7月23日(火) <無限の身体>と<無限の心> 2

     昨日のブログが、原稿のままでした。
  もし、毎日お読みいただいている方が、いらっしゃられましたら、
 申し訳ございません。  すみませんでした。
    完全消滅は、避ける事ができるようになりましたので、
  おかげで、文章は残っていました。 今朝の公開になりました。
  (  オレとしたことか  大笑い  )
  (  駄弁なのに、何を気にしているのだろう  )( 笑 )

  毎日、最後の方が、< 走って失礼する様 >になりやすく、
まさに、恥ずかしながら、ミスを犯してしまいました。 反省です。

  <  まちがい ・ てちがい ・ かんちがい   >を
 しでかさないよう、十分注意しなくてはならない、です。
 そうです、< 1、 確認 2、かくにん  3、確認  >ですね。
  反省いたします。  失礼いたしました。

     さて、≪  無限  ≫について、でございます。
  ≪  限りが 無い  ≫ ≪  ( かぎり )が、ない  ≫
   に、ついて、考えてみたいと存じます。

        どのように、考えてみても、
     私たちの< 個人 >といはれるものは、
   無限の、考える事のできないくらいの< 時間 >、
   無限の、考える事のできないくらいの< 空間 >の、
     中に、上に、
    ただよって、いるような物でございますね。

          私たちの< 個人 >は、
      人類の歴史・ 宇宙の歴史を考えますれば、
    数十億年以上の< 時間 >の上に、のっており、
      また、地球という天体・惑星の大きさは、
    限りなく大きい。  ましては、宇宙の規模は、
  めまいが、しそうなほどの< 空間 >であり、
     この中に、 まさに、  点 の ような
    存在( 物体・意識・心・精神・魂・・・  )にすぎない、
     なのでしょう。

 
     現代の宇宙物理学者がおっしゃるには、
  
   「  地球の100年は、宇宙の<  一瞬   >にすぎない  」

     なんと、
    私たちの< 個人 >的な事柄は、
   全て、夢・幻( まぼろし )の、ように思えてきます。
   100年間、存続する< 個人 >すら、少ない。
    ましては、、、、、、。

    大切な< 個人 >
    尊ぶべき< 個人 >ですが、
    責任ある< 個人 >ですが、
    愛すべき< 個人 >ですが、
        存在の、ありようは、このような感じでございます。

                   つづく

      駄弁ながら、強く生きるために
                    残月      合掌

  <   しあわせで   ございます ように    >

                失礼いたします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました