9月4日(木)  感謝について

 人間の大きさについて
   考えたいです。

  色々な視点・基準
 が、あることでしょう。

  しかし、ここでは
 宗教的に
  接近してみます。

 宗教的と申しまして
も、またまた、これも
色々で、一つでは
ないのだと、
 存じます。

  あえて、
我見・独断で
考えざるおえない
のかもしれません。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、、、、

 どれだけ
大きく、「 感謝 」の
思いを、
もっているのか ?

 かも、知れません。
( 人間の大きさ
   です )

 不平
 不満
 不服
 不快
 ・・・・
を感じる事多い
この国家
  社会
  職場
  学校
  家庭
  自分自身
  自分の体
  自分の精神
  自分の心
  自分の魂
  ・・
  自分の過去
  ・・
   など

「 感謝など
  できるか 。。」
と、叫びたくなる
方々も、

 叫んでらっしゃる
方々も多いかも
 しれません。

  、、、、、、、

生きている
わたしたちの
仕事は、
 このような
< 現実 >に
おいて、
『 感謝 』の思いを
大きく
していくことかも
しれません。

「 大きさ 」とは
広さに 深さ
でしょうか ?

 そのためには ?
 ( 感謝を
   感じる
  一つの方法
 としての 坐禅
 かもしれません。
   微笑  )
   つづき ます

、、、、、、、、、

宗教的にはとは?

この「 命 」の
始めと、終わりを
意識して、
生活すること。

この「 心 」、いえ
この「 我 」の
< 始めと、終わり >を
意識して
思いながら
考えながら、

 恐怖か ?
 嫌いか ?

日常を生きる。
 食べ・寝て
 読み・聞き
 見る・触れる
 話す・
 歩く・走る
 学ぶ
 ・・・・

「 命 」
「 心 」
「 我 」の始めとは?

「 命 」
「 心 」
「 我 」の終わりとは?

  つづき ます。

駄弁ながら
  敬と愛を
  こめて

残月  合掌

<  新聞記事で
  いい言葉を
  読みました。
   その事を
 話したいと思い
 始めた
 今日のブログ
 でしたのに、
 、、、、、
 前置きが
 長くなりました。
  反省です。
  
次の言葉です。

『  感謝されない
 ことを、
 ホコリにしよう 』。

、、、、、、、

 感謝をもとめて
苦しむ方々が
多いような
 気がして、、、。
( 微笑 )
( 笑えない )>

失礼いたします。

 末筆ながら
よき一日で
 ございます
  ように。

愚僧  萬拝

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