9月10日(火) ことば 3

  おはようございます。
昨日は、失礼いたしました。
珍しく、午前5時です。  3時ころ
目が覚めました。  ( 他の条件も
そろっている、チャンスだ  笑。 )

  「  ことば  」

0  学者くさき  はなし
0  茶人くさき  はなし

   が、あるのに、何故

0  坊主くさき  はなし

   が、ないのか?

   一番、注意すべき事ではないのか?(笑)

  「  ことば  の 戒め(いましめ) 」は、
越後( 新潟県 )の僧侶である、良寛
( りょうかん )さまの残された御言葉なのでした。
 自分自身が、<坊主>だから、
特に、特に、百もおわかりの事でしたのでしょう。

   ある時、親戚の家の方にたのまれました。
「 内の子が、素行がよくないのです。
   どうか、教え諭してください、良寛さま 」

  家を訪れてくれたのに、いっこうに何も
言ってくれません。 家人はやきもきしました。
とうとう、帰ると和尚がいいだしました。

  草鞋( わらじ )をはこうとしました。
おそらく、高齢だからなのでしょう。
 その放蕩息子に声をかけました。
「  悪いが、ひも を結んでくれないかな  」

  おそらく、( この坊主め )と思った事でしょう。
青年は、腰をかがめて、結んでいます。
  すると、手の甲に、一粒の水滴、
見上げれば、和尚の涙ではございませんか。

  その後の、彼の改心ぶりは、申し上げるまでも
ございません。
  ( この一滴は、何なのか?       )
  ( 考えることは、ありますまい。 笑  )

   お釈迦さまの、いい説法の話もございます。
 明日に、いたします。

    寺の御手伝いの方に、たまたま、
 尋ねました。「 わたしの ブログを読んで
くださった方も、時には、いますか? 」

すると、「 いますよ 」 「 うれしいな 」
「 どういった年齢の方々ですか? 」
「  年配の方々が、よくおられます 」
「 えー、自分より年上の方々を
  あまり想定していないなー。
  若僧の駄弁なのに、
  申し訳ないなー。  」

   真剣に、真心で、ブログに臨んでいますが、、、、。

   日本社会の現代人は、幸福のような気がいたします。
 病気も犯罪も事故も、天災人災も、諸問題山積みです。
   しかし、身心ともに御健康の方々も
 沢山いらっしゃいます。 御生活も、いろいろございます
でしょうが、基本的に安定なされていらっしゃるように
感じたりします。
   そうです、チャンスなのです。
   何の?

   人生の完成の
   人格完成の
   大安心をえる事の
   東洋の精神文化をきわめる
   自分を心の奥底から認め愛する
   強い心と自由な魂をもった、やさしい人になる

   宗教的には、< 解脱 >
           < 菩提 >
           < 開悟 >
           < 法悦 >
            、、、、、、、、、、、、、、

    できます。
    なすべき、と存知ます。

    変換してて気づきました。
これからの、高齢化社会は

  < 介護 >でなく、≪  開悟  ≫(かいご)
である。 ( 笑 )( 笑えない )

   変な宗教にならないように、十分注意して
『 東洋の精神文化遺産を、学び、< 体得 >する。 』
   これだ。
   これです。
   愚僧、一つ悟りました。( 大笑 )

        つづき ます

  駄弁ながら 敬意と愛をこめて
                 
                 残月  大合掌

< 清き光が 満ち満ち溢れ ますように
     私たちが、きちんと、
         受けとめますように   >

  飛びつつ  失礼いたします
  遅筆で、90分かかります。反省。

9月9日(月)  ことば 2

   昨日の 「 ことば 」は、
どなたの、教えでしょうか ?
 昔のことですから、現代に合わぬ点も
あるかもしれません。

 でも、よく読んでみると、
全て、反省させられる事ばかりです。

  読んでみて、
0  学者くさき はなし
0  茶人くさき はなし

  そして、

0  坊主くさき はなし

  も あるのでは ないか、と
  大反省をこめて、思いました。
  小生が、わざと、省略したのでは
  ございません。( 大笑 )

  なぜ、ないのか?

