「 日本男児 」という単語を使用しましたら、先日の
新聞記事を、お話ししたくなりました。 「 日本が、いい 」という
単なる御国自慢ではございません。 日本の弱点・欠点も多い
でしょうから。
幕末の頃です。
長崎に、トーマス・グラバーという貿易商がいました。
日本の混乱期に、武器を中心に商いし、活躍した人物です。
現在も< グラバー邸( てい ) >として、彼の屋敷は
観光名所として人気を博しています。
鶴の港・長崎港を見下ろす高台にございます。
小生は、長崎県五島列島出身ですから、よく存じています。
修学旅行でも行きます。 港は、どうでしょう、どのくらい
船の往復を体験したでしょうか。 朝から、望郷の念に
かられてしまいました。(笑)
記事はグラバー氏の言葉を伝えていました。
「 私は、とても多くの藩と取引をしました。
高額の取引です。 でも、一つ二つの例外を
のぞき、ほとんどのサムライ( 侍・武士 )は
賄賂( わいろ )を要求しなかったし、私もできなかった。
皆、高潔( こうけつ )で、清廉( せいれん )でした。
後世に、この事は、< 特筆大書 >して
伝えてほしい。 」 と。
その昔、武士は少数派でした。
現代・現在の日本人は、武士階級ともいえます。
まさに、「 高潔 」 「 清廉 」という、
< 精神の よき在り方 >を、
私たちは、学び・身につけようと願い、
身につけなくてはならない。
今、側に、辞書がなく、
「 高潔 」 「 清廉 」を調べる事できませんが、
内容を、丁寧に、ごいっしょに考えたいと存知ます。
( 今日では、ございません )
とにかく、
< 精神の よき「 ありかた 」「 たもちかた 」 >こそ、
私たち求めるべき事柄でしょう。 ( 内面的ですが )
「 道徳 」「 人格形成 」
「 道を もとめる 」「 徳を みがく 」など。
「 武士道 」こそ、
儒教・仏教・神道・道教・・・・・・・の
よきところを、集めたものかもしれません。
「 心学 」こそ、( 江戸時代の 石田梅岩 )
宗教・諸派に、こだわらず、実践のための学問
かもしれません。
小生は、現代の「 心学 」をもとめています。
社会・世間に、もう多く存在し必要ないかもしれません。
「 嵐山心学 」です。( 大笑い )
仏教・禅宗が基礎かもしれませんが、
キリスト教・イスラム教・諸宗教をも、網羅したいものです。
皆さん、もう、できあがっているぞ、とおっしゃるかもしれ
ません。( 笑 )
ただ、< 一 ( いち ) >と
< ゼロ ( れい ) >と
< 無限 ( むげん ) >が、
この三つが、「 ひとつ 」になる事が、
この三つが、「 ひとつになる過程 」が、
人間の幸福では、なかろうか?と愚考している次第です。
この事を、丁寧に、考えていっているつもりです。( 笑 )
子供の頃、まわりに、医療関係者が多かったり、
諸宗教が身近だったりしたので、小生は
「 私たち人間の、身体的健康
心理的健康の追究 」だったような
気がいたします。 結局、< 幸福とは、何か? >
だったのですが、、、、、見つけられたのか、どうか?(笑)
どのように、身体の健康は、作ったらよいのか?
どのように、精神・心の健康は、作ったらよいのか?
精神・心の健康状態の、一つの表現として、
仏教でいう 「 < さとり >とは何か? 」を
考えてもきましたが、、、、、、、。( 大笑い )
嵐山 大悲閣 千光寺 も、
これから、第二期目に、入ります。
二〇年間が、第一期とすれば・
後、二〇年ですか、
本堂( 観音堂 )の再建です。
< 嵐山心学の確立と同時並行です( 笑 ) >
第二期の初めは、
土地の諸問題の解決です。
100年以上前、まさに、幕末・維新期に
生じた問題です。
ここ20年間で、だいぶ解決してきましたが、
まだまだです。 愚僧の時代に解決しなくては。
ご関心の御有りの方々は、
どうかご協力くださいませ。
たんなる「 金銭の問題 」では、ございません。
「 精神の問題 」です。
第1期の客殿大改修の大恩人も、
「 金銭の問題でもあるけど、
結局、 精神の問題なんだぞ、
わかるか、住職。 」 と。
時間があったので、大駄弁となりました
すみませんでした、 ありがとうございました。
残月 合掌
< 生まれてきたからには、
だれもが、幸福を実感できる、
身体・精神・
家庭・一族・地域・仲間・
社会・国家・アジア・世界を、
みんなで、築きたい
もので ございます >
失礼いたします。
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