大悲閣 千光寺のHPです。

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大悲閣写真

大悲閣千光寺は、京都の西、嵐山にかかる渡月橋から約1kmあまり上流へ行った所にあります。
千光寺は、江戸時代の豪商、角倉了以(すみのくらりょうい)が、大堰川を開削する工事で亡くなった人々をとむらうために、嵯峨の中院にあった千光寺を、移転し建立させたもので、源信の作といわれる千手観音菩薩を本尊としています。境内にある客殿「大悲閣」は、大堰川の切り立った岩肌に建つ観音堂で、嵐峡の絶景を眺める事ができます。

昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で、大悲閣、千光寺とも半ば倒壊し、長年の間、千光寺は仮本堂、傾いた大悲閣はワイヤーに支えられていました。2012年より大悲閣の改修工事が始まり、現在ではその優美な姿が見られます。

開門時間  10:00~16:00
入山料 400円


紅葉

大悲閣千光寺はもみじのとても綺麗なお寺です。
嵐山の渡月橋から大堰川の右岸沿いにゆったり流れる大堰川を楽しみながら、ぜひお越し頂きたいと思います。
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お詫び

2022年10月、旧サイト内に不審なwebページが見つかり、修復時に公式HPと和尚の日和がダウンしてしまいました。
現在、取り急ぎですが、この公式HPを再開し、和尚のブログ「和尚日和」は再開を急いでおります。
「和尚日和」を楽しみになさっていた皆様、しばらくお待ち下さいますようお願いいたします。


地図

大悲閣千光寺は、京都嵐山、渡月橋の上流約1kmのところにあります。
https://goo.gl/maps/mkcZoHDAPzyBY37L8
地図



千光寺の歴史

嵐山渡月橋から大堰川の右岸を約1km上流に上りますと、大悲閣千光寺にあがる参道の石段が見えています。そして、その石段を登ると、嵐山中腹に位置する千光寺に至ります。山門を潜り鐘楼の脇を上がると展望台に出ます。山号を嵐山、寺号を大悲閣千光寺と言い、 当初は天台宗、文化五年以降は黄檗宗となり、本尊は恵心僧都作と伝える千手観音です。

その昔、千光寺は清涼寺の西方中院にあって、後嵯峨天皇の祈願所でしたが、長らく衰退してしまっていました。慶長十一年(1606)に保津川開削に成功した嵯峨の土倉業、角倉了以が同十九年に現在地へ移し、大悲閣を建立し、二尊院の道空了椿を請じて中興の開山としました。
了以は天台宗を奉じていましたが、子孫の角倉玄寧が文化五年(1808)に大顚を迎えて再興したとき、寺は黄檗宗となりました。

かつて大悲閣の一室には遺命により作られた了以像が安置されていました。それは、巨縄を巻いた形の円座(木彫)に坐し、石斧を手にして右立て膝の構えで保津川をのぞむ形でした。了以自身も大悲閣に住み、開削した諸川の通船の便益を念じたといわれています。

寺は明治維新の際、大悲閣を除き、境内、山林、什宝等多くを失いましたが、明治になって寺地を拡張し、漸次諸堂を整備しました。しかし、昭和34年(1959年)9月の伊勢湾台風での被害は大きく、千光寺本堂は1978年にやもなく解体、大悲閣は屋根が崩壊し、建物自体も激しくゆがみました。ご本尊の千手観音菩薩は、その後建てられた仏殿に安置されましたが、残念な事に解体の際に了以翁を讃える記念碑は傷つき左上部が欠損しました。

大悲閣写真 左手前の建物が屋根が崩壊した大悲閣、奥が千光寺本堂

その後大悲閣はワイヤーで補強され、本堂は仮本堂となりました。
2012年1月より、大悲閣の解体修理がはじまり、同年10月をもちまして修理が完了いたしました。



角倉了以翁 406回忌法要

2019年10月20日
角倉了以翁 406回忌法要を行いました。
406法要写真 406法要写真 406法要写真



当ホームページでは、今後も嵐山の四季折々の自然などをお伝えしていたいと考えています。

大悲閣 千光寺

大悲閣 千光寺
所在地: 〒616-0004 京都府京都市西京区嵐山中尾下町62
電話: 075-861-2913
宗派: 禅宗臨済、単立
山号: 嵐山
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https://daihikaku.jp