2012-11-15 両忘(りょうぼう)

 < 鐘と撞木の、二つとも・両方とも、忘れる事>・・・・・・(時には、時々、折に触れ)
ゴーーンと鳴っても、鐘とか撞木とか、気にしない事
ゴーーン・ゴーーンと鳴っても、自分の心が鳴っていると思える事
ゴーーン・ゴーーン・ゴーーンと鳴っても、何も鳴っていないと、感じる事

  すべて、好き・嫌い、損・得、善・悪、男・女、夜・昼、老・若、生・死、増・減、あまい・からい、、、、、、、、、、
とにかく、私たちは、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりして、フラフラして疲れがちになりやすい
時には、どちらでもかまわないという、いいかげんでなく、心の底から、このように思い定めたく存じます
  なぜならば、こここそ、安らぎ・心のおきどころ・のような気がするからです
          こここそ、休息所・また皆の広場のようなに感じるからです
          こここそ、絶対の平等ではないでしょうか
          こここそ、いやし・ゆるし・いたわり
          こここそ、いのり・はんせい
          こここそ、生きる・生きつずけていく土台
          こここそ、希望
          こここそ、忍耐
          こここそ、真・信・心・新・神・身ではないでしょうか?

                               駄弁なり       残月

2012-11-14 紅葉たより(7)

   寒く感じる日々です。時折、雨がふり、風がふき、猿がはしり、犬がほえ、ちいさな嵐です。
冬のここの寒さを、よくご存知の方が、ガラス戸を寄進してくださる事になりました。 12月中旬からも、震える事なく、この客殿から<京都一の絶景>(笑い)を、堪能いただけそうです。  有難い。  この天然勝境を、皆様と共に味会い・守っていきたく存じます。  そのための御意見・ご協力よろしく御願申し上げます。

   大木ーーーーーまだまだです
   鐘側ーーーーーよく進んでいます、40%か?
   境内ーーーーー赤色が増えてきました。  千両が色鮮やか。(改修工事によく耐えました)
                               万両は?
                               百両は?
                               十両は?
                              ( ありどうし)は?
   
                                        五種そろえば、、、、なんでしょう??

      失礼いたします                                  残月

2012-11-13 紅葉たより(6)

  非常に残念でしたが、珍しく当日雨のため、もみじ祭りは中止になりました。 
しかし、今年の秋はとても(秋)らしい秋で、嵐山・渡月橋からの眺めはとても美しです。
35%近く進んでいるような気がいたします。 山・川・ひと・なんと美しのでしょうか? 苦しみ・悲しみ・辛さ・イライラなどの気分を、吹き飛ばすくらいの感動をあたえ恵んでくださる様な、すばらしい秋です。
  大悲閣境内はやはり35%くらいでしょうか? 大木は、まだまだです。鐘側は、ちょっと早く30%でしょうか。 参詣者もそれほど多くなく、いい雰囲気です。 受け入れ準備が、まだきちんとできてなく、申し訳なく思っています。 参道の柵の修理ができておらず恥ずかしいです。竹をいただく予定です。

   (土)(日)は、御茶券を販売いたします。
  入山料こみで800円です(例年より100円安い)
  お菓子も、とても美味しい。
    たのしく天地をのみほす

       心の世界        多心・一心・無心

                                 雨でも残月

2012-11-12 心の無い世界   10?30(参考)

 < 鐘が鳴る    撞木が鳴る    鐘と撞木が鳴る    鐘も撞木も鳴らない >

     この4つの立場・観点を、自由に往来できたなら、人は幸福かもしれない。
   その時・その場・その方に応じて、他者も自分も活かせる事ができれば、人は不満・不服を持たないかもしれない。   そして、1番大切なのは<鐘も撞木も鳴らない>という見方・とらえ方を、できるという事ではないでしょうか。   つい私たちは<鐘><撞木>に、とらわれ・ひつかかって、他者・自分を粗末にしたり・悪くいつたりして、生きにくくしてしまいがちです。

     空気がなければ、ひびかず、聞こえずーーーーー鳴らない(と、いえる)
     心がなければ、ひびけど、聞こえずーーーーーー鳴らない(と、いえる)

   空気・心の無い世界を、時々、想像したり・感じたりして、人の世につきまとう不満・不服・不平を乗り越えたいものです。  <鐘・撞木があり、音が鳴る>ことは、社会的存在である私たちとって、絶対的でありますが、<鐘・撞木があるが、音は鳴らない>という見方・とらえ方(立場・観点)ができるようになれば、どれだけ絶対的に、安心・安楽・やすらぎを、身近に感じられ・体得しやすくなる事でしょうか。

   心の無い世界(我の無い世界)とは???ーーーーーー東洋精神文化の宝庫・・・・・・ 開かれる。

                                     嵐山           残月

2012-11-11 紅葉たより(5)

  渡月橋から眺める嵐山が、とても美しくなってまいりました。 今年の秋はいつもより早いと思います。
 本日、もみじ祭りです。 紅葉ありの祭りは何年ぶりでしょうか。 うれしい気持がいっぱいです。
( とにかく、18%位ではないでしょうか。)

  嵐山の中に鎮座されている<蔵王権現様>に対する、感謝祭といわれています。 権現様は奈良吉野から勧請されています。 750年ほど昔、もみじの名所・嵐山にも、さくらを植えようと思いたたれた後嵯峨天皇により、桜の移植と勧請がなさられています。
  
  角倉 了以翁が、400年前、嵯峨中院の里から嵐山山中へ、荒廃せし千光寺を移転し再興なされた要因の一つが、この寺院が御嵯峨天皇勅願道場であったという事かもしれません。

      心経     無眼・無色という
                             空即是色   花ざかり

                                                    残月

2012-11-10 紅葉たより(4)

  だいぶ山全体が、黄色になってきた気がします。そのように感じられます。  ここ、各各、ABCDEFの変化でなくて全体が変容してきています、、、、昨夕の寒さは普通なのでしょうか、、、、、、、いっきに赤く染まりそうです。   本来、霜がおりてこその紅葉でしたが?
 

