2-18 涅槃会(ねはん え) <4>  我の苦悩

    釈尊が亡くなった情景の< 絵図 >に、人間・弟子・動物・昆虫・人間界以外の何か・
   また、あらゆる生物が、回りを取り囲んでいます。  何故なのでしょうか。

    私たち生物は、生きるため・生存のために、< 我 >をもち、その維持・存続のために、
   ほかの・他の< 我 >と、< 対立(たいりつ) >し、苦悩します。

    私たち生物は、苦悩して当然だと、思いこんでいます。
   でも、釈尊は、簡単に言っています。 「 < 我 >は無いのだから、苦悩は克服できる 」。
   言葉で語り、自分で、その生きざまを、皆に見てもらったのでした。
   あらゆる生物は< 我 >に苦しむ。 ( 特に、人間は。 )
   しかし、あらるる< 我 >もつものは救われる、という< 絵図 >なのでございます。
   
    < 我 >が無ければ、この< 私 >は何なのだろうか?
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 仏の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 神の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 真理の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 天地の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< あなた >である。

    地球の上の 私たち人間は、
   < 我 >と< 自然 >との、対立・共存のみならず、
   < 我 >と< 我 >の対立・共存で、生存てきました。
   < 支配する・支配される の世界 >です。
   今もそうかもしれません、おそらく、まだまだ、残念ながら、いたるところで。
   でも、日本にかぎるなら、戦国時代は終わっている。(経済界は知らない)
   
   そして、私たち自身も、< 我 >と< 我 >の対立の戦国時代を終わらせ、
   < 無我 >< 仏心 >による生存界( 家庭・地域・町・社会・共同体・・・)
   を、一歩一歩、少しずつ、築いてゆきたいもので、ございます。
     語り尽くされた事です、申し訳ございません。  ただ、私たちは、
   共に、実践・実行していきたく存じます。    切に、 お願い申しあげます。

           駄弁です         残月     合掌 

          

   

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