2012-11-19 純熟(じゅんじゅく)

   純粋でありたいものです。 混じり気・雑じり気・交じり気なく、一つのものでありたいものです。
虚飾にはしる事なく、見栄にとらわれなく、ありたいものでございます。
 (見通しよく・風通しよく・さっぱりと・さわやかに)生き・ありたいものです。また、人が根源的にもつ(世のため・人ために尽くしたい)という<ねがい・願望・欲求・いのり>も、忘れられないことでございます。

  しかし、私たち人間は、世間・浮世・現実社会・利益中心・競争・我欲・権力・権威・横暴・暴力・名誉・ほめられる事・けなされる事などに まけて  本来の根源的な願望に忠実である事を  忘れたり・避けたり・放棄せざるおえなくなったりも   しがちです。

  でも、両忘・坐忘など・・・・・真の人間の修行を、時折、なすことによって、純粋さを持ちつずけたいものです。   また、この尊き純粋さ(霊性)を成熟させ、本来の幸福と使命をなしとげたい・実現したいものです。

       純粋さの成熟ーーーーーーこの目的達成・願い・祈りのために、
                         大悲閣・千光寺を、皆様と共に、築いていきたく存じます。
                         御意見・御協力をおねがい申しあげます。

   錦秋の山中より                             残月

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