12月26日(木)  人として、認め合う。  11

       先日、ある記事を読みました。
     仏教に、出会われた、御話です。

       ある人が、精一杯、人のためと
     思い、努力精進、仕事に打ち込んで
    いたそうです。  しかし、周りからは、
   誹謗中傷( ひぼう ちゅうしょう )ばかり
   だったそうです。

     「  なんで、私が、このように、
       悪く言われ、ひどい批判を
        あびせかけられるのか ? 」と
     悩み、苦しんでいました。

      ある時、仏教の本を、手にしました。
    パラパラ、目を通して、ふと、あることに
    気づきました。

      『  自分は、人のためと言いながら、
        自分のため、自分が人から、
       よく見られたい、よく言われたいという
        気持ちが、あったのだ。

          だから、苦しむのだ。
          求めている事が、
          満たされず、
          何故、なぜ、と
          思いわずらって
          いるのだ。

       エゴ・我・自分の都合・身勝手
       ・・・・・・・  だったのだ、
       これが、煩悩( ぼんのう )なのか、と。 』

       すると、
       身も心も、
       ( からだ ) も ( こころ )も 
       『 楽 』 に なったそうです。

       ( おもい )が、減ったのでしょうか?
       きっと、そうでしょう。
       何故、減るのか?
       受け入れたのでしょう。
       何を?
       批判を、いやな事を。
       なぜ、( おもい )は、減るのか ?
       ・・・・・・・  御自身で、、、、

          なぜ、このような御話を
       したのでしょうか ?
        「  人に、認められたい  」という事と、
       「  人として、認め合いたい  」 が、
        関連すると、存知たからでございます。

                   つづき   ます。

 <    さいまつや  ひごろのかりを
           かえさんと
             ひがないちにち
               みぎひだりうえ
                  ( 微笑 )   >

 <    歳末や  町の花店  美しや   >
 <    歳末や  餅もあふれる  町の角  >
 <    歳末や  小学校も  一休み   >
 <    歳末や  休暇の方よ  うらやまし  >
 <    歳末や  元旦のため  一(いち)のため >
 <    歳末を  迎えるこの世  楽しけり   >
 <    歳末を  知らぬ身分や  山の猿   >
 <    歳末を  流るる川や   嵐山   >

 <    よき一日で ございますように。
         病気・けが・事故・あらそい を
           あまりしない、
          年末・年始でありますように。
       なんでも起こる、人生、この世です。
         心、静かに、
          ともに、歩みたく存知ます。 

       なにが、生じても、起きても、
         この世の事です。
          あまり心配しないで、
       この覚悟で、行きたいものございます。 >
 
 <   いい事だけが、起こると思うのは
           私たちの、慢心(まんしん)です
                   ( 微笑 )  >

<   年末の、御挨拶になりました。
       くれぐれも、御無理
          なされませんように。
       お会いしたことが、あるかたも、
          ないかたも、みなさま、
         よき新年をお迎えくださいませ。
     この拙い文章を、御読みいただいた方に
      感謝申し上げます。  
     
     新年は、心を新たにいたします。
   よろしくお願い申し上げます。
                    嵐山  残月  >

          失礼いたします
          

          
          

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