6月8日(日)  了以翁 四百年

    日本の偉人
    京都の恩人

   嵯峨嵐山の
   大恩人であられる、
  角倉 了以 様
  ( すみのくら
     りょうい )は、

  1614年に
  亡くなられました。

  昨年、
  おかげさまで、
  400回忌を
  営み修する事が
  できました。

  心より
  感謝申し上げます。
  まことに、
  御支援
  ありがとう
  ございました。

  人物の大きさに
  比例して、
  京都で色々な
  催しがあり、
  本年も、
  市中の水路である

  「 高瀬川 」の
  完成 400年に
  あたり、
  了以翁にたいする

  『  感謝の思いと
    尊敬の念  』は
  より、高まりかつ
  深まっているような
  気がいたします。

   本日も、
  嵐山、渡月橋の上流
  の 大堰川(おおい)
  で、簡単な催しを
  いたします。

   船上の行事であり
  早く、広く、
  多くの方々を
  お招きできるように
  なりたいと
  存じております。
   しばらく、
  お待ちくださいませ。
    ( 微笑 )

    また、今後
   毎年秋に開催できる
  ように、準備して
  いきたいと覚悟を
  決めている次第で
  ございます。
   何卒、
  色々なアドバイスを
  お願い申しあげます。

   本年本日は、
  ある御高齢な
  神社仏閣へ
  奉納舞をなされ
  つづけられ、
  日本・京都の文化に
  非常にご貢献
  なさられた先生の
  発案・肝いり( ? )
  でございます。
  
   のろのろ、
  している愚僧を
  叱咤激励しくださり
  の事でございます。
   ( 大笑 )
   ( 大反省 )

 
 駄弁ながら
   現状の
   ご報告で
   ございます。
 残月  合掌

< 「 了以忌 」
    と
  「 川施餓鬼 」
    を
    かねています。

   了以様にたいする
   感謝・尊敬の
   思いと

   川にたいする
   感謝の思いと
   反省をこめ、

   川に生息する
   生き物への
   供養でも
   ございます。

   そして
   私たち人間の
   人格の
   成長
   成熟
   のためでも
   ございます。

   きっと
   了以翁は
  「 オレをほめるより
   オレのようになれ 」
   と
   いっているような
   気がいたします。

  「 むずかし、
   でも、いどむべし。 」
   で ございます。
   各々の立場に
   おいてで
   ございます。

   中学生は
   中学生の立場で
   山僧は 山僧の
   立場でで
   ございます。

   いったい
   どういう事
   なのでしょうか?
   ( 微笑 )

     つづき  ます。

  、、、、、、、、、、、

 法要・行事に
    あたり。

   『 報恩 』
   『 知恩 』
   『 感恩 』
   こそ、
   『 正受 』
   『 真心 』
   『 覚命 』
   では
    なかろうか? 
   、、、、、、。 >

 いつもながら
  飛びながら
   失礼いたします。

  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  いつの日にか
   船上にて。

 愚僧   萬拝

  

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