4-13 我について ( 6 ) 千光寺の<我>2

    あらゆる存在には、役割があるかもしれません。
  ある修行で< 役に立たぬものを、探して来い  >というのが
  ございます。  はたして、あるのでしょうか?

    頭を使い、心を使い、五感を使い、さがしてみる。
  ゴミの問題では、ありません。( 笑 )

    以前、ある会社の入社試験で、1番とビリは、必ず採用すると言って
  ました。  試験の< ビリ >を、生かせない集団・組織は、
  ダメなのだ、よくないものになる、と。  なるほど。 すごい。
  現在も存続している立派な会社です。

     先日、アメリカの軍隊の学校の卒業式のお話をはじめてしりました。
  組織の中の組織の軍隊だから、秩序・序列がきっちりしている事でしょう。
  しかし、卒業式では、< 序列のビリ >の学生を、皆で祝福するそうです。
  いいですね。  この祝福された若者が、立派に活躍し、組織の序列を
  登り進めたという事もあるそうです。 ( 当然です  笑  )  

     < よい仕事 >ができたら、とにかく、いいですね。

    オリンピックでの序列も、素人の小生・愚僧には、1番も10番も
  同じように見えます。(笑)  とくに、・・・・・・など。
     しかし、私たち人間集団・組織・社会・国家・世界には
  必要なのでしょう。  励みになるのでしょう。  ・・・・・
    でも、あえて、< 序列 >をつけているという事を
  忘れては、なりませんね。  あえて。

    1番と100番を、同時に見る考えるのが、
  < 心の世界 >ともいえます。  おもしろい。
 <  おもしろくない、やってられない >という人もいるでしょう。
 <  区別・違い・格差・価値の上下こそが、商売・仕事・人生だ >とも。
     ( 大笑 )

   < 心の世界 >は絶対必要です。
   < 1番も  100番も  同じ >の世界。
   これが、ほんとうの仏教であり、寺院の存在意義の、
   重要な一つです。

       千光寺の歴史から、( 千光寺の< 我 > )を語り、
   私たちの< 我 >を考察するつもりが、曲がってしまいました。(笑)
  
     今日一日、お互いに、< 我 >を活かしましょう。
   よい歴史・わるい歴史をもつ、< 我 >ですが。( 笑 )
   < 我 >は、( < 無我 >の自覚 )により、歴史をこえる
   ことが、できます。         つづく
   

      さきほど、60分前、関西ですごい揺れが
    ありました。  地なりが・・・・・・と、でした。

        まさに、駄弁でした。    残月    合掌

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