6月16日(日)  三つの知恵 <三慧>

   繰り返しです、大切なので、また考えたいです。

  仏教では、< 三つの知恵 >を語っています。

    1・・・聞慧( ぶんえ )  聞いて、身につく智慧
    2・・・思慧( しえ )   思いめぐらして、身につく智慧
    3・・・修慧( しゅうえ ) 実行して修(おさ)めて、
                        身につく智慧。

 1・・・聞くという事は、< 書物・本 >を読む事でも、 ございます。  
    ( 自分 )を、空( から )に しないと、本すら受け入れられない。
    ましてや、( 人の御言葉 )を聞けない。
    私たちには、口が1つですが、耳は2つあることを忘れないように
    したいです。
      < 多聞天  たもんてん  >
    まさに、できるだけ、< 多く聞く >の大切さよ。

     ・  我 以外 、 皆 師匠 なり
     ・  新聞は、わたしへの、世界中からのお手紙、
               よく読むように。

2・・・( 思う )( 考える )事の大切さです。
    物事・人・世間・心・金銭・身体・・について、
    よく考えることです。
      < 活かす・生かす・いかす >ために、
      慈悲・やさしさ・愛情を、
      原点とするのです。

   ( 自分 )だけの、「 得(とく)・利(り) 」のためだと、
   人間、あまり、力が出ない。 本来は。

       自分の利得・利益だけを、原点にしないと、
     本来、< 頭は  よく回転する >(笑)(ほんとうか?)
         < 心は 広く深く なる >(笑)(ほんとうか?)

   観る(みる)・・自由自在にみる。 まさに、観自在( かんじざい )
           ( 自分 )( 自分以外 )
           ( いい事 )( わるい事 )
           ( 好き )( 嫌い )も、

               色々な観点から、観る・見る。

 3・・・実行する。  修行する。
       うまくいく。   しつぱいする。
         できない。  できる。
       

         ( 自分以外 )が、いっている事は
         本当だろうか?

         まずは、< 疑わず >行う。
         ( ほんとうか? )の確認です。(笑)(笑えない)

         ・< 流されて  生きる  >でなく、
         ・< たくましく  生きる  >< よく生きる >には、
           智慧を身につけたいもので、ございます。

         ( 自分 )が、ゴミを1つ、拾えば、
         世界から、ゴミが1つなくなる。
         小さいこと、でも、できる事から。
         欲を出さない事。 10こ取りたいとか。
         5こ以上じゃないと、しない。(笑)

         ・< 流されて 生きる  >事と、
             禅の修行の< 雲  水 の ように  行う >
               のちがいは、
                  実行しながら、考えてみてください。

         ・ 菩薩( ぼさつ )  修行するひと・ 実践人
                       頭だけでない人
                       心がある人

                 ( 菩提 ぼだい )
                 ( さとり )をもとめる人
               ( 安心 )をもとめる人、(内面に)。
            ( 本当の <安心> )は、< 外 >に無いと、
            気づいた人。
           < 外 >は、無常でないだろうか?と、思う人。
             (「 無常 」  常など無い  全て変化する )
             ( よくも  わるくも   変化する  )
      (  できるだけ  いいように  変化させる事・・・人の仕事  )

           こだわるべき事に、疑問をもった人。
          やさしさ・いとおしさ・わび・さび・・感じやすくなってくる
         (自分)と(自分以外)の、<ちがい>がなくなってくる。
            自然と、やさしくなり、また、やさしくされやすくなる。
               心の奥底から< しあわせ >を感じてくる。

           人は、< ぼさつ >のような< あり方 >を、
              もとめたいもので、ございます。

       人としての< 命  >は、< ぼさつ >になれるから、
           より尊い、より有難いと言はれています。

     ですから、
       「 人の< 命・心 >  」は、 
               「 菩薩 ( ぼさつ ) 」になり、
               「 仏( ほとけ ) 」になるまで、
           くりかえし、くりかえし、生まれてくる、という思想が出てくる。
      愚僧も、このごろ、そのように思えてきつつあります。(笑)
         おのおの、
           「 菩薩の行為 」の種類・範囲・役割はちがえども。
               ( いい意味での、宿命がある  )
      ( やりとげ なければ  ならない、各々の・役割・つとめ・仕事・・ )

