8月3日(日)  お盆まいり  3

 昨日の駄歌

「 八月は
 悲しい月で
 あろうとも
 未来をつくり
 世界を変える 」

「  先人の
  御霊( みたま )
  にむかい
  はじを知る
  心しみいる
  蝉の声かな 」

 以前、
ふるさとへ
10年ほど
帰ってません
でした。

 嵐山の
この寺院の
荒廃はひどく
一日も
留守にできない
状況であり、

また、
五島列島は
日本列島の
西の果てであり
費用もかさみます。
 ( 微笑 )

 10代後半から
20代のはじめは
よく、御墓の
掃除清掃を
いたしました。

 どのように
生きるべきか?
人生とは何かの
問題に、
とりつかれて
いた時代でした。
 ( 微笑 )

 五島は
人口激減の
大変な時代を
むかえている
ようでございます。

 五島は
色々な人々が
集まっていた
ようです。
  小生の
父方は、400年ほど
前の来島、
大分県大友家
の関係者でした。

母方は、大阪
泉佐野の出身者
であり500年ほど
前から在島して
ました。

 古代から
中国との交流の
中継点であったり、
倭寇( 海賊 ? )
がいたり、

 一万石の
小藩の街でも
ございました。

 クジラ・サンゴ
などが、よく獲れ
裕福な時代も
あったようです。

 この寺の
創建者、了以翁の
父上殿( 宗桂 )
渡航の折
立ち寄られて
らっしゃいます。
( 歓喜 )

  最近は
キリスト教の
教会が
注目されるように
なってまいりました。

 いつか
みなさまがたを
ご案内
いたしたく
 存じます。

、、、、、、、、、

 ふるさと五島
  観音寺の
  墓地を
  心の中で
   お参り
    しながら

 残月  合掌

<  ふるさと
    自慢を
   いたします。
   ( 大笑 )

『 世界の中で
  日本列島の
   価値役割は
    大きい。

 日本の中で
  五島列島の
   価値役割は
    大きい。 』

  ( 大笑 )
 ( 笑えない )>

飛びながら
  失礼
 いたします。

末筆ながら
  よき一日で
 ございます
   ように。

愚僧  萬拝

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