4-7 我について  ( 1 )

     < 我 >に、ついて、色々な言葉がございます。

   ・  小我 ( 小さな 我 )
   ・  大我 ( 大きな 我 )
   
   ・  無我 ( 我が 無い )
   ・  超我 ( 我を 超える )

     
      < 我 >を考える場合、< 個性 >とは何か?
   という、問題が出てまいります。
   < 我 >と< 個性 >とは、どこが同じで、
   どこが違うのか?

       この問いを、考える時、いつも、次のお話を
   思い出します。  小生が尊敬していた、ある映画評論家の
   お言葉です。  ご存知の方々も多いでしょうが、・・・・・。

     「  スター とは、美人でも・男前でもないのですね。
          演技の、上手い・下手(へた)でもないですね。
         < 個性 >です。
         スターとは、< 個性 >です。  」 
 
       ここまでは、普通の、一般的な 言葉です。
       次のように、続きます。

     「   しかし、集団・組織というものは、必ず、
       < 個性 >を、つぶそうと、します。
       < 個性 >が、強ければ強いほど、
            つぶそうとする力は、より強くはたらくものです。

        たたかれて、たたかれて、
        打たれて、打たれて、
        ひどく、つらく・かなしい事に、
        たくさん・たくさん・出会って

        それでも、つぶれない< 個性 >を
        人々は、私たちは、  < スター >とよび、
        心から、賞賛し・拍手喝采するのでしょう。    」と。

          おもしろく感じませんか?
        私たち人間の、よい点・わるい点が、よく表われている
        気がいたします。
   < 癖( くせ ) >から< 我 >、< 我 >から< 個性 >への
   変身・変心・成長・発達・・・・・・・か?  ( 笑 )

    (  たたかれ・打たれて  当然である。 )この覚悟。
   「 ある・なし 」 で、世間・社会にたいする、姿勢がちがって
    くるような気が、いたします。  
         
          ・ まけるな< 我 >よ。。。

       また、長くなりました、反省です。

     駄弁です、私たちのカワイイ< 我 >ために。     
                                      残月   合掌      

  

4-6 心をもやす   ( 15 )

   < さくら >のお知らせ・・
           今日・明日の 「 春の嵐 」で、
         山寺の「 さくら花 」は、舞いさってしまいそうです。
           北の< さくら >は、これからなのですね。
              楽しみのことと存じます。

          ・ 今春、「 写真によるお知らせ 」とも、
           お話いたしましたがが、やはり、できませんでした。( 笑 )
      すみません。  駄歌・駄句が、少しだけというありさまでした。( 反省 )

        ・ 来春、よりよい桜・よりよい世の中・よりよい皆さま・
                よりよい<あなた>・よりよい<わたし>で、
                  ありますように
                  ございますように。

      
        ・   神よ  仏よ
           <  ある 偉大なる 何か > よ
           あらゆる  物・人・事・存在・・・・を、
           お守り・お導きくださいませ。

              来春、
            よりよい桜
            よりよい世の中
            よりよい皆さま
            よりよい<あなた>
            よりよい<わたし>
              でありますように。

              来春、
            少しでも、苦しみ・悲しみが、
            この世から、無くなっていますように。

            苦しくとも、
            悲しくとも、
            あせらないで、
            よく見る・よく聞いてくださいね。

               人間・個人の一生、
              長くても
            100年、36500日、
            宇宙から観たら、
            < 一瞬 >といいます。

               あせらない事
            楽・利・得・快・榮・安・名・・・に対して。

            
               あせりそうに、なったら、

              < ある偉大なる 何か >
                に、つつまれながら、
              「  閑坐  閑臥  閑歩  」
              「   数息   」
              「   正心   」・・・・・

                <わたし>も、いっしょですから。

    駄弁です、よりよさをもとめて、
             心もやして。      残月    大合掌
            
            

4-5 心をもやす  ( 14 )

     < さくら >のお知らせ  ・・・   2・3日前の、悪天候で、
                    だいぶ花弁( はなびら )が、舞っています。
       
                     山桜は、もう残り三分の一くらいでしょうか?