          50歳で、残念ながら、亡くなった友人は、
                     他界した友人は、
            また、この世に帰ってくるような気がしてきました。
               お互い、まだ、「 仏 」になってないからね。

      駄弁ながら、< たくましく生きる >ために。
   
                      残月       合掌

   <  しあわせな  1日で  ございますように   >
   <  清き光が  満ち満ち溢れますように   >

   < 御病気・御ケガの( なかま )
           1日も  お早い 御回復を    >

          走りながら失礼いたします。

    

6月15日(土)  随想

    土曜日は、大恩人・元翁の御家にお参りに行っています。
 朝、8時40分です。 この時間だと、午前でも午後でもなく、
 予定以外として行動できて、ありがたいです。 御子息家には
 御迷惑かもしれしれませんが、愚僧、生きている限り、お参りさせて
 いただく所存・覚悟でございます。
  ( 嵐山 大悲閣 千光寺でのお参りは、当然でございますが )

     知人・年上の友人がおっしやられていました。
  ( 自分で考えながら、仏教を学んでられる尊い御方です )
  ( 大阪からです。 先日、「 無私の人 」という本を貸して
    くれました。  ありがたい。  )

「  ある上人( しょうにん )が、いってましたね。
  自分の親・先祖のためには、読経しない。
  追善供養しない、言っているのでは、
  ないでしょうか。
    なぜ、私たちは、法事をするように、
  すすめられ、また、おこなうので、あろうか?  」

「  教団の運営上の、問題もございますでしょう。( 笑 )

  また、お亡くなりになり、家族・親戚・関係者が、
 一同に御集り、故人を偲ぶ( しのぶ )事の、
 大切さ・重要さは、どなたも、御感じでしょう。

   でも、やはり。
 < 現代人の面倒である・忙しい >という言い訳で、
少なくなってきているのかも、しれません。

   しかしながら、他の寺院での法事を
 させていただいてますと、皆さん懐かしそうに
 されてます。  おじさん・おばさん・おい・めい・
 いとこ・遠方の御親戚、 皆様方、本当に
 うれしそうです。

 <  こんな事がなければ、
    法事がなければ、集まらないよね >と。  」

      とにかく、言葉の世界は、むずかしい。
     ( 言葉だけ、だと、むずかしい。 )
     ( 特に、宗教は実践・体験しながら、でなければ  )

   以前、宗教者・宗教学者のお話を聞いた事がございます。

     <  これは あまり よくないな。
        1から10まで、お話している。
        また、右・左・上・下・裏・表を
        話しているぞ。
          お聞きしている人々が
          混乱してしまう。  >

     <  仮に、物事の理解に、
          10級から1級、
            そして、1段から10段まで、
             あるとしましたら、

           きちんと学ばなければ、
             順序よく学ばなければ、
               水泡に帰す。
                 大変だ。   >

   

        「 『今』の私が、知ることはよくない 」事も
            多々、 ございます。
     順序よく、あせらず、忍耐をもって、学びたいものです。

          また、 本当の意味の先生・師匠が
            必要になってきます。

   駄弁です、愚僧が混乱させては、いけませんね。
       反省 反省   丁寧に  1歩1歩づつ。
                      残月   合掌

   <  しあわせな  一日でございますように  >
   <  清き光が  満ち溢れますように   >
   <  苦しみ  悲しみが  へりますように   >

   <  まちがい  てちがいを あまり  しないように >
   <  あらゆる存在が  粗末に されませんように >

   <  やさしい  まなざし  >

   <  御病気の( なかま )の  ご回復を  >
   <  御ケガの( なかま )の  ご回復を  >

               失礼いたします。

               

