8月7日(木)  お盆まいり  7

 「 お盆まいり 」
ですから、
しばし、
外界から、
俗界から、
「 対象から
  離れる 」
ことも、
そう
 悪い事では
ないかも、
しれません。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、、

昨日、

「 心を尽くす 
  己を尽くす
  身を尽くす
  魂を尽くす
  命を尽くす 」

 と考えました。
 でも
あたりまえだ、と
いわれそうです。
 ( 微笑 )

 『 尽くすとは ?』
どういう事かと
考えながら、
体験しながら、

対象から
離れるという
『 禅定 』
について
ふれたく
存じます。

、、、、、、、、、、

 「 対象から
   離れる 」

  責任放棄
  でなく

  無関心
  でなく

  放任
  でなく
  でございます。

 、、、、、、、、、、

  四禅定

1、 離生喜楽
( りしょう きらく )
( 欲望から
   離れることに
   よる喜び楽 )

2、 定生喜楽
 ( じょうしょう 
      きらく )
 ( 禅定からの
     喜び楽 )

3、 離喜妙楽
 ( りき 
    みょうらく)
 ( 普通の喜び
   を離れた、
   その真楽 )

 4、非苦非楽
 ( ひく ひらく )
 ( 苦ではなく
   楽でない、
   境地・
   心境 )

   以上
 四禅定は
 仏教以前から
 の体験・教え
 といわれています。

5、空無辺処(天)
( くう 
   むへんしょ )

6、識無辺処(天)
( しき
   むへんしょ )

7、無所有処(天)
( む しょゆう
   しょ )

8、非想
  非非想処(天)
( ひそう
 ひひそうしょ )

 八禅定です。

  つづき ます

古人先人
  万人
  億人
 に感謝しつつ

 残月  合掌

< 
  ころころと
 うごきまわりし
 ひとこころ
 馬か猿だか
 虎かも
 しらず
  ( 微笑 )

  無心とは
 心、無しなり
 なにやある
  しずかな時を
  あじあい
  さがす

  無我なんぞ
 我( われ )、
 無しなりぞ、
  しずかな時を
  あじあい
  さがす  >

失礼いたします。
末筆ながら、
 よき一日で
  ございます
  ように。

愚僧  萬拝
 
 

 
  

8月6日(水) お盆まいり  6

  暑い日々で
ございますが、
お変わりござい
ませんでしょうか?

 やるべき事に
おわれてしまい
ます。この事が
あまり進まないと
疲れを感じたり
します( 微笑 )

 お参りの
日時の調整が
たいへんです。
( 当然ですね )

 拙僧はよく
思います。
「 携帯電話が
なければ、どう
していただろうか?」
 固定電話の場合
 電話ない時代

 それなりに
事は進んでたこと
でしょう。 きっと。

 今より、
ゆったりと、
物事は流れてた
ことでしょう。
人の流れも
そうでしょうし、

 心の流れも
そうだろうなーと
常々感じている
ものでございます。

 皆さま方も
きっと、そうお感じ
では、
ございませんか?

、、、、、、、、、、

 この八月は
亡くなった方々へ
「 こころ 」をむけ、

「 こころ 」を
 流す日々の
 ような気が
  いたします。

 先の戦争での
死亡された方々へも

心をむけ
心をながし
心からおいのり
  いたしたく
   ぞんじます。

  つづき ます

 駄弁ながら
  敬と愛を
    こめて

 残月  合掌

< 拙僧の父は
  先の戦争で
  東南アジアに
  行ってます。

   父の兄は
  ビルマで戦死です。

   同じ国民でも
  生まれた時代、
  生まれた社会
  によって、
  どのような
   生き方に
  なるのか ?
  ちがって
  まいります。

   戦後
  敗戦後に、
  生まれた
  小生たちには

  どのような
  役割・使命が
  あるのでしょうか?

  同じ日本人で
  ありながら、
  生まれ出た時代で
  生活・生き様が
  異なります。

   小生も
  20歳のころ
  戦争で亡くなった
  若い方々の事を
  思ってました。

  「 だから、
   おまえは、
   どう生きるのか?」
   と 。

   、、、、、、、、

   反省です。

 『 心を尽くす
   己を尽くす
   身を尽くす
   魂を尽くす
   命を尽くす 』

   尽くす対象は、
   何にたいして ?

