2-5 冥想について ( 2 )

  私たちの< こころ >とは、いったい、何なのでしょう?
まさに、< あるようで、ない >< ないようで、ある >また < あるようで、ない >
まさに、よくわからない世界のようです。

  奈良で、正倉院展( 古代の宝物 )が、毎年開催されているようです。
拙僧は、恥ずかしながら行った事がなく、写真だけの世界です。(笑)
  この前、初めてしり、はじいりました。 単なる、珍しい物( 品・作品 )・貴重な物を、
多くの方々・皆さま・国民に、見てもらう・御覧いただくという事だけで、開催がつづいているわけでないそうです。   
  大戦中、( 宝物 )を戦災から守るために、博物館に移動していたそうです。 戦後、ようやく、無事に正倉院へ戻すことになったそうです。  すると、「 せっかくだから、戻す前に、皆さんに、ご覧いただこう 」 という声がでたそうです。 でも、反対意見もでたそうです。  「 食べ物すら 無いのに 、 住む家が 無いのに 、戦争がやっと終わり、だれもが、疲れきっていて、関心をもたないのでは なかろういか?」
  ところが、どうでしょう、意外な事に、多くの方々が、来て下さったそうです。
< 感動 >< 感激 >< 感嘆 >< 激賞 >< 讃嘆 >の御声ばかりが、寄せられたそうです。  
  悲しい心・疲れた心・やるせない心・・・・・・・・(  戦後の 生まれ育ちの私には 想像することすら おこがましい・・・・・・・)
 < 希望 >< 生きる力 >・・になったそうです。

  < 物 >と< こころ >は、一つでも あるということ。
どなたも、御存知の事、でも、忘れないようにしたいもので、ございます。
< 冥想 >の真意は、< 坐ること >に、とらわれすきては、いけない。

  古人いわく   玩物 喪志 (がんぶつ そうし)
          ・ものを もてあそんで  こころざし を  うしなう。
          ・物あふれる現代は、特に、注意したいものです
          ・物も、大切にしたい。

      駄弁です                 残月      合掌

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