8月21日(木)  地蔵盆  6

  地獄
  ( じごく )

  餓鬼
  ( がき )

  畜生
  ( ちくしょう )

  修羅
  ( しゅら )

  人間
  ( にんげん )

  天上
  ( てんじょう )

 、、、、、、、、、、、

  六つの世界

  でも、
  本当は、
  十この世界かも

  いや、
  百だぞ。
  ( 微笑 )

  いや、
  一つだ。
  ( 大笑 )

  いや、
  三つだ。

  わからない。

 、、、、、、、、、、、

  仏教の
 おもしろいところは
 「 天上 の 世界 」も
 よくない、と
 いっている所です。

 < よろこび >
 < たのしみ >も

 おぼれて
 しまっては、

 感謝できないなら、

 他の人々にも
 すすめたり
 わけたり

 できないなら、

 ≪ 真 ≫の
 < よろこび >
 < たのしみ >
 ではない、と。

  この世に
 < かなしみ >
 < くるしみ >
 があるかぎり、

  個人の
 ≪ 真 ≫の
 < しあわせ >は
 ない。
  ありえない。

  つづき ます。

駄弁ながら
  敬と愛を
  こめて
 残月  合掌

< ぜつぼうや。
  ぜつぼうなんて
  しらないぜ
  てんちのあいだ
  こころはもえる。
    ( 昨日 )

   きぼうなり
  あきらめないぞ
  このこころ
  ときにはすわる
  こころもやして >

 飛びながら
  失礼いたします

 末筆ながら
  よき一日で
   ございます
    ように。

 愚僧  萬拝
    

8月20日(水)  地蔵盆  5

  昨日の
六つの世界は
私たちは、
生きながら
味わっています。

  また、
現在の日本国の
社会では、
多くの方々が、
「 天上の世界 」に、
お住まいであり、
また、
「 天上の生活 」を
時々、味会うことが
できる、
豊かで
成熟した社会で
ございます。

  しかし、
不思議な事に、
この日本社会でも、
「 地獄の生活 」
「 餓鬼の生活 」
「 畜生の生活 」
「 修羅の生活 」
が、
溢れている
いるような
気がしてなりません。

 どなたさまも、
そう御感じの事で
ございます
でしょう。

 奇妙なことです、
幼く弱い子供たちが、
なんと、ひどい世界に
住み、
ひどい生活を
強いられているでは
ございませんか。

 ご高齢の方々の
被害も、数え
切れない現状
でございます。

 利益至上主義は
職場においても、
ひどい世界・生活
のようで
ございます。

  さて、
ここからが
大切です。
 ここを
『 人間世界 』
だからと、
あきらめない事です。

  さて、
そのためには、
どうしたら
よいのか ?

 どなたも、
「 感じる
 考える
 悩む
 思案
 立ち止まる 」
 ところで
ございます。

 ここから、
はじまります。

 あきらめません。
あきらめない、
「 愛 と 勇気 」
です。
 アンパンマンの
歌でございます。
 ( 大笑 )
 ( 微笑 )

 つづき ます。

駄弁ながら
  敬と愛を
 こめて

 残月  合掌

<  ぜつぼうや
  ぜつぼうなんて
  しらないぜ
  てんちのあいだ
  こころはもえる >

飛びながら
 失礼いたします。

末筆ながら
  よき一日で
 ございます
  ように。

愚僧  萬拝

8月19日(火)  地蔵盆  4

   私たちの住む
   世界・
   居る所

1  地獄 の 世界

2  餓鬼 の 世界

3  畜生 の 世界

4  修羅 の 世界

5  人間 の 世界

6  天上 の 世界

   この六世界
      六道を

    「 流転 」
    「 転生 」
    「 輪廻 」
    する

    『 こころ 』
    『 いのち 』
    が

  < わたしたち >
  である。

  インド古来の
  考え方・思想です。

  仏教は、
  ここを土台に
  発展進化いたします。
  すべて、
  慈悲の心に
  よります。

  『 六地蔵さま 』は
  ここから、
  生じます。

     つづき ます

 簡単なご説明
  敬と愛を
   こめて
 残月   合掌

< 今から
   友人の
   寺院の
   御手伝いに
   いってきます。

   大阪を
   通過します。
   都会を知らない
   山僧は、
   ちょと心配
   です。
   ( 大笑 )