         ここから、下に、
    20行ほど、語らせてもらったのですが
    手ちがいで、また、消えました。(笑)

   どうにか 覚えてますので、
   明日に、させていただきます。

    反省しつつ       残月  合掌

< 清き光が 満ち満ち溢れ ますように >

           失礼いたします。

9月8日(日)  ことば (客殿プリント 2)

     雨の日曜日でございます。
 午前中に、北野の寺院で、ある御家族の
7回忌法要をいたします。 親族の方々が、御集りに
なられ、悲しみとともに、心のふれあいがなされて
いらっしゃられてます。

  時間の都合で、( 客殿プリント 1  心 )の
解説も終わってないですが、(  ことば )を掲載
させて、いただきます。

  江戸時代の人物の御言葉です。
言葉に対する 教訓、いましめ です。

0  おのが意地(いじ)を 言いとおす

0  人にものをくれぬ先に、
           なになにやろうと言う

0  人のことをよく聞かずして語る

0  よく知らぬことを、
          はばかりなく言う

0  憂えある人のかたわらに、
          歌をうたう

0  親切らしく、もの言う

0  人をおだてて、なぐさむ 

0  人の言葉を笑う

0  じまんばなし

0  ものしり顔に言う

0  学者くさき、はなし

0  茶人くさき、はなし

0  問わず語り

0  さしでぐち

0  ことば の多き

0  かえらぬことを、幾度(いくたび)も言う

0  さしたる事もなきことを、
             こまごま言う

0  腹立たる人に向かって、
           道理(ことわり)を言う

0  客の前にて人を叱る(しかる)

 <  ことば は 心の花  > 嵐山 大悲閣

   先人の御教え( みおしえ )です
                     残月  合掌

< 一日 しあわせに なれますように >

< 悲しみ  苦しみ が、へりますように >

< 清き光が 満ち満ち溢れて ください >

< わびあい  ゆるしあい の世界もある >

< あらゆる物人事が 粗末にされないように >

< 調和の力が、明日を築く
    不調和にたえて、
      不和にたえて、
       人物事、、、を大切に。 >

< 御病気、御ケガの( なかま )の
     いち早い、ご回復を  >

          失礼いたします 

                   

  

9月7日(土) <境根識> 3

   おはようございます。雨でございます。
さっそく、昨日のつづき にて失礼いたします。

     「 < 境根識 >が、私。 」
  とは、思えないです。なかなか。( 大笑 )

    < 閑坐 >には、静かな時間、空間が、
   必要です。  そのために、
   何をしないか?( 戒  かい )
   何をすべきか?( 律  りつ )が大切です。

    その空間の確保も、むずかしい。
  物品が、あふれ溢れています。
  頭の中の整理は、物品の整理でもあります。
   (  小生、反省、大反省です  )

  < 数息 >息を数える。できる、できない。 
      静かに思い巡らすことから。
        懺悔( ざんげ )です。( 笑 )
        反省( 愚僧このごろ、縮んできました
           ( 反省しすぎて、
           ( たたかれすぎて、( 笑 )
           ( 申し訳ない事ばかりしてます
           ( お許しくださいませ
           ( 「 お願い申し上げます 」 )
        祈りです。
        感謝です。
           感謝の範囲を広げます。
                   高めます。
                   深めます。

    すると、一人の不安、淋しさも、消えます。
   どれだけの< おかげさま >でしょうか?

   どれだけの方に< 手をつないで >
          もらったことでしょうか?

   心から、感謝いたします。
 天にも地にも、お日さま、お月さまにも、
この地球にも、世界にも、アジアにも、日本にも、
過去の全てに、御先祖様にも、あらゆる存在、
森羅万象、先生、知人、先輩、後輩、家族、御老人、
幼子、赤ちゃん、犬、猫、ムカデ、とんぼ、、、、、

   神様、仏様、、偉大なる何か、
  真善美よ、聖よ、
私たちを、御導きたまえ。
  まちがい、てちがい、かんちがい、
  我利我利の亡者、亡家、亡町、亡市、亡国
  に、なりやすい私たちを、
    精一杯、努力いたしますので、
       お導きくださいませ。

   < 境根識 >を、活かせる『 私 』に
  なりたいもので、ございます。
   それが、< 強い心 >と< 自由な魂 >を
もった< やさしい愛の人 >に、なることのような気
がいたします。

