7月30日(水) 尽心( じんしん )とは ?

  かたい話かも
 しれませんが、
 いつも遺言の
 つもりで
( だれも聞かない )
( どなたも
   読んでいない )
( ひとりごと )
( バカ です )
( 大笑い )
 書いているつもり
  でございます。

  何回目という
番号はございません。
いつも、何月何日と
記入しているのは
「今日だけ
 本日だけ
 一回きり 」だけ
のつもりです。
 その覚悟
でございます。
( 微笑 )

  でも、
内容テーマで
連続になっていたり
< つづき ます >
で、その日
終わってる
場合も
ございます。
< 区切り >が
できていないとい
う意味で
ございます。

  小生の
誤解が、さらに
誤解を
うみださないよう
十分注意し、反省しながら
進めているつもり
でございますが、
、、、、、、

  最終的には、
 わたしたち、
 各自が、
『 自分自身で
 考える
 自分自身で
 覚・悟る 』ことが
 人間、わたしたちの
  目的ですから、

誤解・曲解を
おそれてはならい、
と存じ、
精進いたして
いるつもりで
ございます。

 そして、たえず、
現場で
日常で
生活の中で、
立ち振る舞いの中
対話
行為
ふれあい
あいさつ
まなざし
・・・・・・・・
などを とうして
 お互い、共に、
 修正していかなく
てはなりません。

実行第一で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、、

 なぜならば、
 人の学びは
知識・技術の
修得だけではなく、

実行のための
 『 自覚
   自知 』
 が目的でも
 ございます。

   また
「 生きる
 よろこび 」を
あじあうことも
目的としたい
 この
「 和尚
  日和 」で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、

 尽心の
説明のつもり
でしたが、
 ・・・・・

 これも
ひとつの
「 尽心 」
かもしれませんが。
 ( 微笑 )
 ( 反省 )

 駄弁ながら
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 江戸時代
  のことで
  ございます。

  儒教の
  師弟の
  お話です。

  勉学を
  おえた
  弟子が
  江戸から
  ある藩へ
  向かいます。
  問題山積みの
  藩でした。

  彼が
  師匠から
  いただいた、
  餞別
  ( せんべつ )
  の言葉は

  『 尽己 』
 ( おのれ を
   つくす )
  でした。

  そして
  その後
  その弟子は
  なしとげました。

  師は、一斎
  弟子は、方谷
  実践的儒教
  陽明学の
  流れです。

   師は
  明治維新を
  かげから
  ささえています。

  愚僧は
  陽明学的
  禅僧でございます。
  ( 大笑 )

  実践実行なき
 思考は、よくない。
 ごみ、一つでも
 ひらうことが
  たいせつ、と
 いうこと。
  こまっている
 人の友となる、
  、、、、とか。
( むずかしい )
( はんせい )

 、、、、、、、、、

『 自分の力を
 つかっているか
 全力を
  だしているか?

 尽くしているか?
  こころ を
  おのれ を

 <出し尽くす> 』

 日々、
 反省したい
 もので
 ございます。 >

飛びつつ
 失礼いたします。

末筆ながら
 暑さに
  負けないように
 なさって
  くださいませ。

 愚僧  萬拝

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