< 心を もやす > ためには、
私たちは、すこし< 心が かたい >ような気がします。
< 心が かたい >とは?
( やわらかく ) なりたい ものでございますが。
「 人間の 目的 」を、
< 心の やわらかさ >、という人もいます。
まさに、
「 柔軟心 ( じゅうなん しん ) 」
で ございます。
< 心が かたい >と
< 体が かたい >と、関係あるかもしれません。
アジアでは、数千年前から、< 心 >と< 体 >の
密接さを、強調しつづけてきています。
< 心身 一如 >( しんじん いちにょ )です。
「 心 」を やわらかくするために、
「 身 」を やわらかくするように、努めています。
「 心 」から< 我 >を、はなすことが、< やわらかさ >とすれば、
「 身 」から< 我 >を、はなすことが、大切なのかもしれません。
< 善悪・是非・好き嫌い >を はなれて・すてて
しばし、 < 我 >を 放下< ほうげ >いたします。
< さあ 柔軟 体操 です >
心身を ときはなす。
自分から・家族から・仕事から
社会から・組織から・国家から・民族から
あらゆる「 外 」( そと )の存在から、しばし、はなれる。
ときはなす、でも、競争・勝負なんぞ しない。( 笑 )
愚僧、 < 心の柔軟 >のため、その日の柔軟の証として、(笑)、
数分間、 頭を地につけた倒立(とうりつ)しています。
さかさま世界です。( 大笑 )
駄弁です、( やわらかさ )のために。
残月 合掌
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