    駄弁です、反省とともに

               残月    合掌

< 一日  しあわせで  ありますように  >

< あらゆる不調和が、解消されますように >

< 暴力のみならず、暴言もへってほしい  >

< 御病気、御ケガの(なかま)の回復を  >

  走りつつ  失礼いたします。

9月6日(金) <境根識>2

   昨日が、< 境根識 >1 でございます。

 ややこしく、めんどうでしょうが、大切なので、
つづけます。
  環境、自分以外の全てが、< 境 >です。
  感覚器官が五感で、五根で< 根 >です。
    目耳鼻舌身(皮膚)です。
  自分は自分と思う意識が、 < 識 >です。

  般若心経では、< 受 >( じゅ )
            < 想 >( そう )
            < 行 >( ぎょう )
            < 識 >( しき )
    そして、
   現実世界を、 < 色 >( しき )といってます。

  1 は、三つ  < 境 >< 根 >< 識 >

  2 は、五つ  < 色 >
           < 受 >
           < 想 >
           < 行 >
           < 識 >で
    人間を、表現しています。
 その他、色々な表現がございます。

  3 は、60兆の細胞の塊( かたまり )でしたか?

  4 は、  食欲・性欲・睡眠欲・集団欲でしたか?
        それに名誉欲・権力欲・金銭欲でしたか?

  5 は、「  自分を 愛するものである。
         それは、
         自分以外を、愛することである。  」

  6  7   8   9   10、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、、、、、

   、、、、、、、、、、、、、、、、

     ここでは、まづ、
  人間とは、< 境 >< 根 >< 識 >と
とらえたく存知ます。
≪ 境根識 ≫が私。( 笑 )

   すると、やはり、
 そのために、< 閑坐 >< 数息 >でしょうか。
 
   < 閑坐 >の時間を、作ってくださいませ。
          そのために、
          何をしないか? ( 戒 )
          何をなすべきか?( 律 )
          自分で、工夫してくださいませ。

   < 数息 >まづは、ゆっくり、静かに、
          思いめぐらしてくださいませ。
          音楽もお休みして。
          ( 静慮 )( せいりょ )です。

   一人が、不安な場合は、どうしたら
いいのでしょうか?

          つづき  ます

  駄弁ながら 愛をこめて
                残月   合掌

 <  現代中国、125歳まで生き抜いた
             禅僧いわく

     「  人間は、悟りを開くまで、
      何度でも、生まれ変わってくる。
        なまけることなく、精進せよ。 」  >

 <  現代西洋の心理療法家いわく

     「  人間は、< 愛 >を
       理解するまで、
      何度でも、生まれ変わってきます。
       生まれ変わらなくなってから、
       < 愛 >のために、のぞんで、
       こられる人もいます。   」

       なんと、面白い。
    心の世界には、東西南北、古今、上下は
    ないようでございます。    >

 <  一日中、しあわせで、ございますように  >

    まさに蛇足です    失礼いたします。

9月5日(木) ある言葉 11<観 5>

  昨日は、全国的にひどい天気でした。
環境が変化すると、< 境  >( きょう )
目耳鼻、、の感覚に、< 根 >( こん )
入るのも変化し、
思う事、意識することも、< 識 >( しき )
変化せざるおえません。

  災害、天災・人災 がおこり
環境は激変していきます、
わたしたちは、千変万化する世界において、
ひるむ事なく、人事を、人間として
為すべきことを、強い心( 意志 )でもって、
やり続けなければなりません。

  ( 環境 )( 感覚 )( 意識 )が、
予想外、想定外、人知を超えた激( 変化 )、
に襲われ、慌てふためき、とり乱してしまい、
( 変化 )を、制御・統制・コントロールで
きなくなり、 苦しみ悲しみに飲み込まれて
しまいそうに、なったりします。

  やもうえない事もあるでしょう。
どうしようもない事にも、でくわしたりもします。
人生、理屈どうりに行くことが、珍しいです。
矛盾、葛藤、不条理の現実世界において、
( 激変化 )に振り回されること無く、
悲しみ、苦しみにまけることなく、
人生を、切り開いていかなけてば
なりません。