   1、 今・ここ
   2、 相手
   3、 仕事
   4、 家庭
   5、 社会
   6、 日本
   7、 亜細亜
   8、 世界
   9、 宇宙
  10、 神仏
  11、 、、、
  12、 、、、
  13、 、、、 >

 失礼いたします。
  古人先人
  恩人に
  恥ないように
  日々、
  生活し
  生きぬきたく
  存じます。

  おまもり
  くださいませ。

  末筆ながら
  よき一日で
  ございます
  ように。
  ともに。

 愚僧  萬拝

8月5日(火)  お盆まいり  5

 お盆のお参りは、
寺院の檀家さまの
自宅の仏壇に、お参り
いたします。

 仏壇には、
御本尊の木像や
絵画が
祀られています。
 そして、
宗派によりますが
位牌も
祀られて
ございます。

 拙僧の
お盆参りは、
10年くらいまでは
友人の大きい
御寺を手伝って
ました。

 現在は、
嵐山 大悲閣
千光寺には
墓地が無く、
つまり
檀家さまは
いないので
ございます。
 それで、
拙僧の
「 盆参り 」とは
別の寺院の
檀家さまを
お参りさせて
いただいて
ございます。
 91歳のお方の
代わりに
お参りさせて
いただいて
おります。

 拙僧の
願いの一つで
ございます、
 「 山の寺 」と
 「 里の寺 」を
活用したいという
思いの、
実践でも
ございます。

「 修行の場 」と
「 奉仕の場 」の
実現です。

 批判されながらも、
実現にむけて
進めている
つもりで
ございます。

 つづき  ます

駄弁ながら
  敬と愛を
   こめて

残月  合掌

<『 精神修行
     ・
  社会実践 』

  の統一を。

  どなたも、
  どの宗教も
  なさられて
  います。

  弱小
  寺院ながら、
  実現したいもの
  でございます。
            >

失礼いたします。
  末筆ながら
 よき一日で
 ございますように。

愚僧  萬拝

8月4日(月)  お盆まいり  4

  亡くなった
 方々どこに
 おわします?
 極楽地獄
 餓鬼修羅なのか?

  極楽に
 いらしてほしい
 供養する
 仏花線香
 燈火に
 供物

  成仏し
 心安楽
 ねがいます
 われらもみんな
 菩提( ぼだい )
 を願う

  仏心や
 ほとけ心と
 いうならば
 この世に満ちて
 この世を救え

  不平不満
 創意工夫で
 のりこえて
 阿修羅や地獄
 つくらぬように

  経をよむ
 仏の光
 みちてくる
「 我 」は夢幻ぞ
「 我 」は仏ぞ、
 心配するな
 一日だけを
 感謝に満ちて
 生きるなり
 修羅( しゅら )の
 あらそい
 地獄のつらさ
 しばし忘れて
 光をあびる

「 皆 」は夢幻
「 皆 」は仏
 修羅のあらそい
 地獄のつらさ
 しばし忘れて
 光をあびる

   八月や
  心静かに
  日をすごす
  善行つみし
  日々
  あればこそ

 「 善行 」や
 いったい何を
 いうのやら
 仏壇の前
 しばし黙想

  つづき ます

駄弁駄歌
  されど
  敬と愛を
    こめて

 残月  合掌

<  大阪の
  動物園の
  アジア象が
  亡くなったという。

  7月30日
  66歳
  お名前
  「 春子 」さん。

  昭和25年
  2歳で
  タイ国から
  来てくれた。

  異国日本で
  64年間。
  多くの
  日本人を
  癒し救った。

  ありがたい
  すまない
  「 春子 」さま。

  ありがとう
   ございます。 >

<  きてくれた
  ただ、いてくれる
   うれしさよ
  ちいさいこころ
  けちらす
  「 春子 」。 >

失礼いたします。
  末筆ながら
  よき一日で
  ございます
    ように。

愚僧  萬拝
 
 