6月14日(金)  教育・薫陶(くんとう)

     雑感随想がつづいてます。
  すみません、チョット休息の気分です。
  お許し願いたいです。( いつもじゃないか )( 笑 )

    ほんとうは、( ひとり )と( みんな )とか、
 ( ひとり )と( ひとり )とか、( ふたり )の世界とか、

   お松さん、お竹さん、お空さん、
 お梅さんに、ついて、ごいっしょに考えたいのですが、
  つまり、< 区別 >< 平等 >< 区別 即 平等 >
 < 平等 即 区別 >、 < 行為の世界 >< 理想の世界 >
 < 現実の世界 >とか、

   閑坐・数息・正心・
   禅定の諸段階とか、、、、

   道徳の確立
  「 道 」    天と地の間の  ( 自分 )
  「 徳 」    人と人の間の  ( 自分 )とか、
    ・ 現代の道徳哲学
    ・ 新 心学
    ・ 心の たもち方
                 とか、いっしょに考えたいのですが・・

    先日からの、つづき です。
  「  ( ああ 面白かった )  といって  死にたい  」
    そのためには、
   < ( 自分 )の( 好きな事 )をする  >ことかな。
 でも、世間・社会が、ゆるさない事もある。

    友人の御言葉です。

  「  何が、好きなのか、わからない。
     何が、したいのか、わからない。  
     何が、ほしいのか、わからない。  」
   
  のが、 一番、苦しく・つらいのでは、なかろうか?
    なるほど、
   そうですね。
   なるほど、そうなのですね。

      21世紀に生きている私たちは、
    原始時代も、古代も、
    中世も、近世も、
    近代も、
    忘れて、いるのかも知れません。
      ( 教育 )されていないかも、しれません。
    また、<自分>で<自分>を教育していないのかも
    しれません。

                つづく

             昨夜の( 三日月 )の美しさよ

         「  夜を行く   見上げる空や   月ひかる  」

                          残月   合掌

  
  <  一日が  しあわせで  ございますように  >
  <  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >
  <  苦しさ  悲しみが  すこしでも  なくなりますよう  >
  
  <  まちがい  てちがい を あまり  しませんように  >
  <  愚痴を  いいません ように   >
  <  尽己( じんこ ) 自分を つくす。 その1、なり。  >
  <  敬天( てんを うやまい )・愛人( ひとを あいせよ ) >

  <  ちいさきを  おさなきを   まもりたい   >
  <  粗末にあつかうな、おのが( 心 )を、 >
  <  粗末にあつかうな、おのが( 身 )を、 >

  <  荒野をめざせ   雨風に  打たれろ  >
  <  師匠に、汝が師に、なぐられろ  >

  <  御病気の( なかま )の ご回復を   >
  <  御ケガの( なかま )の ご回復を   >

                    失礼いたします。

6月13日(木)  質問箱より

    「 仏教では  性同一障害は  どのように とらえるのか? 」

    新聞記事でしか存知ませんので、よくわかりません。  でも、
   「 自分は、男性だけど、女性として生きたい、女性である。 」
   「 自分は、女性だけど、男性として生きたい、男性である。 」と、
   いう主張は、
   尊重されるべきである、と思います。

     昔は、また昔昔は、社会・町・村・から嫌われ排除されてきたかも
    しれません。  世界中では、まだまだ、かもしれない。
     ( 迷信による呪縛・悪習は  残っているいるそうです・・・)

      『  社会の  成長発達  』  つまり
    『  人間の意識・観念・常識の  成長発達   』 と考えるならば、
     日本・欧米では、認められてきているのでは、ないでしょうか。
   また、よく理解されて、社会の中に、受け入れていかれるべきことでしょう。
     < 身体と精神の不調和 >の苦しみは、
      命そのもの破壊に、つながる事でしょうから。

