6-2 嵯峨 < 花の いえ >にて

    了以翁の息子 素庵さま
   ( 御命日 6月22日  本墓 念仏寺 )の、
   2人の息子から、<京 角倉>
             <嵯峨 角倉>ができました。

 < 京 >のほうは、「 高瀬川の仕事 」を引き継ぎました。
 < 嵯峨 >のほうは、「 保津川の仕事 」を引き継ぎました。

     <  嵯峨 角倉家の 屋敷  >は、
     現在の、< 花のいえ >でございます。
   教職員組合保養所になっておりますが、どなたも、
      御宿泊・御食事できます。

      近年、全体が新しく改築されましたが、
    400年前の< 建物と庭 >を大切にされています。
   この建物の( 御殿の間 )で、朝食をいただけるそうです。
    また、御庭もすばらしいです。
      近世文化遺産の一つだと存知ます。

   
     先日、この< 花のいえ >で、
   了以翁 四〇〇年忌の、小反省会をしました。
  いいえ、
  御出席の6名の方に、( 大感謝 )をお伝えいたしました。
 本当に、御尽力いただきました、共に、悲しい事にも多く出会いました。
 でも、< 了以翁の 法要・供養 >を厳修でき、
  心より感謝申し上げさせていただきました。
      ( 1名の御方は、御遺影です )
   皆さま方へも、手をとって感謝しなくてはなりません。(笑)

   ・  今年は、まだまだ、京都のいたるところで、
  四〇〇年忌関連の企画が開催されるそうです。
  さすがに、< 了以さまは、大きい >と感嘆せざるおえません。

   
   ・  大悲閣は、仮本堂( 観音堂 )が、ございます。
  嵯峨の建築資材の社長(森田翁)さまの、御一人の寄進でございます。
    昭和53年12月に、本堂解体しつつも、再建ならず、
     寺院存亡 の危機に際し、助けていただきました。
         衷心より、感謝申し上げます。
     おかげさまで、
   < 嵐山 観音 >様は、愚かで弱い私たちに、
   ( 無限の光 )( 千 の 光 )を、そそいでくださっています。

   ・   400年忌において、
     300年忌( 大正時代 )に建立された< 客殿 >を、
     大改修でき、< 倒壊 >の危機をまぬがれた、喜びで
     いっぱいです。
       心から、皆様方に感謝申し上げます。
     
       しかしながら、
      100年前の先人・先輩・先祖の< 御遺志 >を、
     千光寺は果たせてございません。 
      これから、もっと もっと、
     愚僧、身を粉にしなくてはなりません。 大反省です。

        思えば、400年忌の大人物・故 元翁の< 御遺志 >も、
     100年前の皆さま方と同じです。
   < 「  嵐山  観音堂  」(本堂)  の ( 再建立 ) >です。

        元翁の笑顔と きびしい御言葉を 思い出します。
      「 客殿改修で、終わったと 思っては いけないよ。
       本堂再建への、始まりだよ。   いいね。 」

      「 はい 」  。。

    ・    客殿の活用 ( 100年前と、これは違う )

   試案・・・・・・・・沈黙・坐禅( 閑坐 )・断食・1泊( 徹夜 )
         5000円( 本堂 再建資金 )
        1夜定員 5人から   まで  ・・・( 大笑 )(本気)(笑)

     「  心を 透明にするために、
        光が よく通るように。

          時間・空間をこえて、
        < しあわせ >になるために。
        < やさしく >なるために。    」

       ( 試案 ) ( 観音堂 再建 )の 意味・目的です。 

    とても長くなりました、すみません。 駄弁ながら、感謝と共に。

             残月    合掌

   <  御病気・御ケガの( なかま )の  お早い  御回復を  >
          走りながら、失礼いたします。
        

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