8月3日(日)  お盆まいり  3

 昨日の駄歌

「 八月は
 悲しい月で
 あろうとも
 未来をつくり
 世界を変える 」

「  先人の
  御霊( みたま )
  にむかい
  はじを知る
  心しみいる
  蝉の声かな 」

 以前、
ふるさとへ
10年ほど
帰ってません
でした。

 嵐山の
この寺院の
荒廃はひどく
一日も
留守にできない
状況であり、

また、
五島列島は
日本列島の
西の果てであり
費用もかさみます。
 ( 微笑 )

 10代後半から
20代のはじめは
よく、御墓の
掃除清掃を
いたしました。

 どのように
生きるべきか?
人生とは何かの
問題に、
とりつかれて
いた時代でした。
 ( 微笑 )

 五島は
人口激減の
大変な時代を
むかえている
ようでございます。

 五島は
色々な人々が
集まっていた
ようです。
  小生の
父方は、400年ほど
前の来島、
大分県大友家
の関係者でした。

母方は、大阪
泉佐野の出身者
であり500年ほど
前から在島して
ました。

 古代から
中国との交流の
中継点であったり、
倭寇( 海賊 ? )
がいたり、

 一万石の
小藩の街でも
ございました。

 クジラ・サンゴ
などが、よく獲れ
裕福な時代も
あったようです。

 この寺の
創建者、了以翁の
父上殿( 宗桂 )
渡航の折
立ち寄られて
らっしゃいます。
( 歓喜 )

  最近は
キリスト教の
教会が
注目されるように
なってまいりました。

 いつか
みなさまがたを
ご案内
いたしたく
 存じます。

、、、、、、、、、

 ふるさと五島
  観音寺の
  墓地を
  心の中で
   お参り
    しながら

 残月  合掌

<  ふるさと
    自慢を
   いたします。
   ( 大笑 )

『 世界の中で
  日本列島の
   価値役割は
    大きい。

 日本の中で
  五島列島の
   価値役割は
    大きい。 』

  ( 大笑 )
 ( 笑えない )>

飛びながら
  失礼
 いたします。

末筆ながら
  よき一日で
 ございます
   ように。

愚僧  萬拝

8月2日(土)  お盆まいり  2

  八月や
 僧は走りて
  盆まいり

  八月も
 日本列島
  悲しけり

、、、、、、、、、、

  生きるため
 戦うことが
 宿命か ?
 世界は変わる
 世界を変える

  生きるため
 殺し合うのは
 宿命か ?
 世界は変わる
 世界を変える

  生きるため
 奪い合うのは
 宿命か ?
 世界は変わる
 世界を変える

  生きるため
 支配するのは
 宿命か ?
 世界は変わる
 世界を変える

、、、、、、、、、、、

  生きるため
 愛し信じる
 宿命か ?
 真善美こそ
 世界の宝

  生きるため
 支え助ける
 宿命か ?
 真善美こそ
 世界の宝

  生きるため
 学び合いとは
 宿命か ?
 真善美こそ
 世界の宝

  生きるため
 笑いあうのは
 宿命か ?
 真善美こそ
 世界の宝

、、、、、、、、、、

  八月は
 悲しい月で
 あろうとも
 未来をつくり
 世界を変える

残月  大合掌

<  先人の
  御霊( みたま )
  にむかい
  はじを知る
  心しみいる
  蝉の声かな

   人ひとり
  ひとりひとりが
  むすびあい
  未来をつくり
  世界を変えよ >

 失礼いたします。

 酷暑の折
  ご無理
 なされない
   ように。

 愚僧  萬拝

 

8月1日(金)  お盆参り

  年一度
 家の仏壇
 お参りで
 先祖家族の
 供養なりけり

  われ死なば
 仏となりて
 安心し
 家族一族
 全てをまもる

  死してなお
 仏となるが
 むずかしく
 もう一度だけ
 修行にくるぞ
  ( 微笑 )
  ( 大笑 )

  
  成仏や
 いったい何を
 いうのだろ
 心やすらか
 しやわせねがう

  さてさてと
 わが先祖さま
 ご安心 ?
 子孫の今に
 満足ですか ?
 ( 微笑 )
 ( 笑えない )

、、、、、、、、、、、

 『 神仏
 ( かみ ほとけ )
 ご先祖さまを
 うやまいて 』

 家族親族
 子孫をおもう

、、、、、、、、、、、

 『 神仏
 ご先祖さまを
 うやまいて 』

 友人知人
 仲間をおもう

、、、、、、、、、、

 『 神仏
  ご先祖さまを
  うやまいて 』

  おとなりさんや
  ご近所おもう

、、、、、、、、、、、、

 『 神仏
  ご先祖さまを
  うやまいて 』

  アジヤ隣国
  東洋おもう

、、、、、、、、、、、

 『 神仏
  ご先祖さまを
  うやまいて 』

  遠い世界を
  近くにおもう

、、、、、、、、、、、

 『  神仏
  ご先祖さまを
  うやまいて 』

  とは
  なんだろう ?