 『 餓鬼の世界 』
 の行事法要
 で、ございます。

 『 施餓鬼
   せがき 』と
 申します。

  また、
 ご報告いたします >

 飛びつつ
失礼いたします。

 末筆ながら
よき一日で
 ございます
  ように。

愚僧  萬拝

8月18日(月)  地蔵盆  3

  この世の中に
 仏さまが、出現し
 亡くなられました。

  次は、
 50数億年後で
 ございます。
 ( 微笑 )

  この間の
 仏さまの
 いらっしゃられ
 ない長い時代、

 「 苦しみ
  悲しみ
  多く
  人生に
  苦悩する
  人間 」
  の ために、

  教え( 法 )
     ( ほう )
  はあれど、
  残されてる
  けれど、

  実践する
  実践できる
  人間、
  僧侶( 僧 )
     ( そう )
  も少ない
  だろうから、
   < 反省 >

  この長い時代
  この長い間、

  わたしたち
  人間を

  まもり
  すくって
  くださる
  お方が、
  菩薩( ぼさつ )
  さまが、

  お地蔵さま
 ( 地蔵菩薩 )
  でございます。

   つづき ます

 簡単な説明です
  されど
  敬と愛を
  こめて。

残月   合掌

<  街角
   峠
   辻
   、、、、、

   色んな
   ところに

   いらっしゃられ
   ます。

   不思議です
   ありがたい、
   ことで
   ございます。

   長い
   長い
   わたしたち
   日本人の
   生活の中から
   うまれています。

  つづき ます >

 飛びながら
 失礼いたします。

末筆ながら
 よき一日で
 ございます
  ように。

愚僧  萬拝
  

   

8月17日(日)  地蔵盆 2

 延命十句観音経
( えんめい
  じゅく
 かんのんきょう )

1、 観世音

2、 南無仏

3、 与仏有因

4、 与仏有縁

5、 仏法僧縁

6、 常楽我淨

7、 朝念観世音

8、 暮念観世音

9、 念念従心起

10 念念不離心

(  かんぜおん
  なむぶつ
  よぶつういん
  よぶつうえん
 ぶつほうそうえん
 じょうらくがじょう
 ちょうねん
    かんぜおん
 ぼうねん
    かんぜおん
 ねんねん
    じゅうしんき
 ねんねん
    ふりしん )

  意味はまた、
 色々と
 考え想像
 してて
 くださいませ。
   ( 微笑 )

 ご案内
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 道場で
  就寝前の
  読経で
  この御経も
  数回誦します。

  なぜだろう?
  と思って
  ましたが、

  このごろ
  その理由が
  わかってきた
  ような
  気がいたします。

   ( 大笑 )
  ( 今ごろに )
   ( 微笑 )>

 失礼いたします

 末筆ながら
   よき一日で
  ございます
   ように。

 愚僧  萬拝

8月16日(土)  地蔵盆

 お盆が終わると
地蔵盆の準備です。

 京都だけかと
思ってましたら
長崎の対馬でも
盛んだったと、
姉に聞きました。

 全国、津々浦々
盛んなのでしょうか?

 それにしても、
京都の街では、
8月下旬に、
各町内で
必ず、
開催されている
ようです。

 各町内に
お地蔵さまが
祀られており、
町内の子どもさん
たちを、
守っている
京都の町の文化
です。

  今年は
手伝っている
里の寺の関係で
ある町内の
地蔵盆に
関わることに
なりました。

  福引が
ございます。
大人福引
子ども福引
ございますが、
その子どもの
景品と、
チョットした
ゲームの
用意の担当に
なりました。
 ( 微笑 )

 今日も
忙しいかも
しれません。
 ( 微笑 )

 ご報告で
ございます。
 されど、敬と愛を
 こめて。

残月  合掌

<  街角の
  小さなお堂
  をお参り
  してみますと、

「 延命地蔵尊 」

「 天道
  大日如来 」

 さま方が
多いです。

  まさに、
 『 地 』
  と
 『 天 』
  の
  神仏で
 ございます。

  天地の神仏に
 よる、
 幼い『 命 』の
 守護をお祈り
 いたします。

 、、、、、、、、

 『 延命 』という
言葉には、
「 敬老 」
「 無病息災 」
 の意味も
当然ふくまれており
自然と町内全体の
行事に
なってございます。

  つづき ます >

 失礼いたします。

そうでした、
霊験ある
「 延命十句
  観音経 」が
ございます。
短くてとても
覚えやすい
御経で
ございます。
 ( 微笑 )

