8月29日(木) ある言葉 7 <観音さま>

  謙信公の御言葉で家訓でございます。

6 「 心に  誤りなき時 ( あやまりなき時 )
      人を  畏れず ( おそれず )  」

  私たちは、よく< 間ちがい >
          < 手ちがい >
          < 勘ちがい >を、しでかします。
  小生も、よく、しでかしてしまい、( 笑 )
 急いで、訂正に追われたりします。
皆さまは、いかがでしょうか? 
なるべく、≪  ちがい  ≫を少なくしたいものですが。
  それが、なかなか、むずかしい。 ( 大笑 )

  失敗したら、反省して、努力精進あるのみです。
くじけず、くさらず、人を悪く言わず、歩くのみです。
一歩一歩 また 一歩です。 

  ここの 『 あやまり 』 は
いまの ≪  ちがい  ≫とは、異なると存じます。
 間ちがえ ないで 下さいませ。(笑)

  『  あやまりが  ない時  』とは、

つまり、
『  天地( てんち )に 恥じる事がない時 』
と、とらえたいと存じます。

また、
『 清廉 潔白 ( せいれん けっぱく )の心根 』を
もってる時と。

そして、
『 我利我利亡者( がりがり もうじゃ )でない生活 』
でない時と、考えてみたいと存じます。 ( 笑 )

今風ですと、
『 自分中心で、エゴイスト、己(おのれ)だけよければ 』
という気持ちがない時とも、いえます。 ( 大笑 )

  このような『 あやまりが  ない時  』は
 「  人を  畏れず ( おそれず ) 」でございます。

    『  人を  おそれない  』という事は、
  とても、とても、とても、大切で、重要な事です。

    尊敬のあまり、畏れるではございません。
    尊崇のあまりの、( おそれ )ではないです。

    『  人を  おそれて しまう 』と、
      人間のいい性質である
  『  素直  』 『  卒直  』 『  正直  』
  が、うすれ、かくれて、しまいがちです。 
    面白い事です、≪  直  ≫が三つとも。( 笑 )

              つづき  ます。

  <  観音菩薩さまは、この『 おそれ 』を
    取り除いてくださると、数千年、
    うまず、たゆまず、あきらめず、
      愚かながらも、可愛いらしい私たちを、(笑)
        どうにかして やりたいと、
         語りかけてくださっています。
               ( ホントウ です )(笑)

            般若心経、観音経です。 >

    駄弁ながら        残月   合掌

 <  一日一善、
    一日十全( 全力を 尽くしたい )
          ( 自分を 尽くしたい )
          ( 己 を  尽くしたい )
          ( 心 を  尽くしたい )

       くすぶるな、もえつくせ、 静かに。

       昨日も、明日も、無い。
       、、、、、、、、も、無い。
       、、、、、、、、も、無い。
       、、、、、、、、も、無い。    >

   走りながら  失礼いたします。

      追伸    「 何に、尽くすのか? 」

             「  不識 ( ふしき )
                しらないよ、、、、 」
         
               ( 爆笑 )( 笑えない )。

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