  暑さの中で
  しばし
  たたずむ。

  つづき ます

駄弁駄歌
  されど
  敬と愛を
  こめて

残月  合掌

<  朝はやく
  我をみちびく
   蝉の声

   盆まいり
  命をこえた
   心かな

   冬忘れ
  夏にとまどう
   わが身かな

   蝉の声
  暑さにまけぬ
   命なり

   悲しさや
  つらき思いも
   一念や

   無常無我
   心経一巻
   となうれば
   涼風ながる
   空の不可思議

  『 かなしさや
   つらさをこえた
   ほとけさま
   てとてをあわせ
   こころささげる 』

            >

 失礼いたします。

 末筆ながら
   栄養・休養を、
  ご無理なされ
   ないように。

 愚僧  萬拝

   
   

 

7月31日(木)  尽心とは ?  2

 「 力を つくす

   心を つくす

   己を つくす 」

   これが
   すべてでは
   ないでしょうか ?

  ( 人生にとって、
    夢幻の
    命にとって。

    また、
   短い人生に
   おいて。 )

 、、、、、、、、、、、

 「 全力を つくす

   真心を つくす

   自己を つくす 」

   それで
   どうした
   効果結果は
   あったのか ?

   それは
   どうでもいい。
   それは
   関係ない。
  ( 微笑 )

  、、、、、、、、、、

  「 思い つくす

    考え つくす 」

    あきらめない
    真剣だ
    熱意だ
    情熱だ
    執着か ?

    それでいい。

  、、、、、、、、、、、

  「 愛し つくす

    信じ つくす 」

   己を  すてる
   自分を  すてる
   自利を  すてる

   生きていけるか ?

   ためしてみる。
   ( 微笑 )

 駄弁ながら
   敬と愛を
     こめて
  残月  合掌

< 江戸時代の
  儒学( じゅがく )
  とその実践。
   昨日の
   つづき

  名君といわれた
 米沢藩主と
 儒学者の例です。

  師  平州
  弟子 鷹山

  藩を
  立て直す。
  「 学ぶ
    思う
    行う 」
  を
  一致
  ( いっち )
  させていく。

  『 勇
   ( ゆう )
   でもって
   行う  』

(  ああ
  反省です )

  勇気を
  もって
  決意
  決断、
  実行
  実践。

  責任は
  自分。
  
  失敗を
  おそれない。

  師匠を
  自分を
  信じる、から。

  なぜ、
  信じきれるのか?
  「 道 」が
  全てだから。

  「 道 」とは
  なにか ?

  「 知行
    一致 」
 ( ちぎょう
    いっち )
 で
 ないでしょうか?
 
  「 一致 」
  とは ?

  これぞ、
  「 こころ 」
  の働きか ?

  「 はたらき 」
  とは ?

  これぞ
  「 いのち 」
  なりけり。
  ( 微笑 ) >

多弁を弄し
 ました、反省し
 つつ、
 失礼
 いたします。

「 青き空
   ぬれてしたたる
     蝉しぐれ 」
    ( 残月 )

 愚僧  萬拝

   

   

7月30日(水) 尽心( じんしん )とは ?

