昨日は、ミスいたしました
申し訳ございません。
一番よくない「 あせり 」
のためでございます。
反省いたします。
今日が25日であり
昨日は24日でした。
本日は、
京都・北野の
天満宮は「 梅花祭 」
です。
受験シーズンであり
連日多くの若者・御家族
のみなさまの
合格祈願お参りが
ひっきりなしで
ございます。
今日は、縁日であり
よりいっそうの
人で出ございます
でしょう。
全員合格とならないのが
まさに、人生の「 妙 」
でございます。
合格しても、
合格しなくても、
人生は、続きます。
不合格の方は
つらい事でしょう、が、
まさに人生色々です。
芸術の世界とか、
あまりに早く、世の中に
認められない方が
いいと、いったりします。
宗教の世界も、
きっとそうでしょう。
認められる訳がない
( 微笑 )
昨日のミスのもう
一つは、和歌です。
一字、ぬけていました。
失礼いたしました。
『 はるちかし
はなみずすする
あらしやま
かわをながめて
ひとりほほえむ 』
以前< 言葉から >
では
『 旅人は死なない 』
を考えたことがありました
『 空の立場で
無我にて
神仏に
生かされながら
慈悲の光をあび
慈悲の光をはっして
行く時、
そこには、
一般的な<死>は
ないというお話
でした。 』
続きます
駄弁ながら
敬と愛をこめて
残月 合掌
< 今日の言葉
は、ありふれたものです。
宗教の世界では。
( 笑 )
でも、なかなか、
実行できない。
『 見返りを求めぬ
愛があれば、
人は必ず
立ち直れるです。 』
このような
『 愛 』の実践を
なしたいもので
ございます。
もうひとつ
『 怠惰( たいだ )な
多忙( たぼう )』
反省させられます。
時間を、
快楽・刺激のために
多忙にしがちである。
今も昔も。
人生の本質を
考えるべきである、と。
よき、老後のために。
死ぬ前には
『 円熟 』すべき
である、という
言葉でした。
愚僧(なるほど)と
感じいりました
。
若僧が
恥もしらずに、
失礼いたしました。>
飛びながら
( まただ )
失礼いたします。
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