     「  みんなちがって  みんないい  」というある詩の言葉が、
   よく引用されています。 戦前の詩ですよね。
     戦前は、「  みんな おなじで   みんないい  」の、
   おそろしい時代だったのでしたね。
   「  おなじでなければ  非国民である  」という時代です。
     このような社会に、もどしては、なりますまい。
    
   < 軍靴の響き(ひびき) >より、
    ( 権力の 横暴 )より、
   < ハイヒールの響き >でいいのですね。( 大笑 )

    精神がしっかりしていなければ、
    価値観をしっかりもたなければ、

  <  何のために  私たちは 生きて行くのか  >を
  個人も社会も、また国家も、さだめていなくては、

     困難・貧困・欠乏・恐怖に
      負けてしまうのが、私たち人間でございます。
         ( 歴史的真実です )

    ここで、本当の意味での宗教が大切に
  なってきます。   < 現実 >にふりまわされない力です。
  < 現実 >を捨て・無視する事ではなく、です。

     社会における、< 教育 >の重要さは、
   人間・大人・おとな・社会構成員の<  意識  >を
  左右するから、強調しても、しきれない気がします。
    また、『  幼児期の環境・保育  』は、よく配慮
  されなくては、ならないでしょう。

     < 知識でなく、意識の問題です >。

                           つづく

    駄弁ですが、よりよい人間になり、
        よりよい社会をつくるために。
                       残月     合掌

 <  しあわせな 一日で  ございますように  >
 <  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >
 <  悲しさ  苦しみが  すこしでも  へりますように >

 <  まちがい  てちがい  を あまり しないように >
 <  愚痴をいうべからず   最善をつくすように  >

 <  ちいさきもの  よわきものを  まもるべし  >
 <  あらゆるものが  粗末にされぬように  >

 <  荒野をめざせ  雨 風に打たれろ  >
 <  師匠に、汝が師に、 けとばされよ 。 >

 <  御病気の( なかま )の   御回復を  >
 <  御ケガの( なかま )の   御回復を  >

                    失礼いたします。

6月12日(水) 嵐山大悲閣<little earth>

        12日は、< 了以忌 >です。
  旧暦 7月12日が、御命日です。「 秋、7月12日 」と
 石碑( 境内にあります )に刻まれています。

    私たち人間は、忘れやすい動物です。
 <大切な事柄>は、石に刻み込んでで後世に伝えようと
 しています。

    私たち人間は、愚かで石碑の存在すらを忘れてしまう。
 東北地方で、「 ここから、下には、住んではならない。 」という
 石碑が見つかっています。

    中国大陸の山の中に、
 < 石経 >とよばれる碑文の一群があるそうです。
 「 仏教でいう真理 」を、刻み込んでいるそうです。
    < 寺院を破壊され・仏像と経本は焼かれ・僧侶は殺される >
 場合・時代もあるわけですから、
   先人・祖師方は必死です。
    奥山の岩肌です。
 < なんという、心・意志・精神よ >でございます。
   「 般若心経 」の親みたいな、「 金剛般若経 」も
 刻み込まれているそうです。( 写真で見ました )
   山の中で、ものすごい労苦だったことでしょう。

    「 金剛般若経 」は、禅宗の基本経典でもございます。
  徹底して、< 個人・個体・個命・個形は、無い ない ナイ >と
  語っています。
    これに気づけば・納得できれば・頷ければ(うなづ)れば・
   これを悟りえたら、
      < 絶対幸福・徹底満足・大歓喜 >という。( 大笑 )
                                 ( 笑えない )
                       古人いわく、 ( ほんとうですぞ )。

   でも、『 仏 』 という ( そのもの )、
   また、『 慈悲 』という ( その、はたらき )
        の< 光 >< 熱 >< 風 >< 水 >・・
        が、  「 この真理の体得 を  助ける 」
        という事を、
        信じることから、( 正しく 受ける )ことから、
       < 正しい道 >が、始まるような気がいたします。

