7-6 ある人物の誕生日・その2

  その日、夕刻お手紙を持って行く。97歳の御長寿をお祝う事と、これまでに成し遂げた善行を讃えさせてもらった。 お家の前に、看護の車が止まっているような気がしたので、心配で電話をしてしまいました。ご迷惑だと思いましたが。  すると、元気な声が響いてくるでわありませんか、ご本人そのものです。  いつも、おつしゃられています<倒れた時が、死ぬときである。>と。    御尊父様も90すぎまでお元気でいらっしゃて、お倒れになられた時、ご家族のみんなに正座して、<これからお世話になります>とご挨拶なさられたそうであります。 それから1週間、1口も水を求める事なく、従容と最後を迎えられたそうです。 人は、どのような最後であってもいいと思います。 でも何とも言い難い、おわかれではありませんか? 先生は、気力であるとおっしゃています。  人間、私心があると、力が出やすいものであります。  我欲旺盛な人は元気一杯でもあります。  私心・我欲の次の力の源を、<気力>とおっしゃているような気がいたします。 仏教では、無我・慈悲・願心とでも申せそうです。 とにかく御尊父様のような御最後を、お迎えしようと為さられています。    徳翁、97歳。   気力、天を突き地を覆う。   つずく
                                         道忠  合掌
      p・s・  現在とは何か?きちんと定義してみろ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
           私は、納得しない。  はい、・・・・・・・・・・・。宿題を出されてしまった。

7-5 ネットのおかげ

   10年前に、よくお参りきていたk氏が、昨日来てくださった。 弁天様をよく信仰されている。 その昔、本堂にお籠りして御読経なさった事もある。  文殊菩薩・観音菩薩それに、神道の神々も信仰されている。神仏と共に生活されている。彼の読経のお声は、よく大悲閣境内に響きわたった。もう35歳くらいになられたという。 よく遠くからよくぞ、その心と体を運んでくださった。また弁天様のお供えの、お酒・生卵までお持ちになられて、・・・・・・・・・・・・・。
   龍神様・弁天様・宇賀神将様は、一つと考える事ができる。 古代から連綿とつずく尊い信仰である。 水と広く深くかかわった了以翁の寺院であるここには、三つ全てが、祀られています。  彼とお話していたら、近くにいた12歳の少年が問うてきました、<神さまは、いるのですか?>。いい少年だ。1時間ほど遊んで帰った。
   k氏は、その昔、最初に問うた。 寺の入り口に、<心を開き・魂を磨き・命を味わう>と書いてますが、自分には、開くべき心がないのですが?と。 思いつめた眼差しであった。 それから10年、よくまた思い出してくれました。  ネットのおかげ・電気のおかげ・知恵のおかげ・先人のおかげ・万物のおかげ、ありがたや・ありがたや・ありがたや。     
                                   道忠  合掌

7?2   友人の遺品を戴きに

   昨日は、琵琶湖をみました。水はいいな、と思ってしまう。いやだなと思う人もいることでしょう。こう考えると、感じると、何も思えなくなってしまう。  ただ南無阿弥陀仏・なむあみだぶつ・南無妙法蓮華経・なむみょうほうれんげきょう・南無大師遍照金剛・なむたいしへんしょうこんごう・南無釈迦ムニ仏・なむしゃかむにぶつ・主にありて平安・しゅにありてへいあん・
   100才まで元気な人もいれば、50歳に満たず亡くなる人もいます。これが現実。だれも自分のことは、はっきりとは分からない。宗教とは何か?答えは色々あることでしょう。私が一番すぐに思い出す答えがあります。   (死を問いとして、答えるにたる、生き方を示すものである。)
                             道忠  合掌

6-30 ある人物の誕生日・  その1

  その人とは、コンビニで出会った。私はコピイをしていていました。そのおじいさんも、コピイをしに来たので、時間のかかる私は直ぐに止め、当然ながら譲った、本を読んでいた。おじいさんは、お礼を言いに来てくれた。あまりにニコニコと明るくお元気なので、<失礼ですが、御幾つであられますか?とお尋ねしました。> なんと、96歳とおっしやるではありませんか、私はびっくりしました。<どのように生活なさってられますか?>つい尋ねてしまいました。本を何冊か書いているのでくださると、おっしゃてくれたので、お家まで付いて行くことにしました。
  ぼろぼろの自転車にまたがるではありませんか。96歳の方なのか、おお、なんという事なのでしょう。簡素・質素な衣服であられる事は申し上げるまでもありません。<心はいつも燃えている><昨日よりも今日、今日よりも明日><世のため人のために、尽くす>と、お声がとても若若しい。いったい何物だ?
  今年1月9日の出会いでした。つずきはまた。今日、その方のお誕生日です。でも人には会わない方だからお手紙を持つて行こうと思います。

