8月7日(水) 心の働き <妙>2

       「  身心・命  」のことを

      < 有限 >にして、< 無限 >である。
  また、< 無限 >にして、< 有限 >である。

      まさに、いい加減な、言葉の遊び、ではないか?
      まさに、適当な、   言葉のごまかし、ではないか?

      本当にそうです。

    でも、私たちが、実践実行家の 生活人であるならば、
   言葉の世界に、とどまる訳にはいかない。

    なぜならば、この世は、苦しみ、悲しみ、困っている方々が
   たくさん、多くいらっしゃるからです。
    小生は、いつも、自分自身に、自分以外に、
  苦しみ、悲しみ、困っている友人が、数人、周りにいます。

     御病気に、家族に、仕事に、社会に、生活に、
   苦しみ、悲しみ、困っている方々は、多いです。

     新聞、テレビ、ラジオからの、お話は、
  この世は、問題だらけで、どうにかしなければ、
  ならない事ばかり、伝わってきます。( 楽しい事もございます )( 笑 )

     ですから、言葉の世界に、ゆっくりできないと存じます。
    (  でも、じゅくりと、言葉の世界を、正確に築きあげる事も、
      重要であるという事は、明白です。 大切な学問です。 )

      昔から、実践実行せざるおえない、立場、境遇、気質の人間が、
    行為、行動中心の  言葉でない< 心 >の哲学を作ってるような
    気がいたします。

        中国の儒教の歴史で、 「 陽明学 」の登場、
      中国の仏教の歴史で、「 禅宗 」の発生なども、
    < 身と心 >< 命 >< 生活 >≪ 現場 ≫中心の、
    実践実行家の< 心 >の哲学のような気がいたします。

        <  自分  >のようで<  他人  >
        <  他人  >のようで<  自分  >。

        <  得( とく )  >ようで<  損( そん )  >
        <  損  >のようで<  得  >。 

        これを、 実践実行する。   ( 大困難 )
        これを、 生活する。      ( 笑 )( 笑えない )

      現代日本社会の   人間を中心の≪ 現場 ≫≪ 仕事 ≫に
          おいては、上記の観方、哲学を、きつちり身につけないと
            苦しみ、悲しみに、負けてしまいそうに、なりがちです。
       < 生命の進化、 人間の歴史  、「 私 」の本質 >からの、
     理論をもたない限り、現実に、私たちは負けてしまいそうな
      気が、小生・愚僧はいたしております。

        ≪  労働観  ≫ともうせましょうか、
       心・現場・仕事・命・金銭・・・などの、新しい統一理論でしょうか。
     どうしても必要な気がいたします。 私たちが、ただ、幸福になるため
      でございます。

         <  自分  ><  他人  > の区別を超えた、< 何か >

         <  得  ><  損  > の区別を超えた、< 何か >

         <  有限  ><  無限  > の区別を超えた、< 何か >

          、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

          どうしても、必要になってまいります。

                               つづく

      駄弁です、悲苦をこえるために
                           残月    合掌

   <    今日  一日   しあわせで   ありますように  >

   <  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように     >

   <   この世から  悲しさ  苦しみが  少しでも
          減りますように   >

   <   「  知ること  」は 「  行うこと  」である。
                      陽明学
                  ( 知行一致 )     >

   <   「  知ること  」は 「  成ること  」である。
                      禅宗
                  ( 万物一体 )    >

   <   御病気・御ケガの( なかま )の
           一日でもお早い  ご回復を    >

            走りながら   失礼いたします。

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