                 ピンクの、かわいい ( しだれ桜 )は、例年通り、
           一番早く咲き、一番最後まで、残っつてくれます。
           残ってくださいます。 ( 向こうが、明らかに、年長です )( 笑 )

               「  花びらよ  雪のごとくに  舞い踊れ
                     この一年の   この世の 幸(さち)よ  」

          ・  参詣者の方々の中に、このブログを、お読みいただいての、
          お方も いらっしゃるそうです。  ありがたく存じます。
           お忙しいでしょうに、・・・・・・。  申し訳ありません。
             拙僧は、来月の行事にむけて、四苦八苦(?)(笑)
           小さい東奔西走をしていて(笑)していて、なかなか、
         直接、お読みいただいている方とお会いしたことは、
         あまりございません。 ( 知人は 別ですが・・< 笑 > )
           (  でも、三〇人くらいは、いるかなーー  )
           (  数字は、一切、関係なしですが・・  < 笑 > )
            そういえば、 昨秋に、一人いらっしゃいました。
             帰り際の、すれ違いの時に、
           「  よんでますよ  」  と 。
           「 えー 」。
          ニコニコされながら、だったので、・・「 いい のかなー 」
                「  どうなのかなーー 」( 笑 )

           ・  苦情・御批判が、< 矢の如く >飛んで来ない
            ので、「  まあ  いいか  」の 心境です。
            陰(かげ)で、・・・・・・   ( 笑 )

           ・  ただ、「 サリン事件 」の主犯が、同じ年なので、
            責任を感じています。  あのような< 宗教事件 >が、  
            けっして、二度と、起きてはならないし、起きないようにしなくては
            ならないと、愚僧、覚悟をきめています。

      「 既成 仏教は  風景に すぎない  」と、彼らは言った。

     事実、今の宗教は、 < 無我 >をもとめる・純な
             人間・青年・少年少女・こどもたちに対して、
                きちんと対応できてない事もありますし、
            残念ながら、 見捨てがちという点もございます。
           十分努力も、なさられていますが。 困難な事も多いのです。

     小生・愚僧は、覚悟しながらも、あまり、なにも、できてない。( 笑 )

              でも、 あかるく・さわやかに、
                  一歩一歩、進めます。( 笑 )
                     その一歩の、一つが、
                        このブログです。

                ありがとうございます。
              よろしく、お願い申し上げます。

     長くなってしまいました。 (反省)
          駄弁です、心もやしながら。    残月     合掌

   

4-4 心をもやす   ( 13 )

     「 我( が ) 」についての、質問がよくございます。

   苦しみ・悲しみの根源である、「 我 」が何故、あるのだろうか?
   この疑問の答えは、簡単・明瞭です。

   「 我 」が最初から無いような、植物・鉱物のほうが、
   よい・えらい・のではないだろうか? とも。

   そうです。 
   植物・鉱物のほうが、人間より、
   よい・りっぱ・しあわせ・かもしれない。( 笑 )( 笑えない )。

   最初の答えは、
   <   「 我 」が無い、喜びを、味会う、ため。  >
   <   「 無我 」の、「 歓喜 」を 「 自覚 」し、
        この「 命 」・
        この「 心 」にたいして、
        根源から、「 感謝 」 「 祝福 」できるように、
        なるために、
        あえて、「 我 」は存在している。  
             「 我 」は形成された。   >

    <  だから、「 我 」が、強く・大きい人間ほど、
        「 我 」が無いという、
        「 無我 」の、気持ち・心境・気分・経験
                 体験・味合い・よろこび・
                 大変革・大革命( 笑 )・
                 大歓喜・バンザイ感は、
                 より、より、とても、
                 大きい。 巨大である。
        と 同時に、真の( やすらぎ )( やさしさ )があふれる。
                
      「  地球を 超えた。 」と言った人もいます。
         ( 笑 )( 笑えない )( 大笑い )
   また、すこし小さく、「  天地 と 一体  」 「  あなた と  一つ  」とも  >。
    ・すばらしい・あこがれる・すこしでも、このように、なりたい、ものでございます。

                  つづく  ( 無我のために、どうしたら、よいのだろうか )
      
      駄弁です、心もやしながら。   残月    合掌 ( 奉刻 200 )
                 
              

4-3 平成3年 (1991)  4月3日

     22年前の、この日、
   私は、< 僧堂(そうどう) >という、
   仏教の中、禅宗の一派である< 臨済宗 (りんざい) >の、
   道場へ入門いたしました。

     もう34歳になっていました。
   10代後半からいだいていた、青年の問題を、まだ、解決しきっていませんでした。

     「  人生とは  何か ? 」
     「  人間とは  何か ? 」
     「  いかに 生きるべきか ? 」
     「  社会とは  どうあるべきか? 」
     「  真理とは 何か ?   あるのか ?  」
     「  幸福とは  どういう事  なのか ? 」

     「  なぜ、私たちは、
        不平・不満・不服ばかり 言っているのか ? 」
     「  もっと、もっと、もっと、
         しあわせ に生きれないの  だろうか ? 」
     「  病気 ・ 犯罪 ・ ・・・・・
       つらい病気 ・ いたい病気 ・・・・・
       ひどい犯罪 ・ ゆるせそうにない犯罪 ・・・・

         問題だらけ では ないか ?  何故 ? 
         どうしたら いいのだろうか ?
        
