3月9日(日) 400年前 その2

昨日が、あったので
明日の事を、
思い・考えしまうように

100年前があったので
100年後を、考え
予想し対策を練る事は
悪い事、つまり、
「今ここに、生きない」
「なりきらない」
中途半端な事
では、ないようです。

でございますから、

400年前があったので
400年後を、考え
予想し対策を練る事も
いい事かもしれません

千光寺が
800年前に創建
されたのであれば
800年後を、考え
予想し対策を練る事も
空想夢想とばかり
いえないかも
しれません。

個人は、
今日は赤ちゃんでも、
100年後は、ほとんど
存在しないでしょう、
100歳を越えられる
方々もいらっしゃられる
でしょうが( 微笑 )。
でございますから、
『 死 』を
十分に、考え
対策を練る事は
大切なような気が
いたします。

国家・民族は、
おそらく、
個人・社会形式と違い
消滅しないので、

1000年
単位で、考えたいもの
でございます。
むずかしい事で
ございますが。

駄弁でございます。
  敬と愛をこめて。
   残月 合掌

<  私たち
個人の事も、きちんと
考え対策を練らなけ
れば、ならないの
でしょう。

一時間後
午後
明日・三日後
一週間後
一か月後
3年後
5年後
、、、、、、
、、、、、、
ほんとうは、
十分注意しても
午後の
自分自身の「 命 」
「 心 」「 気 」
「 魂 」「 霊 」
の存在すら、定か
ではない。
( きちんと
 定義したい
もので、ございます )
( 微笑 )
、、、、、、、
、、、、、、
「 死 」も
「 死後 」も
考え対策を練らなく
てはなりません。
『 はい 』( 私 )
むずかしです。(微笑)
精進いたします。>

失礼いたします。

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