7月16日(水)  恩人の死  2

   掃除から
 始りました
 小さな境内
 ですが、
 8割は山の斜面
 なので、
 大変、危なく
 体力を使うもの
 でした。

   数十年の
 手を入れないと
 いう期間は、
 原型の地形を
 とどめて
 いなく、
 なにがなんだか
 わからない
 状態でした。

  そういえば、
 よくおっしゃつて
 ました。

 「 和尚が、
 わたしの歳に
 なったら、わかり
 ますよ。 」と。

  体力の
 全てを打ちこんで
 くださいました。
 
 15歳ほど、年上
でしたので、そうとう
しんどかったかも
しれません。
  ほんとうに
 ありがとう
  ございました。

  精神の力も
 すばらしく、
 ロープ使いは
 完璧でした。

  仕事の前は
 必ず、
 「 千手観音さま
   了以翁 」に
  お祈りしてらっ
 しゃいました。

  二人して
 祈らざるおえない
 ぐらい、あぶない
 仕事が多く
 ございました。

  大木の手入れ
 は、事故が時々
 発生いたします。
  しかし、一度も
 事故もケガも
ございませんでした。

 「 観音さま
   了以さま 」の
ご加護の賜物
だったのでしょう。

 、、、、、、、、、、、

 恩人は、初日に
 『 今日から
 名前を変えます。
  < 道心 >
  です。
  よろしく
 お願いします。 』
  と 。

  二人して
 とても、青臭い
 心ですが、

  『 世のため
    人のため 』

  で、手と足
    体、精神を
   使って
   いました。

  報酬は前提でない。
  無い。
  無くても、いい。

  『 やらざる
     おえない 』と。

 、、、、、、、、、、、、、

  大仕事を
 おえて数年後
 こう語ってました。

 「 和尚。
    よく
  あんな事が
  できたな、と
  思います。

   今だったら
  できませんよ。

  不思議です。」

 、、、、、、、、、、

  「 道心さん
   本当に
   ありがとう
  ございました。

    わたしも
   全力を
   尽くします。

    どうか
   お守り
  くださいませ。」

 駄弁ながら
   感謝をこめて。

  残月  合掌

<  先日の
  大雨で
  枯れていた
  大木が
 倒れていました。

  大悲閣道という
  川沿いの道に
  ある
  紅葉の大木
  です。

   しみじみと
  眺めて、さすり
  お別れしました。
 ( 根の石まで
   拾いました )

  その次の日、
 病院から連絡が
  ございました。>

  失礼いたします。
末筆ながら
 よき一日で
  ございます
    ように。

愚僧  萬拝

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