         国の争い( あらそい )も、
         人と人の争いも  よく 耳にする
         どうしたら  いいので  あろうか?    」

     自分なりに、精一杯、もがき、( たんきゅう ) していたような日々でした。
    次のような、古人先哲の 多くの御言葉に 「 ささえ・まもられ・みちびかれる 」
     日々だったような気がいたします。
  <  頭の中は、もやもやでも  、実生活は きちんと  こなすよう  >
  <  学び つづけよ。  結論を  あせるな 。  知らない事が多いではないか。 >
  <  奇妙な事あっても、不可思議な事がおきても、 
          「  真理をもとめて いるのだぞ  」  この 一言を  なげかけよ   >
  <  生命を  愛せよ  >
      ・余談ですが、アジア放浪10年の友人いはく、「 犬に いつも助けられました 」。
          わたしも、そうなのか、入門前も 捨て犬が 長いこと側にいました( 花子 )。
            初期の嵐山では、( 太郎 )( さくら ) そして ( もみじ )
              今は、( すみれ )。  なんと まあ  はからずも なのです 。
     つづく

        駄弁・余談でした、スミマセン。     残月      合掌

4-2 聖 フランシスコ

     ローマ法王が、決まりましたね。
  イタリア・アッシジの< 聖 フランシスコ >と同じ名前です。

     先日、新法王の( 洗足式 せんそく )の事が
  新聞に、掲載されておりました。

     いつもは、( 教会 )での儀式だそうですが、今回は犯罪を犯した
  少年少女のいる( 少年院 )だったそうです。  そして、
  イスラム教徒の少年の( 足 )・少女の( 足 )・・・・・
  足を洗い・キスしたそうです。
     異教徒・女性にたいしてもなされた事は初めてだそうです。
  <  あなたに  おつかえ  いたします  つくします  >。

     前置きが、長くなってしまいました。
  ご存知の方々が多くて、退屈かもしれませんが、聖フランシスの
< 平和を もとめる  祈り > という詩を、味会いたいと存じます。

 ・  主よ、わたしを  あなたの 平和の道具として お使いください。
    
    憎しみの あるところに  愛を
    いさかい へ  ゆるしを
    分裂 へ  一致を
    疑い へ  信仰を
    誤り へ  真理を
    絶望 へ  希望を
    闇( やみ )に、光( ひかり )を
    悲しみに、喜びを、もたらすものと、してください。

    なぐさめられるよりは、なぐさめることを、
    理解されるよりは、理解することを、
    愛されるよりは、愛することを、もとめますように。

    わたしたちは、あたえるから、受け、
             ゆるすから、ゆるされ、
    自分をすてて 死に、永遠の命をいただくのですから。
                        アーメン

      映画 「 ブラザーサン  シスタームーン 」は、
          彼の生涯を、描いていますね。 題もいい。

   ご紹介です。 またを観たいものでございます。    残月    合掌    

4-1 心をもやす  ( 12 )

        カナシサと   クルシミゆえに   花 シラズ
      
        カナシけど   クルシミあれど   花を シレ

        カナシミと    クルシミのまま   花を モテ。

      「  人はみな   カナシ・クルシと   生きれども
           花を みつけて   花を そだてよ       」

       4月になりました。
      やっと、春らしくなっきました。
      うれしい気持ちです。
      ありがたい今で、ございます。

        でも、小生は 僧侶ゆえに
      いつも  カナシミ と  クルシミに
      ふれていて、いるような気がいたします。
        それゆえに、上のような、駄句・駄歌が
      頭の中に 浮かんでくるのでしょうか。

        失礼いたしました。
        (恥 しらずです) ( 笑 )( いつもじゃないか )( 笑 )

         
        いい事あれど、わるい事あれど、
      極端に、うれしがっても、かなしがっても  いけませんね。
  あの聖徳太子様ですら、世のため・人のためと、ガンバリながらも、
  次のような言葉を、残されています。

   <  世間 虚仮(せけん こけ)   唯仏 是真(ゆいぶつ ぜしん)  >

                「 虚仮 」とは ?
                「 仏 」とは ?

