2-2 千手観音像 <3>

  2月1日から、渡月橋の上で、日を決めてから托鉢(たくはつ)しようと存じます。
1日からと覚悟をきめましたが、用事を思い出してしまい、取りやめました。(笑)

  京都・北嵯峨は、400年ほど前まで、農業用水がとても不足して大変困ったそうです。
それをみかねた、大覚寺門跡様が、嵯峨の豪商である角倉一族に、(どうにかならないだろうか?)と御願されたそうです。  この一族には、了以翁の業績のように河川土木工事にも、すぐれていたからです。  そして、見事にやり遂げます。 また現在も活用されており住民生活を支え続けています。 すばらしい、またしても、快挙でございました。

  当時、江戸初期の中国・日本の数学を駆使した、測量技術でもって、北嵯峨の裏山の上に谷川をせき止め( 勾配は反対向きの現場 )て<ため池>を作り、その水を地区の農地平野に流しこんだのでありました。  その時の水路は、山の谷筋ではなく、トンネル( 隧道・ずいどう )を堀作っているのでございます。 危険きわまりない難工事です。 (みなさん方は、もしかしましたら、「観音さま」 を御念じられながらの手仕事だったかもしれません)。

   昨年、<ため池>から<トンネル>へ、貴重な水をつなぎ通す<パイプ>が発見されました。 取り込み口の改修工事の時でした。  現代にいう<パイプ>は、< 木 >で作られています。 おそらく< 松の木 >との事です。  5mくらいの長さで、直径70?くらいでしょうか。  現在、近くの高等学校の、先生・事務長・校長先生の御好意・御高配にて、数か月預かっていただいています。 有難い事です。 移動先に、非常に困っている時に、みなさま方( 観音さま )に助けていただきました。  ありがとうございます。

   高校から、山の上の大悲閣・千光寺へ(おお、大変だ・・・)のつもりでしたが、角倉家の菩提寺である嵯峨・二尊院さまへと、御住職様の御好意により、運搬・設置・公開が可能になってまいりました。 ひとえに、 みなさま方・諸先生方のおかげでございます。 感謝にたえません。 誠に、ありがとうございます。

  以上の件の<用>にて、托鉢を取りやめました。(笑)

     
      御報告と駄弁です            残月       合掌

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