5-21 弘法大師 空海 ・ 東寺縁日

      南無大師  遍照金剛 。    なむたいし  へんしょう こんごう  。

    もう、35年ほど前の事です。
  長崎市の西の方でした。  山のふもとの一軒家に居ました。
 バカみたいに、青臭い問題に、とりつかれていました。
   「 人生とは何か? 」 「 いかに、生きるべきか? 」
 「 人間とは何か? 」 「 真理とは? 」 「 自分とはなにか?」
 「 生きる 死ぬ 」 「 死後は あるのか ないのか? 」
 「 苦しみ  悲しみ  不平・不満ばかり  でないか  この世は 」
 「 何故  なぜ  ナゼ  ?  ?  ?   」

   自分なりに、真剣でした。(笑)
 「 今時の若者は、< ものを考えない > 」と、マスコミでよく
 語られていました。  ならば、私が本気でやろうか、などとも、
 思ったりもしました。  バカな事で、ございます。
   父親に出した手紙を、故郷で見つけて、赤面しました。
 ( ヨーガ行者のように、生活するので、もう少し時間をください)と。
 なんと。 でも、 きちんと、できなかったと、思います。ただ、
 私欲・我欲に、走らず。  ゆっくり考えたい、という気持ちでした。
 おそらく。 ( 笑 )   できるだけ、本を読みました。
 読書・研究・学習でもなく、「 今日わかるか、 夜か・昼か  ・・・ 」
 「 明日こそ 」 「 くそー  だめだ  だめだ  」
 まさに、暗中模索でした。  遊びでけっしてなく、真剣そのもの。(笑)
   < ごまかさない >という気持ちですか。 自分を。

  父母の寛容さ、まさに慈悲のおかげでした。
 家族に対する、親戚・世間の目は、かなり、きついものだったと
 存じます。  従兄上さまの(五島)、あたたかい眼差しにも、
 支えられました。  感謝の気持ちでいっぱいです。
  あきらめずに、模索できて、しあわせでした。

   長くなり、申し訳ございません。
 お伝えしたかった事の、( 前書き )のつもりが、、、、、。

   色々な事が、あった二年間の独居でした。( 家の中で )(笑)
 奇怪・きかい・不可思議 な事が、少々ありありました。

  ある一つが、まさに、
弘法大師さま、空海大和尚に、よって、
すくわれた・たすけて いただいたような気するからで、
ございます。  
   毎月 21日、弘法大師さまの御寺に、
 世界中から、人々が御集りに成る事を、
心から、うれしく感じさせていただいている末世の劣比丘です。

   真夜中、床の中にいました。
 闇の中に、大きな目玉が、浮いているではありませんか?
   でも、こわくない。 邪悪という感じじゃない。
  枕の上の柱に、つらさげていた(母親の言葉により)、
大師様のお守り( 師の坐禅石から、作られたという )
から、< 光 >が発せられたのでした。
  小生の頭のあたり、さあーーと、< 一つ目 >のほうに。
 なんと、消滅。  なんと。  わからない。
 でも、自分にとっては、事実です。   ( 大笑 )

    
    南無大師  遍照金剛
    南無大師  遍照金剛

   大宇宙の真理の< ひかり >よ。

    苦しみ・悲しみ・を、おすくいください。
  あらゆる存在を、お守りくださいませ。
  小さき、私たちの命・心が、
 各各・個個の
( つとめ )( やくわり )をまっとうできますように、
  お守り、おたすけくださいませ。

 ここに、あらためて、御願申しあげます。

      無駄口 と  <  おねがい >

                             残月   道忠   五峰

                                    大合掌   十八拝

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