 客殿からの視野が広がり(改修工事のおかげにて)、自然との一体感が味わい易くなってきました。 人は、人の谷間に生きていく動物ですが、時には、<天><地>を十二分あじわい、つらき浮世を忘れても許されると存じます。 そしてまた、わたしたちは、社会をよりよくしながら、共に生きたい・生きぬきたいと存じます。   先人・おおくの人々・ご先祖さま・・・・・・・・10万年の人類・数1000年の民族・・・・努力のたまものと、存じます。  嵐山城がありし時代、500年前、京都のひとびとは、今より(しあわせ)だっただろうか?

  
  お詫びーーーーメール・コメントの返信が遅れています。恥ずかしながらブログの継続に、時間をとらています。お許しくださいませ。なお、<問い合わせ>は急ぎたいと存じます。 なにぶん、携帯の写真もメー
ルもしたことがないくらい、遅れています。多謝。

                                              残月

2012-11-9 紅葉たより(3)

  困った事になりました。毎日、変化しています。 お便りが毎日の様になりそうです。
嵐山全体・寺域・境内・大木、、・鐘側・そして新たに客殿からの眺望、順番にA・B・C・D・E・Fとします。
           A???少し
           B???少しずつはじまる
           Cーーーまだ
           D???まだまだ
           E???枝の先はじまる
           F???まだですが、なんという美しさ。  絶景・絶句・・・・絶観・絶心。

  明治時代、はじめて日本を訪れた西洋人が叫んだという。(神さまは不公平だ。 なぜ、こんなに自然が豊かで美しいのだ)と。
  自然のきびしさ・猛威は、敢えて申し上げる事はございません。
  

  もみじ・さくらの美しい山を、古人は<嵐山>(あらすやま)と名ずけています。
  不十分ながら、ここを、お守りさせてもらって18年、嵐の朝・嵐の昼・嵐の夜をどれくらい味会っ
  た事でしょうか。      でも、すばらしい。

                                                   残月

2012-11-8 紅葉だより(2)

  今日は、昨日と違っていた。  3・4日後にお便りしようと思ったのに、これはいけないと存じ筆をもちました。  ちょと色ずき始めています。 黄色が少し感じられます。 0,05%くらいではないでっしょうか。     
境内に基準の木を設定してみます。 
                
                 一番の大木ーーーーーーーーーー全然色は無し。
                 鐘楼の側(例年美しい木)????全然色は無し。
 

 紅葉の美には、樹木の<命>の潔さからきているらしい。  秋になり、寒くなったからと枝を少し折り、様子見てみる。黄色にも赤色にもならない。枝は当然枯れますが、葉は黒色になり落葉しないままおわる。
  冬が近ずくので、葉を落とすため、栄養を自ら断った結果、色付きゆっくりと、大地に帰るそうです。
  
  同じ<命>として、考えさせられます。

        古人いはく、、、、、仏とは?   秋のお山の錦である
                             澄んだ水たまりが藍のように美しい

                                           残月

2012-11-7 紅葉だより(1)

  嵐山地域は、0,01%でわないでしょうか?  寺域も皆目みあたりません。
例年11月の20日以降です。中旬のもみじ祭りは、紅葉の始めの行事になってしまっています。12月の第1週くらいが、一番美しいです。
  今年は、暑い夏そして、いつもより寒い秋、とても美しいのではと京雀は囀っています。わたしたち、人間は、美しいものが、ほんとうに好きなのだなと、つくずく思います。   拙僧にとっては、このことが、(我)を持つ(命)が、まさに、(我)を捨てまさに(無我)になり、本当の安心・自由を求めているようかのように、感じます。
 
  大悲閣で絶景を強調しているのも、(我)が自然に消え(全て)を受け入れ、(無我)の喜びの一つ、いえ、(無我の喜び)の基礎・基底になるような事を、客殿からの眺望によって、味わっていただきたいと思うからでございます。 
  
   色々な(美)がございます。人が最終的に求めるべき(美)も、どこかにあるかもしれません。
   でも、今秋もまた、皆様と共に、錦秋の(美)に、われをわすれたく存じます。

            もみじの葉と俺たち、いとこ、だって。(博士いわく)

                                           残月  

2012-11-6  行事(酔鴻忌・第3回)

  人気推理小説家・北森 鴻氏(新道 研治)
  平成22年1月25日  示寂  (残念・無念)

 大悲閣の恩人の1人の御命日が、近かずいてまいりました。 まだ、さびしい気持ちが強いけれど、同じ気持ちの人々が集まる事が、一番の供養と存じます。  

     平成25年1月27日(日)  午後2時より
     読経(心経三巻)・焼香・ご挨拶・大酒宴
     新客殿にて

  しんどうくん、すごいぞ、ぜんこく、つつうらうらから、おてらに、おまいりしてくれているよ。
  よくみえますか、よくみてくださいよ。 ずいくんも、どうにか、やっています。  27にちは
  よていを、いれないようにしてくださいよ。でわ

                                      嵐山  残月