      駄弁です、恥しらずです。     残月     合掌

      

3-31 心をもやす   ( 11 )

   大悲閣の さくら・・・・  咲く花や  待っておくれと  そばの木の
                      かたき蕾の   やわらか 急ぐ

              ( 月待台 )の上、山桜が まだ開花していません。

   <  ( 心を もやす )と ( 運命が よくなる )  >

     ( 心を もやす )ために

      1、 心を やわらかくする
          心に 色々な( 思い )を 受けいれる
          心に 色々な( 人 )を 受けいれる
          心に 色々な( 物 )を 受けいれる
          心に 色々な( 事 )を 受けいれる

             毒(どく)されぬように
             朱(しゅ)にそまらぬように( 笑 )

       2、 心を  さだめる

       3、 心を  つくす

       4、 心を  すてる

       5、 心を   ・・・・・

   ( 運命が  よくなる )ために

    1、 善を  おこなう ・・・たすける・愛する・調和をすすめる・平衡を広く保つ
  ( 自分中心 )を はなれる・< 私は、「 生かされて 」・「 生かして 」・ 生きぬく。 >     
      
  駄弁です、強く・美しく生きぬくために。( 笑 )    残月     合掌   

3-30 心をもやす  ( 10 )

   < 心を もやす > ためには、
  私たちは、すこし< 心が かたい >ような気がします。
 
  < 心が かたい >とは?
 ( やわらかく ) なりたい  ものでございますが。

  「  人間の 目的  」を、
  < 心の やわらかさ >、という人もいます。
  まさに、
  「  柔軟心 ( じゅうなん しん )  」
  で ございます。

   < 心が かたい >と
   < 体が かたい >と、関係あるかもしれません。

   アジアでは、数千年前から、< 心 >と< 体 >の
   密接さを、強調しつづけてきています。
   < 心身 一如 >( しんじん  いちにょ )です。
   「 心 」を  やわらかくするために、
   「 身 」を  やわらかくするように、努めています。

   「 心 」から< 我 >を、はなすことが、< やわらかさ >とすれば、
   「 身 」から< 我 >を、はなすことが、大切なのかもしれません。

   < 善悪・是非・好き嫌い >を はなれて・すてて   
     しばし、  < 我 >を 放下< ほうげ >いたします。

    < さあ  柔軟 体操 です  >   
     心身を ときはなす。   
                    自分から・家族から・仕事から
                    社会から・組織から・国家から・民族から
        あらゆる「 外 」( そと )の存在から、しばし、はなれる。 
           ときはなす、でも、競争・勝負なんぞ しない。( 笑 )

      愚僧、 < 心の柔軟 >のため、その日の柔軟の証として、(笑)、
             数分間、 頭を地につけた倒立(とうりつ)しています。
                 さかさま世界です。( 大笑 )

        駄弁です、( やわらかさ )のために。
                          残月      合掌

   
    

3-29 心をもやす   ( 9 )

  大悲閣の さくら・・・・金髪の  美女の微笑(びしょう)に
                      頬(ほほ)そめる
                        谷間の枝垂れ
                           風に ただよう

    「 人類の理想 ( 終点 ) 」
    「 人間の目的 」
        ・
        ・
        ・
        ・
        ・
        ・
    「 私の 原点 」

       この< 原点 >と< 終点 >の間が、
       問題でございます。
       「  原点も終点も、  みんな知っている。 
          あたりまえの事じゃないか。  」
       「  でも、私たちは、できない、なかなか できない
          まさに、< わかって いるけど できない >じゃないか 」
       「  そこで、どのように、したらよいので しょうか  」
       「  気合だ  根性だ  一喝(かつ)だ  」( 笑 )
       「  やさしさだ  愛だ  慈悲心だ 」 ( 困難 )
       「  希望をもちたい  自分をささえる< 希望 >です 
          すると、よい忍耐ができます。  ガマン・屈折でなく。 」
       「  < 希望 >とは?  涙と汗と血の< 現在 >において。 」

 「 絶望・虚無・刹那・快楽・拝金・自暴自棄・自己不信・自己嫌悪・他者否定
ぜつぼう・きょむ・せつな・かいらく・じぼうじき・じこふしん・じこけんお・たしゃひてい 」
 の < 落とし穴 >に、  落ちないように、また、落ちても、( 笑 ) 
   はい上がれるように、 なりたいもので ございます。
      そのためには、何が必要なのか・何が不足しているのでしょうか?

   
       つづきます。     ( ここは、重要です )
                    ( 試験に出ます )( 大笑 )

  ( なるほど、私たちは、人生の試験中なのかもしれません。
     合格できないと、何度でも、試験がありますよと、
     いわれそうです。  事実、そのような< 思想 >がございます。
   「 早く、100点とって、後は、昼寝だ。 
     アホいうな、 後は、世のため、人のため、
     つかれるな・・・・でも、この まんじゅう ・いただいたチョコクッキー  おいしいな  」

     駄弁です、心もやしながら。     残月      合掌