   そこで、私たちは
どのように、なしたらいいのでしょうか?
色々な方法、学問、哲学、宗教、修業、、、
多種多様・千差万別、、、、、、、、、
  御自身に合ったことを、
見つけ選ばれたら、いい事と存じます。

   愚僧から、一つ提案です。

 最初に出てまいりました。
< 境 >< 根 >< 識 >から、
自由になれたら、
現実社会から、決して( 遊離 )すること
なく、振り回されもせず、
やさしい愛の心( 慈悲 )で
よき方向に、みちびいていけそうな気が
いたします。

  「 インド 」  お釈迦が、弟子に、語り教え。
  「 中国 」   禅僧が、「 インド 」の事
            を、弟子に語り教え。
  「 日本 」   師匠が、「 中国 」の事
   (京都)         を、弟子(小生)に
                 語り教えた。

      何を語り教えたのか

     『  境 を  捨てよ
       根 を  捨てよ
       識 を  捨てよ

       捨ててごらん。

       ほら
       、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       歓喜  
       法悦
       大安心    
       報恩行     』

   <  仏さまの名のもとで、 > 
   でございます。   ( 重要です )(笑)

  だから、勝手気ままと言う事でなく、
  無責任、奔放というわけでも、当然
  ちがいます。 ( 笑 )

     やはり、< 閑坐 >< 数息 >が
   基本でございます。
  < 純熟 >するために。
  < 境根識 >から、離れる練習です。
   < 惰眠・睡眠 >では、なく。 ( 大笑 )

     大悲閣でも、<  歩こう会  >でなく
   < 坐ろう会 >を、また、始めなければ
   ならないです。( 大笑 )

   追伸   急用が重なりましたが、
        ( 変化 に まけずに、  笑  )
       どうにか、昼過ぎには始める事が
      できました。  もし、待っててくださる
      御方がございましたら、お詫び申しあげます。
        でも、なんだか、
        30年学んできた事の、
        要点のようなものに
        なりました。

        観音さまの事、忘れてました。
        別名、観自在菩薩さま、
        
  「  観自在  ならば畏れは   空の雲  」
                    残月

    駄弁ながら、強く生きるために
               残月      大合掌

< 悲しみ 苦しみ つらさ が
      この世から 少しでも
        減っていきますように  >

               失礼いたします

9月4日(水) ある言葉 10<観 4>

     8月31日(土)の  つづき  です。

ある言葉 「  心に 誤りなき時( (あやまり )
         人を  畏れず ( おそれず ) 」

  天地に恥じる事などを、してしまえば、(笑)
人の、目も耳も口も顔も、より気にしてしまいます。
ひどくなれば、まさに人が、怖くなってしまいます。
  すると、
人間のよい性質である
 「素直」「率直」「正直」が
あまり、もてなくなってきて、人間関係がうまく行か
なかったりします。
  やはり、
( おそれ )は、無い方いいみたいです。(笑)
でも、
私たちは、いつも、いつも、
おそれなく、さわやかに生きれない。

  気にする事は無いと、いっても、
気になる事ばかりです。 ( おそれ )は
人のみか、物とか、事とか、時とか、、、
あらゆる事象、事柄に対して生じます。

  人生、本当に大変です。( 笑 )
そこで、般若心経の< 教え >が、
出てきたりします。( 笑 )

 『 無 有恐怖 』( むうくふ )
           ( 恐怖が有る事が 無い ) 

『 遠離 一切 顛倒 夢想 』
 ( おんり いっさい てんどう むそう )
 ( 全ての 逆さまな考え 勝手な思い込み
    などを  遠く離れる  )

   前と後が、ございます。
大雨に、なってきつつありますので、
今日は、これにて失礼いたします。

   皆さまも、いっしょに、考えてくださいませ。
< 強い 心 >と< 自由な 魂 >をもった、
< やさしい 愛の人 >に、なるために、
どうしたら、いいのであろうか? と。

  追伸   朝、三つほど用事を済ませてから、
      パソコンに向かってますので、以前より
     数時間おそくなっています。  
       工夫中です。(笑)

   駄弁です       残月    合掌

< 自然災害が  減りますように
    私たちの社会が、人事を
      おこたることなく、
        尽くせますように  >

< 発憤 ( はっぷん )せよ。
       精神を  惰眠させるな。
             100歳の翁   >

   走りつつ  失礼いたします。
           

   