    とりとめのない駄弁です、でも、愛をこめて。
                      残月      合掌

<  今日  一日が  しあわせで  ございますように  >
<  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >
<  苦しみ  悲しみが  少しでも  へりますように  >

<  まちがい てちがいを  あまり  しませんように  >
<  勇気をもって、さあ、一歩    >
<  あらゆる存在が  粗末にされません  ように  >

<  不平・不満・不服のまえに   一工夫を   >
<  人を愛せよ  物を愛するな  人を愛せよ  >

<  御病気の( なかま )の  ご回復を   >
<  御ケガの( なかま )の  ご回復を   >

                    失礼いたします。

6月11日  嵐山 大悲閣 <little earth >

           9日(日)ブログ更新が出てなかったので、
  「 急病だろうか? 」と、心配してくださった方々が、
  いらっしゃられ、まことに申し訳ございませんでした。

   ( 心配してくださる方が、いらっしゃるのだ )と、
  存知ました。 改めて、皆さまに感謝申し上げます。

   
    今朝は、
   休息の気分で、とりとめのない事を
  語らせて、いただきます。

    新聞の本の広告です。
  「 ああ < 面白かった >と言って、死にたい 」
    なるほど、
  < これに、つきるな >
  < こう、思えるような、自分にならなくては >。

   「 ( 自分 )の( 好きな事 ) 」を、
  とことん、やった人は、そう思えるのかもしれません。
  恵まれた環境・境遇( きょうぐう )に、いたかもしれない。
  この環境・境遇を、
  命がけで、獲得したのかも、しれません。

    世界は、おそらく、
  「 ( 自分 )の( 嫌いな事 ) 」を、
  無理やりさせられている方々が、
  とても多いだろうと、考えられます。
    困った事です。
  これからの私たちの課題です。

    ただし、この日本などにおいて、
   < 今 >の、
  「 ( 自分 )の( 嫌いな事 ) 」を、
  本気で・ 真剣に・ 己の意志で、
    やる人、とくに若者がいたら
     すばらしい。
     おそらく、いるだろう。
     必ずや、いる。

      ( 自分 )( 自分以外 )を
        変化・成長・発展させる。

    「 ( 自分 )の( 好きな事 ) 」を、
  まわりの人々に、( すみません  ごめんなさい )
  ( ゆるしてください )と、思いわびながら、
  罪( つみ )を意識しながら、
  ( 小生・愚僧も、若い時、迷惑かけてると知りながら、
    好き勝手しています。 < 大笑 >  )
  うちこんだ人が、意外と、
  「 面白かった 」と、言えてるような気がいたします。

     事の、成功・失敗は関係なくです。
     ( 自分 )を、( ささげ・つくす )喜びは、
     人間性の極みのような気がいたします。
      でも< むずかしい >。

      < ささげよ・ つくせよ >という命令もある。
       論外であり、まさに、はねのけよ、です。
       でも< むずかしい >。
       工夫・精進・・・・閑坐・正心です。

     神仏、もしくは< 超越  ちょうえつ >
   現実のみに、しばられては、ならないですね。
   < 真 >< 善 >< 美 >< 聖 >
    いつまでも、普遍的価値の  追究です。
   論外の横暴・暴力に、
    負けぬためでございます。

   < なすべき事・好きな事・つくす事 >
    昔は、「 忠 」と「 孝 」。

       現代日本社会は、
       まさに「 孝 こう  」が大切です。
        親孝行が、人間の基本です。
        ( 御両親いらっしゃらなくても、
            孝の精神の実践です )
           でも<  むずかしい >。

        基本から応用へ。

     とりとめのない駄弁でした。
                  残月     合掌

   <  一日  しあわせで  ございますように  >
   <  清き光が  満ち溢れ  ますように  >
       ・
       ・
       ・
   <  御病気の( なかま )の  御回復を   >
   <  御ケガの( なかま )の  御回復を  >

               走りながら失礼いたします。

          

