7月13日(日)  禅定( ぜんじょう )

  言葉・用語・概念を

 正しく使える

 ようになりたい

 ものでございます。

   とくに、

  哲学・宗教の

  言葉・用語は

  むずかしいものが

  あり、やになり

 がちでございます。

   でも、
  忍耐つよく

  < 愛 >を
  もって、
  考えたいと
  存じます。

、、、、、、、、、、、、、

 < 知りたい >
 つまり
 < 「 知 」 を
   愛すること >が

  哲学といわれます。

 それも、より
 根本( こんぽん )
 原点( げんてん )
 なことを

 思い込み
 決め込み
 前提( ぜんてい )
 などから

 離れて考えます。
 ( 自由に )

 、、、、、、、、、、

 おそらく
そのような事を
したら、

 疑問に
思ったら

 不安に
かられ、
< 日常生活 >が
ぐらつき

 いやだ
 よくない
 だめだ

となりそうです。

、、、、、、、、、、、

 でも
トマト 一個
キュウリ 一本を

より愛するために

< 日常生活 >を
より いきいきと
生き抜くために

 ともに

 哲学者
 宗教家
 になり

< 生命の真理 >
 を身につけ

 真の
 ただの

 『 人間 』に
 なりたいもの
 でございます。

、、、、、、、、、、、、

 奇奇怪怪の
現代世界
日本社会
 において

「 思い 」あふれ

「 思い 」みだれ

「 こころ 」 苦しむ
自分自身を

何歳であっても
死ぬまで

成長させたいもの
でございます。

 すべてを愛し
 すべてを信じ
 ともに、
 よりよい、
 日常生活
 社会生活を
 、、、、
 できるようになり

 すこしでも
「 よりよい世界 」
を 築いていき
 たいもので
 ございます。

、、、、、、、、、、、、

 「 禅定 」を
語るつもりが、、、
 ( 微笑 )

「 語る 」前提
      以前の
 小生自身の
点検なってしまい
ました(反省)、
 また、長い前置きに

 なってしまいました。
  すみません。

 、、、、、、、、、、

  人 物 事
  また 
  自分を

  疑い
  信じない
  不安な
  悲しい
  さびしい
  「 自分 」を

  こえるためで
  ございます。

まさに駄弁を
  弄しました
 もし、御読みく
  ださるお方が
 いらっしゃられたら
 うれしく存じます。

  敬と愛を
    こめて
 残月  合掌
 
< 『 禅定 』の
  簡単な意味

  1 こころ
    静かに
    思い
    回らす

  2 真理を
    もとめ
    みつめる
    あじあう

  3 心と身の
    安定
    統一
    ・・・・

  4 心中 歓喜
    身心 安楽
    ・・・  ・・・

  、、、、、

  古代インドの
 言葉 「 dhyana 」

 音写( 発音から )
  < 禅 >
 意訳( 内容から )
  < 定 >
   です。   >

  失礼いたします
 末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

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