 また、御話いた
します。

 末筆ながら
よき一日で
ございます
 ように。

 愚僧  萬拝

 、、、、、、、

8月15日(金) お盆まいり  15

 「 お盆まいり 」は
今日で、おわりです。
15回も、つづきました。

 慰霊と鎮魂の
8月でございます。

 、、、、、、、、、、

 『 死者の
   目なざし 』
   ・
 『 死者と
   ともに
   生きる 』

 気持ちが、
 大切で
 ございます。

 今、
 生きているものは
 謙虚に
 つつましく、
 自分中心でなく、
「 生きている人 」
「 活かされている物 」
としての、
感謝と使命を
自覚しつつ、

 かつ、
 なすべき事は
 勇気をもって
 挑戦すべき
 です。
 死者に
 恥じないように。

、、、、、、、、、、、、

  以前、
 若い経営者の方が
会社に、仏間・仏壇
を作りたいという事で
御手伝いしました。

 拙僧、とても驚き
ました。 身内の方
以外にも、御位牌を
つくりたいと、
おっしゃいました。

 五霊位以上です。
「 どなたですか ? 」
「 私がお世話に
  なった方々です。

  今日の自分は
  この方がたの
  おかげなのです。」

 、、、、、、、、、、、

 昨日、京都市内の
檀家さまのお参り
いたしました。

 仏壇には必ず

『 蓮華の花( つぼみ )
  蓮華の実
  蓮華の葉 』

  が、御供え
  されてました。

  インド・中国
 日本は、
「 蓮華( れんげ )」
をとても大切に
しています。
 皆さまも
ご存知のことと
ぞんじますが。

 心から
いい風習だな
いい慣習だなと
感じながら
お参りさせて
いただきました。

 駄弁です
  すいません。
  敬と愛を
   こめて。

残月  合掌

<  15日は

   敗戦
   終戦
   記念日です。

   本土決戦
   をあきらめた
   日でも
   ございます。

   もっと早く
   終結
   できなかった
   のか ?

   なぜ ?

    ・・・

   信州
   松代に
   地下壕が
   ございます。

   本土決戦
   のための
   用意でした。

    つづき
     ます >

 失礼いたします
  末筆ながら
 よき一日で
  ございます
   ように。

愚僧  萬拝

8月14日(木) お盆まいり  14

 年一度
御家を訪問し
仏間( ぶつま )
仏壇
を、
僧侶が
お参り
させていただく。

  春秋の
彼岸には、
御墓参り。

  御家
 ご家庭で
ご不幸が
あれば、
葬儀を修する。

、、、、、、、、、、

 上記の事は
一つの
宗教の完成形を
見ている
ような気がいたし
ます。

  私たちは、
この文化を
活かさなければ
ならないと、
つくづく感じます。

  完成に
甘んじると
後は、
進歩なく
習慣化し
形骸化し
内容を考えず
本質を忘れ、

  認め合い
 信じあい
 助け合う
 補い合う
  という
「 人間の文化 」
 を
 活かしきれなく
 なくなり
 がちです。

   僧侶の
責任は、重大な
ような気が
いたします。

  反省 反省
大反省で
ございます。

、、、、、、、、、

 また
国際化の現在、

異なる「 民族 」
    「 体型 」
    「 体色 」
    「 習慣 」
    「 風習 」
    「 言語 」
    「 文化 」
    『 宗教 』
    など
    など

を、理解できる
  受け入れれる
  認めれる

 人間に
 進化
 成長
 しなくては
 ならないと
 つくづく
 感じるもので
 ございます。

 駄弁ながら
  敬と愛を
  こめて
 残月  合掌

<  異なるもの
   を、
   受け入れる
   のは、
   「 空
    ( くう )」
   の
   考え方が
   いいような
   気が
   いたします。

   、、、、、、、

 「  仏像に
   対して
 合掌いたします 」

 「 なにを
   しているの
   ですか ? 

