9-3 葬儀ついて

   昨日、北白川で葬儀を厳修いたしました。  頭髪を剃り、懺悔し、御仏様に帰依し、仏弟子になる儀式でもあります。   死に対する不安・恐怖・心配の、一義的な問題の解決は、仏教は明白に示しています。  二義的・三義的・四義的問題が、人を苦しめているような気がします。 
   戒名は、仏弟子になつた証です。  無常・無我を体得できなくても、2500年前に体得・自覚なされた釈尊を信じ帰依し、体得自覚後の平安・永遠の安らぎに、入り込みます。  この涅槃の心・境地から流れ出る、暖かくやさしく全てを包み込む(ひかり)の世界と、一つになります。 
  私たちは、 実社会・職業生活を営みながら、さとり(無常・無我を体得)をもとめ続けていく、忍耐・希望を失わないでいきたいものです。  少しずつ慈悲の世界に包まれていきます。 
                  嵐山より                   道忠  合掌

コメント

  1. 匿名 より:

    浅学でしりませんでしたが、葬儀を行い、戒名をもつ時は釈尊の仏弟子になる時なんですね!知らなかったです、。死んで葬儀の時に帰依するということを自分の様に知らない人も多いのではないでしょうか、また何時か大林さんの法話・説法を直かに聴きにいきます、改めて色々教えてもらえればありがたです。では寒い最中心身ともにご自愛ください、敬具
     丸山 雅、2554年 12月8日

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