4-3 平成3年 (1991)  4月3日

     22年前の、この日、
   私は、< 僧堂(そうどう) >という、
   仏教の中、禅宗の一派である< 臨済宗 (りんざい) >の、
   道場へ入門いたしました。

     もう34歳になっていました。
   10代後半からいだいていた、青年の問題を、まだ、解決しきっていませんでした。

     「  人生とは  何か ? 」
     「  人間とは  何か ? 」
     「  いかに 生きるべきか ? 」
     「  社会とは  どうあるべきか? 」
     「  真理とは 何か ?   あるのか ?  」
     「  幸福とは  どういう事  なのか ? 」

     「  なぜ、私たちは、
        不平・不満・不服ばかり 言っているのか ? 」
     「  もっと、もっと、もっと、
         しあわせ に生きれないの  だろうか ? 」
     「  病気 ・ 犯罪 ・ ・・・・・
       つらい病気 ・ いたい病気 ・・・・・
       ひどい犯罪 ・ ゆるせそうにない犯罪 ・・・・

         問題だらけ では ないか ?  何故 ? 
         どうしたら いいのだろうか ?
        
         国の争い( あらそい )も、
         人と人の争いも  よく 耳にする
         どうしたら  いいので  あろうか?    」

     自分なりに、精一杯、もがき、( たんきゅう ) していたような日々でした。
    次のような、古人先哲の 多くの御言葉に 「 ささえ・まもられ・みちびかれる 」
     日々だったような気がいたします。
  <  頭の中は、もやもやでも  、実生活は きちんと  こなすよう  >
  <  学び つづけよ。  結論を  あせるな 。  知らない事が多いではないか。 >
  <  奇妙な事あっても、不可思議な事がおきても、 
          「  真理をもとめて いるのだぞ  」  この 一言を  なげかけよ   >
  <  生命を  愛せよ  >
      ・余談ですが、アジア放浪10年の友人いはく、「 犬に いつも助けられました 」。
          わたしも、そうなのか、入門前も 捨て犬が 長いこと側にいました( 花子 )。
            初期の嵐山では、( 太郎 )( さくら ) そして ( もみじ )
              今は、( すみれ )。  なんと まあ  はからずも なのです 。
     つづく

        駄弁・余談でした、スミマセン。     残月      合掌

コメント

タイトルとURLをコピーしました