6月10日   嵐山  大悲閣

   10日の午前4時25分です。
 なんと、昨日 9日のブログが、原稿のままでした。
また、ミスしてしまいました。 反省いたします。
いま、公開しました。  何10分後に掲示できるのでしょうか?
  初めてのパターンでした。
 もし、御待ちの御方がいらしてくださっていたら、
  申し訳ございませんでした。

 ( 他の寺院の法事 )と ( 嵐山 大悲閣の事 )
で、頭の中が、混乱していたのかも、しれません。

  今朝は、やっと、書評の原稿を しあげました。
恥ずかしいものに、なりましたが、今の小生はこのような
者なのでしょう。  努力精進あるのみでございます。

  昨日の法事の後、檀家の皆さんと食事をいたしました。
近年は、食事代をいただいておわり、ごいっしょする事が
ほとんど、なくなりましたが、やはり、同じテーブルにつき、
食事をする事は、本当にいい事だなと存じました。

  剣道7段の方がいらっしゃいました。
色々話し合ったり、教えていただいていたら、
  日本 柔道創始者の御言葉を思い出しました。
     その1・・・ 体育
     その2・・・ 修心
     その3・・・ 勝負

   どの世界も、< 勝負 >に走りすぎています。
 その先生いわく、「 勝負は 負けた方が  いい 」と。

   このごろ、
スポーツマンでなく  アスリートとか言ってますね、
 賞金稼ぎの意味でしたか??

      お詫びと 駄弁です       
                   残月   合掌

<  今日 一日が  しあわせで  ございますように  >
<  清き光が  満ち溢れますように  >
<  悲しみ  苦しみが  少しでも  なくなりますように >

<   まちがい  てちがい  を あまり  しないように  >
<   小さきもの  よわきものを  たいせつに  >
<   あらゆる存在が  粗末に されませんように  >

<   ( 自分 )を( 自分以外 )に、尽くす・愛する  >

<   御病気の( なかま )の  御回復を    >
<   御ケガの( なかま )の  御回復を   >

               失礼いたします。

6月9日 (日)  嵐山 大悲閣

       おはようございます。
    昨日の和歌の訂正を、いたします。
  八一先生・皆さま、申し訳ございませんでした。
  パソコンを、閉じたと同時に、気づきました。
  < みやこ おぞみる・・・・みやこ をぞみる >
  < お >が、< を >に、変更です。

   昨日、道玉上人から提案がございました。
 仏教の経文は、インド古代のサンスクリット語(梵語)なので、
 ( ひらがな写経は、どうだろうか? )と。
    ・ 大悲呪( だいひしゅ )( 千手観音様の功徳を語る )
    ・ 仏頂尊勝陀羅尼( ぶちんそんしん だらに )
               ( 仏さまの頂きからの光の功徳 )

        内容・意味を理解したうえでの、
      真言( 梵語そのもの )の、< ひらがな写経 >は
      いいかも、しれません。

       「 ( 自分 )を捨てる、
        ( 自分 )を捧げる 」いい練習かもしれません。

    人生は、「 ( 自分 )を、< 捨てる >
                    < 捧げる >
                    < 尽くす >ため 」と
        考えられますが、
        むずかしい、
        日常生活においても、
        歴史的社会生活においても、
        非常にむずかしい。

        本当は、簡単かも、・・・・・。

        < 捧げる >< 尽くす >は、むずかしいので、

        < 捨てる >事を中心に考えると、
        「 写経 」また「 坐禅( 閑坐 ・ 数息 ) 」
        が、実行しやすいかもしれません。

     人生は、「 ( 自分 )の、< 好き >な事に、
                うちこむ・没頭・集中するため 」とも、
           表現できます。
         「 この< 好き > 」を、どのように、< 捨てる >
                             < 捧げる >
                              < 尽くす >に
          高めていけるか、変換していけるか、が
       現代日本人の、根本的課題であると存じます。