                                      道忠  合掌

15年すぎて

  寺の復興をめざして15年近くが過ぎました。  沢山の皆様のおかげで、1歩1歩進めてまいりました。今度、正式に、浄財を集めさせていただく事となりました。  会が発足しました。つまり、会の名がきまり、会長、理事長、理事、会計、趣意書、振り込み用紙、封筒、事業内容等が決まりました。御礼状が制作中です。  ここ3年もなかなか大変でしたが、ここ2年はもっと困難事が生じる事でしょう。  愚僧、身・心を清め、かつ身・心を燃やさなくてはならないと覚悟を深めている今日このごろです。 
   現住職が、 嵐山大悲閣千光寺を創建なされた、四宗兼学の道空了椿上人・川大名の角倉了以翁の如き人物であれば、全て解決なのでしょう。 400年後に、同じ事をなしたらいいのだから。 ここ15年で、できるだけ近ずこうと全力を尽くしてまいりましたが、恥ずかしいかぎりです。何歩近ずけたのであろうか? 馬鹿な試みだったのであろうか。いや、そうは思いたくない。     
   皆さん、ご意見・ご協力おねがい申し上げます。  皆様一人一人の京都・嵐山の山寺として、位置ずけられないだろうか?  やはり終の棲家としての、円寂塔(納骨・位牌堂)の建立が一番なのでしょうか?菩薩になると誓い戒名持ち心の道場とする?  嵐山心学塾を設立し、塾生を募集する???????
                                     道忠  合掌

6-28 高瀬川

    昨日、高瀬川・三条小橋の側の慈舟山瑞泉寺へお参りしました。 了以翁の発願による建立です。千
光寺と兄弟と申せます。由緒・歴史は、非常に重いものがございます。ご存知の方も多いかと思いますが、興味のおありの方は、是非お調べくださいませ。     この寺院で、了以翁・素庵様の法要がありました。  角倉同族会の皆様方の主催でした。    本日、これにて、失礼いたします。ご報告まで。                                         道忠   合掌

25-天神さま

     京都・北野は、毎月25日沢山の人々が集まります。天満宮の縁日です。  平安時代には安嘉(あんか)門が、近くにありました。そこは物資の集積地であり、その当時から、内外の人・もの・お金が集まり、また散じていったようです。  故に、芸能・文化・悪事・学問なども発生したのでしょう。  森・林泉・小川も残っており、現代とは違った景観だったようです。
     ともかく、数百年また千年ちかく継続されている事柄は、注目に値し研究に値するようなきがします。  いつも変わらない価値が、表われているのではないでしょうか。   三代百年こえてこそ、個人の癖を超え、確かな物事が生みだされて行くのかなと思います。  ある昆虫好きが、昆虫学を家元制にしたいと、冗談でいってましたが、一代でできる事の限界を実感してのことなのでしょう。
     日本・平安城の中には、今までに世代を超えてきた物事が、数多く残っています。  そして、今日もまた、これから世代を超えて、受け継がれていく物事が、生まれている事でしょう。  愚僧も、また、非徳非学非力ながら、天神さまの御加護を念じつつ、身と心を尽くして行きたく存じます。       よろしくお願い申し上げます。  みなさま・天神さま。
                                                   道忠  合掌

快晴

    ありがたい。今日は、天気がよく青空が美しい。  美しいもの・ことを、美しいと言葉にできる、ありがたさよ、申し訳なさよ。  今この時にも、苦しみ・悲しんでいる人々、数多くいらっしやることでしょう。  
    少しでも役に立ちたいものです。 とはもうせ、あそこの掃除・そこの草とり・水の出が悪い・セメントがはげてる・木が腐っている・返事を数年もしてない・傾きがひどくなつた・copyが足らない・と日常に振り回されている。  反省・反省・大反省。 
                                  道忠  合掌

6?23

   こんにちわ。 やはり、夏は来るみたいです。 50才すぎているのに、春のつぎは夏だと信じていないというか、思いこんでいないというか、冬ということもありうると、馬鹿みたいに思っているような気がします。
  パソコンに、これまで、なかなか集中できなかった、一つ原因は電気そのものを信じていないからだった気がします。 現代社会に生活させてもらいながら、生かされながら、おかしなことです。反省、反省。
  大悲閣は湿気とのたたかいです。全ては、水と大地に帰るとはいえ、簡単には帰せないものは多い、それが文化・価値・真理・・・・。本一冊・柱一本・・・・・・。    
                                    道忠  合掌 

6-22 素庵忌

本日、了以翁の息子・素庵様の命日です。 翁の片腕である、実業家・実務家であります。また儒学者・芸術家あります。  塵劫記(じんごうき)の如き、最大・最小を含みまた、当時の角倉家が仏教に、超宗派的対応なさられている様子が、まさに素庵様の世界観・心を、示しているように感じられます。
        
       病に苦しまれながらも、正しい心をもとめ続けられたといいます。  学ぶべき事多い方でございます。  嵐山心学の祖と位置ずけられるかもしれない。   愚僧は、数千年の人間の歴史のよきものを、さがし伝えていける山寺に、為していきたいと思っています。   客殿のプリント類が、その気持ちの表れです。  わたしにとって日々の喜びは、プリントがどんどん減っていくことです。  いずれ各プリントの拙い解説の講座を設けたいと思っています。   駄弁を弄しました。 失礼しました。
                                  道忠  合掌