8月13日(火)   無について  2

         1979年 昭和54年4月 から、京都にいます。
      嵯峨・嵐山・花園という 地名の、市内西部のみでございます。
    現在、北西部にあたる、北野も、ささやかな活動の拠点になっています。

       30数年前、
     『  仏の、別表現が<  無  >である。  』 と、
   その当時の高僧といわれる方が、書物に書いてられました。

       20数歳の小生は、
     「  バカ な事を  いっている 。
       言葉 の 遊びじゃ ないかな 。 」

      
       30数年後、50代の中ごろになり、
     『   なるほど   そうなのですか。
       ( うそ ) ( でたらめ )で なかったのですね。

       バカ な事を  思いました。
       申し訳ございません。     』  という気持ちです。

        皆さま方も、
      あきらめないでください。
    「  神とは  何か ?  」
    「  仏とは  何か ?  」
    「  人間とは  何か?  」
    「  人生とは  何か ? 」
    「  死とは   何か ? 」

    「  自分とは  何か ? 」
      (  自分 は 何を のぞんでいるのか ? )
      (  自分 は 何を しているのか ? ) ごまかさない。(笑)
      (  自分 は 何を たべているのか ? ) ごまかさない。( 大笑 )
       、、、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、

     駄弁です              残月     大合掌

  <   神仏の光に   つつまれますように
         神仏の光を   感じられ ますように

         先人・他人の光   ありがたし
           古人・先祖の光の  ありがたさ
             一万年の光明の  ありがたさ
               百年の光明の ありがたさ

             父上さま
             母上さま
                 、、、、、、、、、、
                   、、、、、、、、、、、
                     、、、、、、、、、、、。   >

                失礼いたします。

 

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