     どなたも、そのように、感じている気がします。( 独断 偏見)(笑)
    だから、わたしたちは、< どう ある べきか? >
   だから、わたしたちは、< どう なす べきか? >

       このブログの初心が、まさに、ここにございます。
   < 閑坐・数息・正心・・・>
   < 嵐山の 美しき自然 >( きびしさ も )
   < 観音菩薩さま >( 仏教・宗教 )
   < 角倉 了以さま  素庵さま・・・一族の業績>
   < 現代日本人の  幸福・・・  >
   < 人間の幸福 ( 思考と行為の一致 )・・ >
   < 愚僧の( つとめ )( 課題・問題 ) >
   < little  earth  ・・・・・・   >
   ・・・・・・・・・・・・・

         上の8個・・・・・・を、全て同じと、とらえて、
      愚僧は、思考・実践しているつもりです。(笑)
      でも、それでいいのか? ( 大笑 )
      でも、大切だと感じています。( 笑 )( 笑えない )

      初心の確認のような駄弁になりました、お許しください。

                  残月   合掌

    <  今日が  しあわせな  一日でございます ように  >
    <  清き光が  この世に  満ち溢れますように  >
    <  悲しみ  苦しさが  少しでも へりますように >
    <  まちがい  てちがいを  あまり しませんように  >

    <  不平・不満・不服の前に、 深呼吸です  >
    <  あらゆる物人事が  粗末にされませんように >
    <  1歩 踏み込んでいるだろうか あまえるな ハイ >

    <  御病気の( なかま )の  御回復を   >
    <  御ケガの( なかま )の  御回復を   >

                 失礼いたします。

6-8 ( 土 )嵐山 大悲閣・客殿<little earth>

          本日の(土)、午前10時30分から 午後1時まで。
               確実に、千光寺にいます。< 愚僧在寺 >
     明日の(日)、むずかしいです。
             午後2時すぎまで、他の寺院での法要です。
             努力いたします。

       拙僧、< 嵐山 大悲閣 千光寺 >の収入は、すべて、
    復興資金にあてたいので、基本的生活費は、別の寺院で
     いただけるように努力しているつもりです。
  本当に、ありがたい御仕事・仏事法要をさせていただいています。
    そのために、復興活動交渉事以外でも、外出することも多々あり、
  「 住職が、いつもいない寺院は、信用ならない。 」と 批判も
   されていますが、今のところ、どうしようも ございません。 
     しっかりした、留守番の仲間がございます。
    そして、お守りし、御案内させていただいています。

     御年長の御方は、案内のかたわら、絵画の制作中です。
  < 了以翁 400年忌 記念・・・客殿からの眺望です・
                絶景 ・ great view を描かれています >

  < 大作です・・・題が決まったそうです。
            会津 八一 (あいず やいち)先生の和歌です。

      「 だいひかく   うつらうつらに   のぼりきて
          おかの かなたの   みやこをぞみる   」
                   
                    注・ ひらがな文字です

     ここ数日、制作お休みとの事です。

     他の寺院について。
   ここ数年、拙僧を助けていただいています。

     不思議な御縁で、ございます。
   この御寺の墓地に、古くて珍しい墓石がございます。
 ある日、お参りにこられた御子孫の方々に御尋ねいたしました。
すると、次のように、お話なさられるでは ございませんか。
   「 嵐山にある寺院、大悲閣に祀られている
       角倉 了以の子孫です。
         末の娘さんの家系といい伝わっています。  」と。

      愚僧、驚きをこえて、鳥肌が立ってしました。
    < 小生、またしても、了以さまに お守りされている  >
    (  ありがたや   ありがたや   ありがたや  )

      もう一つ、不思議な事がございます。
  小生に、この寺院の仕事を託してくれた僧侶の方は、道場の先輩に
   あたりますが、なんと、角倉家と共に京都で御活躍なさられた
  < 京都所司代の子孫 >であるのでございます、
     なんという巡りあわせ。
 (  ありがたや  ありがたや  ありがたや   )

