?

よびかけているのが
< 仏教 >かも
しれません。
 いえ、
そうです。( 微笑 )

、、、、、、、、、、、、、

 向こう岸に
いくためには
どうしたら、
よいのでしょうか ?

 六つの
方法がございます。
御存じのお方も
多いでしょうが、

 ともに
もう一度考えて
みてください。

「 よりよく
生きるために
必要か ?

 どうか ? 」

 この観点からのみ
考えてください。

 どなたも、
私たち人間は
この命は
かよわいもの、
はかないもの、

 時間は大切
あそんでは
いられない。

 『 道 』( みち )
を 体得しなければ

自分の
自分の身内の
自分中心の
 欲望追究
 欲望達成
だけの人生で
おわってしまう。

 「 もったいない 、
   この命
   この心 」
 と、
感じ考えられるから
でございます。

、、、、、、、、、、、、

この『 道 』
とは 何か 。

悟りの世界( 彼岸 )
迷いの世界( 此岸 )
との
関係は ?

この『 道 』とは

向こう岸に渡る
 『 橋 』( はし )
と、考えても
いいのかも
知れません。

 つづき  ます

駄弁ながら
  敬と愛を
   こめて
 残月   合掌

< 『 橋 』の
 はなしに
 なりましたので

 嵐山にある橋
「 渡月橋 」
( とげっつ きょう )
の写真を
 御覧頂きたく
存じます。

 今までと
ちがった角度で
ございます。

 006.JPG

008.JPG

010.JPG

011.JPG

   失礼いたします。

 皆さまの、お近くにも
いい橋が、あることでしょう 。

 橋て、なんだか 
      いいですね。

   はしわたる
    あしどりかるく
      むねおどる
   むこうのきしは
      どんなはなやら
        ( 残月 )

  末筆ながら
   よき一日で
   ございますように。

 厚顔無恥
  愚僧  萬拝

   

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