4-15 我について ( 8 )  ・死とは?<2>

      ・ 無我が  死なのか?
      ・ 没我が  死なのか?
      ・ 滅我が  死なのか?
      ・ 超我が  死なのか?
      ・ 大我が  死なのか?
      ・ 真我が  死なのか?

    色々な言葉があります。
  そのことで、私たち人間は、精神的に豊かです。
  日本語の中には、世界中の言葉が翻訳され入り込んで
  入るそうなので、日本人は恵まれているという海外の方々は、
  多いそうです。  ある国のアンケートの問い「 もし、来世があるとしたら、
  どこの国に生まれかわりたいか? 」、すると、< 日本 >という答えが、
  多かったそうです。

     

      ある一つの考えですが、以前< 我 4 >でお話いたしました、
  <  梵我  一如 >を、体験・体得するまで、何回でも、この世に生れてくる。
    たとえば、突然、私たちが、病気で・事故で・天変地異で・戦争で「 死 」
  を むかえたとしても、 人間の究極の仕事・目的のために、
  かならず、かならず、もどってくる。  と。。
     ( どのようなカタチなのかは、知らないですが・・ )

     もし、この自分・この一生で・この日々の生活で・日々の仕事で、
   < 梵我  一如 >を体得できたら、
   究極の幸福であり(笑)、あらゆる存在を、愛し生かして、
   よりよいこの世ために、尽くせることでしょう。 と。。

     そのための、日々の「 おこない 」「 ことば つかい 」
                 「 こころ つかい 」 どのように
                 したら よいのでしょうか。

                            つづく

   駄弁です、苦悩に負けぬために。   残月     大合掌

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