5-27 街頭、そして 嵐山 客殿 (2)

    十字街頭( じゅうじ がいとう )に、立つ。
渡月橋に立ち、そして、そばの中之島公園にて辻説法をなす事が、
できるように、ならねばと存じています。  まだ、できない。

   数年前、橋の上に、時々立っていました。
多くの人々が行き通います。  空っぽであったり、
幸福を念じたりします。
  時折、喜捨・布施をいただきます。 ありがたい事にございます。
まさに、(仏さま・祖師がた)・(二千年間の歴史・伝統)の賜物、
おかげ御恩そのもので、ございます。
  愚僧、報恩行も不足しています。( 反省 )

   坐禅の修行と同じで、
 ( 暑くて、寒くて、死にそう・・・・)でなく、
 ( 暑くて、寒くて、死んだ )と、思わなくては(笑)、
 ( 我を、捨てなければ、感覚思考を捨てねば )、
 立ってられないのでした。
   これからは、どういう心境になるのやら。(笑)

   もっと、もっと、街頭に出なくては、ならないとぞんじます。
 昨日の( 閻魔 えんま様について )の質問等に、
   お答えしなくては。   できる範囲で。(笑)( 笑えない )

    ・ 26日(日)  2時  客殿にて  法要
   7人 ( 大恩人 三柴 元 翁・中高の同級生 3人・埼玉 )
      (  小生の長崎五島の高校の同級生夫婦2人・大阪 )
      (  法話の会の、信士・信女様御夫婦  )

       同級生は、ありがたい。
     なかよくできる、同級生は、さらに、ありがたい。
      <  同じ時代に、生きる >
      <  同じ国に、生きる >
      <  同じ土地に、生まれる >、不思議さ。
    ましてや、< 同じ教室で、学ぶ  >深い縁です。

        このような事柄を、自覚できるのも、
      (  人間の歓喜  )かもしれない。

     人生、出会える人は、限られています。
    人を大切することが、人生を大切にする事かもしれません。
   賢先人は、皆、おっしゃいます< 出会いこそ、全てである >と。

     ある上人いわく、「 勝縁( しょうえん いい縁 )
                   あふれる、至誠心( しせいしん ) 」

        ・  誠 ( まこと )の心が、全てである。
        ・  至誠にまで、( 誠 )を尽くす( つくす )べし。
        ・  心を純に。
        ・  生きることは、こころざし( 志 )があること。
        ・  心を  燃やせ。 ( 100歳の先生いわく )
        ・  道は、見えてくる。
        ・  信じろ、何を、、、、、、。  それだ 。

       今年の、400年忌に、御協力戴いた人々に、
   広く・深い、< えにし >(?)を感じる次第でございます。
    また、恥ずかしい駄弁に、御付き合いいただいてる方々にも、
 思議できない、何かを、感じるものにございます。
  まことに、御貴重な御時間を、 ありがとう ございます。

        駄弁ですが、感謝をこめて
                          残月   合掌

   <  よき出会いを  >
   <  うそ のない 生活を  >
   
   < 御病気・御ケガの  御回復を  >

            また、 走りながら、失礼いたします。

      

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