7月1日(月)  100歳の日本男児

    昨日、午後12時に1本の電話をしました。
 おそる、おそる、(  出て下されますように、 なにとぞ   )
          (  出られないぞ、   む  む  む   )
          (  え え  どうしょう  まさか   )

          (  いらっしゃられた   どなた だろう? )

          「  もし  もし  、 嵐山のーーーですが、、、、 」
          「  、、、様でしょうか?  」
          「  やあ、 ひさしぶりだ   」
          「  100歳、おめでとうございます  」
          「  おぼえてくれてたのか   」
          「  寝たきりの、100歳ではないぞ 」
          「  3回の食事、全部、自分でしているよ 」

          「  ゆつくり よくかんで  いただく  」
          「  口の中に入れて、味がなくなるまで、かむ。 」
          「  味が、無くなってはじめて、のみこむ  」
          「  自然と、腹 6分だ。   8分ではない 」
          「  胃に、負担をかけない  」

          今回はじめて、お聞きしたこと。( 食事のことで )

        
          『  一口、食べるたびに、このように感じている。
             <  うまい。  おいしい。
               こんなものが、この世にあつたのか。 >  』

          100歳の御方なので、ございます。
          食事も、数多くなさられて、いらっしゃる事でしょうに。

          なんという、< 一 >に徹したような、生きざま。
          毎回、< 新鮮 ( しんせん ) >なのでしょう。
          感動・感激に、あふれて られる。
          世にいう、免疫力が、< 生命 >の< 歓喜 >として、
          あふれて くる、来ているような気がいたします。

          バカな事をいいました。 俗に流されて。
          「  先生、  110歳にも  なれそうです  」
          「  アホいうな  そんな事は 考えていない 」
          「  1日 のみ  」

          「  長い歴史の中で、いいもんだけ、残っている。
             それを、学ぶのだ。
             赤ん坊は、ゼロ だ。
             学ぶのだ。

             文字を書ける。
             教えてもらったからだ。
             犬・猫に書けるか?

             教えていただいたのだ。
             言葉を、文字を。
             ありがたいではないか。
             世にたいする、< 恩 >はここにもある。

             < 心を燃やして、恩がえし >
              ・
              ・
              ・                      」
                          つづく

      食事にたいする< 感動・感激 >の教え
                        
                          残月     合掌

    <    すべての存在が
                   円満でございますように。

          存在の交流が
                  円通でございますように。

          命も心も、  円  そのもので、ありますように。

          一  は  円  かもしれない。

          一  は  二  によって  確立する。   >

        (  上記の、先生との対話によって
                 わたしは < 一 >を、深めた。  )

                   失礼いたします。

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