6月19日(水) < 坐禅が  したい >

、   先日、2時でなく、どうにか3時に、御仏前にいました。(笑)
  20代の若い青年男性が、山に登って来て、問いました。

    <  坐禅が  したいのですが、できますか  >
    <  いいですよ、 30分は 時間ありますか  >
    <  はい  >
    <  はじめて ですか?  >
    <  はい  >

    <  どなたも  いないから  ちょうどいい  >
    <  いっしょに  坐りましょう  >
    <  5分、坐ってみましょうか >
    <  背筋を  のばします、 ゆったりとした 気分です >
    <  さあ  、いっしょに   >

    <  10分、どうでしょう  >
    <  息を  ゆつくりします  呼吸を意識します  >
    <  はく息、が 大切です  >

    <  目線は ?   ゆつくり  ななめ前方  >
    <  目を  閉じぬように、  大切。 最初の数分はいい >

    <  いいですよ  >

    < ( 今  ここ  で  死んだ )と思えたら、 坐りやすい  >
    <  人がいらしたので、愚僧は 動きます。
    <  貴方は、動かない。  
    <  耳に入る、( 声 )は 流す 。
    <  心に浮かんでくる( 思い )は、 流す。

         ・   「 沈黙の共有 」の
                 すばらしさよ。

           坐禅をしたい  という若者
           昔の、以前の、自分を見ているようです。
           ( その思いを  大切に してやりたい )
           そのような、寺院にしなくては。
           <  写経を したい  >にたいしても。
           

           何故、小生は、修禅者( 禅者・禅僧 )に
           惹かれたのであろうか?
           あこがれたので あろうか?

           精一杯、奮闘・努力していながら、
           何も、もとめていない、御姿なのか?

           絶対的安心  絶対的自由  
           (  社会・国家・歴史・自然からの  )
           (  ふりまわされない、 独立さ  )
           その、安心・自由からくる
           軽妙さか?

           今となっては、よく分からない。( 笑 )

     ・ 理由は問わない。
      修禅者( 坐禅したい人 )を、大切していきたいと存じます。

          

      駄弁です、でも、愛をこめて   残月      合掌

  <  しあわせな  1日で  ございますよう  >
  <  清き光が  満ち満ち溢れますように   >
  <  苦しみ  悲しみが  すこしでも  へりますように  >
  
  <  あらゆる物人事が  粗末にされませぬ ように  >
  <  まちがい  てちがいを  あまりしないよう努力を >

  <  不平・不満・不服 のまえに 一工夫を  >

  <  御病気の( なかま )の  御回復を  >
  <  御ケガの( なかま )の  御回復を  >

                 失礼いたします

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