   どのような
   意味が
   あるので
   しょうか ? 」

  きちんと、
  答えたく
  存じます。

 「 否定されても
  微笑む
  ことができる
  ように 」

  「 否定 
    こそ
    微笑を 」
 ( むずかしい )
   ( 大笑 )

  つづき ます >

失礼いたします。
 末筆ながら
よき一日で
 ございます
   ように。

 愚僧  萬拝

8月13日(水) お盆まいり  13

『 どのように
したら、死者は
喜んでくださる
のでしょうか ?』
 ( その 2 )

 その昔、
ある所で
ある人が
殺された。

 そばで
見ていた
息子に、
次のように
語り
亡くなった。

「 決して
 あだうち、
 仕返しを
してはならない 」
と。

 この息子の
苦悩は、葛藤は
煩悶は、
いかばかりか。

 この男の子が、
日本の浄土宗を
開くことに
なります。

、、、、、、、、、、、

 戦前のことです。
日本の政治も
緊迫している時
です。

 同じ部屋に
いて、物影に
かくれていた
小さな女の子が、
父が銃で撃たれる
のを見ました。
 射殺です。

 その娘さんの
苦悩・葛藤
煩悶は
いかばかりか。

「  なぜ、
  どうして
  
  なぜなの?」

  おそらく、
数十年後の
ことだった気が
いたします。
 自分なりの
答えを
お持ちに
なられた。

立派な人生を
歩まれています。
 今の日本に
語りかけて
られます。
 ありがたい。

、、、、、、、、、

 今日は
10家ほどの
お盆まいりに
行ってまいり
ます。

 奇妙な
駄弁に
なりました。
 されど、
敬と愛を
  こめて。

残月  合掌

< 昔、昔、
 中国での
 お話です。

  ある僧が
 禅寺へ
 おとずれます。

 「 何者が
   いかように
  して来たのか?」
  と、

 住職に
 問われる。

  7・8年
 苦悩・葛藤
 煩悶する。

  やっと
 納得
 できる
 答えを
 見つけた。

( 息が
  長い。

  誠実だ。)

  つづき ます>

飛びながら
 失礼いたします。

よき一日で
  ございます
 ように。

愚僧  萬拝

8月12日(火) お盆まいり  12

 どのように
したら、死者は
喜んで
くださるの
でしょうか ?

 残された
人が、立派に
生き抜くこと
かも、しれません。

 立派とは
どういう事
なのでしょうか?

、、、、、、、、、

 仏教的には
簡単明瞭で
ございます。

「 さとり 」を
ひらく事です。

『 「さとり」を
ひらく 』とは、

 どういう事
なのでしょうか?

 簡単明瞭で
ございます。

 苦しみが
なくなる事で
ございます。

 そして、
自分の
自分だけの、
苦しみが
無くなり、
 そして、
できるだけ、

まわりの人々
関係者の
ために、
生活できる
ように
なります。

 自然と
「 和顔
  愛語 」
( わがん、げん
  あいご )で。

 自分の事、
自分の利益だけを
考えないですむ、
たのしさ、
さわやかさは、

「 生 」
「 人生 」の
喜びの
最大かも
しれません。

 なぜなら、
「 無我 」で
生きて
「 我 」を
たもてるの
ですから。
 「 しあわせ 」。

、、、、、、、、、、

 どのように
したら、
「 苦しみ 」が

なくなる、
「 さとり 」が
たいとく
できるのか ?

 つづき ます。

 しかし、
もう、すでに、
「 苦しみ 」が
あまり、
無い方々には

 必要ない
ことかも
しれません。
 ( 微笑 )

  いえ、
次が
ございます。
「 人生
 忙しい 」
 ( 笑 )

 ご高齢の
方々が、
「 おさとり 」を
みなさん、
自覚的に
もとめられたら
とてもいい、

 日本社会は
成熟してきている、
( だからこそ
( 腐敗をさけて )

 人格完成
 人格成熟を

社会国家
目標に
 しなくては。
 ( 大笑 )

 新党設立だ。
 ( 大笑 )
 ( 超大笑 )

 駄弁を弄し
ました。
 されど、
敬と愛を
 こめて。

残月  合掌

<「 過去すべて
 感謝できたら
 『 おさとり 』か

 つらき日々すら
 夢のまた夢  」

    ・

 「 今、すべて
  感謝できたら
 『 おさとり 』か

  小さいさとり
 されどうれしき 」

    ・
 「 人すべて
  感謝できたら
  『 おさとり 』か

  暴言暴力
  色々あれど 」

    ・

 「 尽くすのみ
  小さきこころ
  このからだ
  尽くし尽くして
  天地にまかす 」

    ・
 「 どりょくせよ
  ぎりぎりまでは
  あきらめぬ
  よくみろきけよ
  師匠もて 」

    ・
 「 師とは何?
  敬愛のひと
   ありがたし
  我をみちびく
  光なりけり 」

  駄歌 多謝 >

失礼
 いたします。
末筆ながら、
 よき一日で
ございますように。

 愚僧  萬拝