9月14日(土) ある言葉 14

   <  うぬぼれ  ><  おごり  >
つまり、≪  慢心  ≫まんしん、は どこから
来るのでしょうか?

  「  自慢屋( じまんや )  」
  「  私は、えらい  」
  「  オレは、立派である  」
  「  僕は、何でも知っている  」
  「  わたしは、美しい、一番  」

 人間は、自分を愛するために生きている。
   ( 仮定 )( 一応、こう考てみる )

 この< 自分 >を、どんどん、徐々に、
           広くする
           高くする
           深くする
           清くする。
      私たち人間の根本の仕事です。
         どのような社会生活
           でございましょうとも。

 <  小さい自分  >のままだと、
人間の偉大な、尊貴なる、
  (  真の心  )
  (  真の魂  )
     は、『  自分自身を、愛せない。
             認めることができない。 』

   それくらい、
       人間の本性は、
           ≪  尊貴  ≫(そんき)
         なるもの だと、存じます。

      自分をごまかす事は、
           本来できないことで、
               ございます。
            本性は、みな、
               自分に、厳しい。( 大笑 )

     大阪の経営の神様の言葉です。
 商人です。 よき物をうみだして、
人間を、しあわせにする事に、徹してられました。
  その方の御言葉です。

  「  神仏への、祈りがでるくらい
       努力しているか?
         自分の力を、
            出しきっていますか?  」

               つづき   ます

  秋が近ずく土曜日です、
     用事が重なってますので、
       本日これにて、失礼いたします。

   駄弁ながら、敬と愛をこめて

             残月    合掌

< 清き光が、満ち満ち溢れますように  >

< 苦しみ 悲しみ  いらだち  さびしさ
     もやもや  不平 不満  不服
        が、
     この世から、
     私たちから、 なくなりますように  >

< 努力、精進する気持ちを、忘れないように >

<    どこまでも、変化するということ。
     成長できるということ。

      内面の偉大さ、尊貴性を、
      比較を超えた、絶対を、
         もとめつづけ、
           身に付けること。

          何歳であられましょうと、
        ご高齢で、あれば、あるほど、
      で、ございます。

         若者は、そのような御方を
            心から尊敬し、
              学んでいくのです。

         僭越ながら、
            御願申しあげます。   >

     飛びつつ    失礼いたします。
  

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