9月3日(火) ある詩 2

    ある詩 「 花 語らず 」 の作者のことです。

  京都の東山に、南禅寺という寺院がございます。
そこの数代前の、住職さまでございます。
  世界共通語といはれる、エスペラント語を学ばられ
くらい開明的な禅の宗匠であられました。

  昔、中国には( 北禅 )という都市的貴族的学問的仏教
があったようです。 しかし、徐々に衰退していきました。
南禅寺の( 南禅 )は、大陸の南に広がっていたグループ
で、よく発展したそうです。  地方的土着的実践的仏教であり、
日本に伝えられたものにございます。

  禅思想が、『  本来  無一物  』
       ( ほんらい  むいちぶつ  )
     という語句に、象徴されることが、よくございます。
       これは( 南禅 )からの、言葉でございます。

     「 ほんとうは、 何も無い、一物すら無い 」
   「 さあ どうだ 、 さわやかでは  ないか  」
  「  いったい 何物が わたしを、 あなたを 
       悩まし、迷わし、 苦しめてるのか? 」

  明治時代からの、世界へ広がっる歴史は
面白いですが、ブログ主旨と異なるので止めたいと存じます。
( 笑 )  ただ、禅仏教の歴史で、愚僧が面白く感じている
事だけお話させてもらいます。

    インドから中国へ、伝わる時間と、
    中国から日本へ、伝わる時間と、
    日本から西欧へ、伝わる時間とが、

    三つの時間・世代数が同じという
    不思議、愚僧には、不可思議です。( 大笑 )
    何か、法則でもあるのでしょうか?( 笑 )
    予測可能に、なります。( 笑 )( なんのために )

    人類の歴史から、
    人間の歴史から、
    世界の歴史からも、

    大悲閣の歴史と未来を、考え実践
    していきたく存じます。( 笑 )(アホか)(大笑)

    しかし、≪  こころ  ≫には
    < 古今 >( いま も  むかし も )無く、
    < 東西南北 上下 >無いのだから、
    可能である。
    ( 自信過剰の大馬鹿者です )
    ( 笑えない )( 笑ってはいけない )
    ( 大反省 )

     駄弁がすぎました     残月   大合掌

<  本来  無一物  

           痛い手足も
           疲れた腰も
           病んだ体も
           あるでは、ないか?

           悲しい心も、
           辛い気持ちも、
           悪い思いも、
           あるでは、ないか?

   
      月しろく  風はきよしと  思えども
           この世はつらし  物あるかぎり

      辛くとも  目耳に教え  ふれるなば
          秋の明月  ただ 風清し

      物は物  心は心  金は金
          この教えにて  すすむ大道 

                  駄歌  三首   >

<  御病気・御ケガの( なかも )の
     一日でも お早い  ご回復を  >

    走りながら   失礼いたします。

  

9月2日(月)  ある詩  1

     月の初めなど、日常の節目などに、
   お花を、飾ります。 
  神さま、仏さまにお供えいたします。

     昨日、お花を見てましたら、
    一遍の詩を思い出しました。  
   皆さま方も御存じかもしれません。
 大悲閣でも、よくもらっていただいています。

     作者は、明日、御話いたします。
    今日は、共に、味会いたく存知ます。

  『   花は
          黙って咲き
            黙って  散ってゆく

      そして
          再び枝に  帰らない

      けれども
          その一時 一処に
              この世のすべてを  托している

         一輪の花の 声であり
             一輪の花の 真である

           永遠に  ほろびぬ
              生命の よろこびが
                  悔いなく
                    そこに
                      輝いている

                                    』

          華ぞしれ  華にたくさん  この心
              人の情けぞ  色香の粋ぞ

          実相は  無相いうも  分からない
              有相の中の  花を愛さん

          花ごころ  散りゆく定め  知らずして
              果実おとすも  また知らずかな

    
          この世をば  幻華というは  何びとぞ
              四季を愛する  心は仏

          大雨も   風のつよきも   雪すらも
              知って知らずの   桜花かな

                
                  駄歌 五首   残月 

    お日さまが近いので、歌になりました(笑)
                            合掌

<  一日中   しあわせで   ございますように >

< 悲しみ  苦しみが  へっていきますように  >

< なんでも  どなたでも  大切に >

< 無依( むえ )、  無依存( あまえない )

    しかし
    助け合い こそ  人生。

    さけるべき事、
    傷のなめ合い、悪化へむかう。
    甘え合わないように。  はい。 ( 笑 )   >

< 御病気の( なかま )の  早いご回復を >

    走りながら   失礼いたします。

            

9月1日(日)  随想   1

   おはようございます。
  暑い日々で、ございます。
 皆さま方は、いかがお過ごしでしょうか?