         長くなりました現状報告の駄弁です
                           残月   合掌

      ・ 本日、京都新聞・市民版に
              昨日の法要の記事が掲載されました。
        新聞社さま、 ありがとうございます。
        いつも、いつも、この小さい寺院を御見守りいただき、
        また、支えていたたきまして
          心より感謝申し上げます。
      (  ありがたや  ありがたや  ありがたや  )

   <  今日一日が  しあわせで  ございますように  >
   <  悲しさ  苦しさが  すこしでも  へりますように >
   <  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように   >

   <  すべてが  大切に  されますように  >
   <  勇気をもち  誠意を  尽くせますように  >

   <  文句をいわず  愚痴をいわず  ただ 実行 >
 <  天を敬い( うやまい )人を愛する 「 敬天 愛人 」 >

   < 御病気の( なかま )の   ご回復を  >
   < 御ケガの( なかま )の   ご回復を  >

                 失礼いたします。

6-7 亀山公園 にある < 了以 立像 >

    本日、6月第一金曜日は、
  京都・嵯峨嵐山地区・天竜寺の裏山にあたる亀山公園にございます、
< 了以 像 >の前にて、毎年、法要が営まれます。

   大悲閣千光寺の< 坐像 >400年前制作。
   亀山公園の銅像は< 立像 >であり、戦後再建されました。
         ・ 定朝門の御立派な仏師様の御制作です。
         ・ 高瀬川(京都)の住民の皆さまの発願です。
         ・ 20年以上前から嵐山保勝会・商店会・・皆さまで、
            守られています。
         ・ 自治体の御協力もいただいているようです。

   以前、ある町で< 了以像 >を制作した、という事がございました。
  万民に慕われ尊敬されている< 角倉 了以 >様ですから、
 事実、今までにも上記の如くあり( 高瀬川 瑞泉寺様にも ございます )
 これからも、ありえます。( 富士川の皆さまの思いも、お聞きしています)

   ある町の制作の< 了以像 >には、
「 よくない事である 」と、このおとなしい愚僧は、はじめて怒りました。( 笑 )

   現代人である、わたしたちが、勝手に、想像して、
 < 了以 さま >の御顔を、制作できる訳はない。
 400年間、大切に、多くの方々が守ってきた、
 第一級の資料があるのに、その事をふまえず制作
することは
「 歴史を  冒涜( ぼうとく )する事ではないだろうか? 」
  < 先人をないがしろにし、 子孫を だます事 >では?

   怒らない僧侶が、怒ったのでした。( 笑 )
 もう、終わった事です。
  私たちも、十分注意したいと存知ます。
   拙僧は、特に、なんでもよく、皆さま方の
 御意見を、いただけるような、真摯さ・謙虚さを持たねば
ならぬと、反省いたしてございます。

    因みに、亀山公園の< 御像 >は、
 大悲閣の了以様< 坐像 >が、まさに立ってられるような、
 雄姿( ゆうし )の< 立像 >でございます。
   すばらし御像でございます。
       ここに、嵐山の中腹にたたずむ、
        了以翁の貴重な史跡・
        大悲閣の説明案内板があれば、    
       より親切な京都市・京都府なのになー
        と、20年間、思いつづけています。( 笑 )

 
           昨夜、 月齢  27・1   ( 月華殿 )

     
         駄弁です        残月    合掌

<  しあわせな  一日で ございますように  >
<  清き光が  満ち満ち溢れ ますように  >
<  苦しみ  悲しみが  少しでも へりますように >

<  まちがい かんちがいを  あまり しませんように >
<  あらゆるものが  軽んじられません ように  >
<  工夫したいものです、壁にむかいて  >
<  努力するかぎり  迷うもの  おそれないで  >
<  日々の( つとめ )を  しっかりと したいものです  >

< 御病気の( なかま )の  ご回復を  >
< 御ケガの( なかま )の  ご回復を  >

            失礼いたします。