 もう、少しで秋到来でしょうか。
待ち遠しい気持ちで、一杯でございます。
もう既に、小生は冬の酷寒を忘れています、(笑)
いい加減なことでございます。
   今年は、
 どのような、秋、冬でしょうか?

   毎年、夏には、高砂ユリが咲いていました。
 今夏、1本をのぞいて、全滅でございます。
なんと、夜な夜な< イノシシ >が境内に入り
こんでいるようなので、ございます。 なんとしたこと
でしょうか。  アジサイは< シカ >により全滅、
そうです、シャガも97%無くなりました。
 (  残念、でも、シャガは再興いたします。
 (  いえ、アジサイ も ユリも 。 )

   鉄の柵を、大分設置しているのですが、
< シカ >の跳躍力・バネは、愚僧の予想を
はるかに超えていました。( 笑 )
 < イノシシ >の力強さも、想像を絶していました。
よくこれだけの物を押し倒して入って来る、
登って来ると、感嘆せざるおえません。

  けれども工夫して、負けないように、
精進いたす覚悟でございます。 
  < サル >は、半分あきらめて
います。  なにせ、木から木を伝わって、山奥から
遊びに来るのですから、人間より高等です。(笑)
ただ、被害をできるだけ、少なくできるかのみです。

  今までに、< イヌ >たち三匹と暮らしました。
( 太郎 )( さくら )に( もみじ )でした。
よく、小生・愚僧を 助けてくれました。
  感謝の気持ちでいっぱいです。
山から渡月橋まで、バイクで散歩いえ ランニングする
時は、まるで犬使いになった気持ちでした。
なにせ、皆いっしょだったのでした。 時々、川べりで
遊んでもらいます。 その楽しそうなこと。
  小生も、とっても しあわせでした。

   現在は、名犬< すみれ >がいます。(笑)
四才 柴犬です。 尾までも小さい豆柴さんです。
愚僧が、北野の寺院と往復する日々ですので、
< すみれ >もいっしょに動いているので、
いつもいつも、大悲閣にいないのが、
よく会いにきてくださる愛犬家の参詣者の方々に、
御迷惑かけてしまい、すまない気持ちで一杯です。
  申し訳ございません。一工夫いたします。

   御報告いたします。
今夏、またしても、図らずも、思いがけず、
< すみれ >の相棒が、出現いたしました。
まだ、四カ月たっていない、柴犬です。
 なんと、カワイイ、可愛い命なのでしょうか。
毛色は、見てのお楽しみでございます。

  柴犬は、
日本人と、いつも、いつも、一緒に暮らしてきました。
 正確には、( 縄文犬 )と( 弥生犬 )からの
誕生のようです。
 三カ月の子犬の、命の躍動は、
なんとも言えない、すばらしさです。
( ゴムまり ) みたいです。 飛び跳ねています。
きっと < 心 >も飛び跳ねているのだろうなー。

  昨日のブログに、こじつけたく なりました。
この< 心 >が、まさに≪ 直 ( ちょく )≫
なのでしょう。
  この時、< 心 >は< 心 >であって、
< 心 >でない、と申せるのではないでしょうか?

 追伸、 学生時代、大寺院に居候時代
      梵鐘を朝・夕・夜と撞いていた時代・

     捨てられた子犬と数年暮らしていました。
    ああ、( はなこ )よ、我が青春よ。 (大笑)
    迷い犬( ゆり )も、しばらく一緒でした。

      愚僧は、まさに、犬たちに
    助けられてきた人生のようです。

   ( 子犬が、暴れているので、これにて、、、。 )
   ( 邪魔されて ないのか? 大笑い      )

< 清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

         失礼いたします。