  かたい話かも
 しれませんが、
 いつも遺言の
 つもりで
( だれも聞かない )
( どなたも
   読んでいない )
( ひとりごと )
( バカ です )
( 大笑い )
 書いているつもり
  でございます。

  何回目という
番号はございません。
いつも、何月何日と
記入しているのは
「今日だけ
 本日だけ
 一回きり 」だけ
のつもりです。
 その覚悟
でございます。
( 微笑 )

  でも、
内容テーマで
連続になっていたり
< つづき ます >
で、その日
終わってる
場合も
ございます。
< 区切り >が
できていないとい
う意味で
ございます。

  小生の
誤解が、さらに
誤解を
うみださないよう
十分注意し、反省しながら
進めているつもり
でございますが、
、、、、、、

  最終的には、
 わたしたち、
 各自が、
『 自分自身で
 考える
 自分自身で
 覚・悟る 』ことが
 人間、わたしたちの
  目的ですから、

誤解・曲解を
おそれてはならい、
と存じ、
精進いたして
いるつもりで
ございます。

 そして、たえず、
現場で
日常で
生活の中で、
立ち振る舞いの中
対話
行為
ふれあい
あいさつ
まなざし
・・・・・・・・
などを とうして
 お互い、共に、
 修正していかなく
てはなりません。

実行第一で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、、

 なぜならば、
 人の学びは
知識・技術の
修得だけではなく、

実行のための
 『 自覚
   自知 』
 が目的でも
 ございます。

   また
「 生きる
 よろこび 」を
あじあうことも
目的としたい
 この
「 和尚
  日和 」で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、

 尽心の
説明のつもり
でしたが、
 ・・・・・

 これも
ひとつの
「 尽心 」
かもしれませんが。
 ( 微笑 )
 ( 反省 )

 駄弁ながら
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 江戸時代
  のことで
  ございます。

  儒教の
  師弟の
  お話です。

  勉学を
  おえた
  弟子が
  江戸から
  ある藩へ
  向かいます。
  問題山積みの
  藩でした。

  彼が
  師匠から
  いただいた、
  餞別
  ( せんべつ )
  の言葉は

  『 尽己 』
 ( おのれ を
   つくす )
  でした。

  そして
  その後
  その弟子は
  なしとげました。

  師は、一斎
  弟子は、方谷
  実践的儒教
  陽明学の
  流れです。

   師は
  明治維新を
  かげから
  ささえています。

  愚僧は
  陽明学的
  禅僧でございます。
  ( 大笑 )

  実践実行なき
 思考は、よくない。
 ごみ、一つでも
 ひらうことが
  たいせつ、と
 いうこと。
  こまっている
 人の友となる、
  、、、、とか。
( むずかしい )
( はんせい )

 、、、、、、、、、

『 自分の力を
 つかっているか
 全力を
  だしているか?

 尽くしているか?
  こころ を
  おのれ を

 <出し尽くす> 』

 日々、
 反省したい
 もので
 ございます。 >

飛びつつ
 失礼いたします。

末筆ながら
 暑さに
  負けないように
 なさって
  くださいませ。

 愚僧  萬拝

7月29日(火)  夢幻とは ?

  「 むげん 」とは
 いったい何を
 いうのやら ?
 『 無限 』
 のことか ?
 『 夢幻 』
 のことか?

、、、、、、、、、、

 おもしろや
我( が )を
『 夢幻 』とぞ
思えれば
心( こころ )は
『 無限 』
やすらぎ
あふる

 さびしいよ
我( が )を
『 夢幻 』とぞ
思うなら
心( こころ )は
『 無限 』
きえて
なくなる

、、、、、、、、

 このわたし
この自分をば
いかがせん
至誠一貫
( しせい
  いちかん )
この道だけさ

 誠( まこと )
とは
いったい何を
いうのでしょ
自他に
正直( しょうじき )
心を尽くす

 古人いう
よき因縁は
誠から
勝縁( しょうえん )
あふる
至誠心

 勝縁は
よき出会いなり
ありがたし
物ひと事ぞ
己( おのれ )
なりけり

 至誠とは
尽心( じんしん )
にして
尽くすべし
こころ尽くして
すべてを愛す

 現代は
完全燃焼
( かんぜん
 ねんしょう )
このことか ?
されどむずかし
現代世界

 つづき ます

駄弁駄歌
 されど
 敬と愛を
 こめて

残月  合掌

< 夢幻でも
 むなしき心
 もたぬよう
 どうしたものか
 心みだれる

  そうでした
 いまここだけに
 うちこみて
 いまここだけの
 じぶんだけみる

  そうでした
 いまここだけの
 じぶんみて
 みつめつくせば
 しんぱいはなし >

 失礼いたします。

( バカいってます
   おゆるしを )

 末筆ながら、
  夏に負けない
   ように。
  小生も(微笑)

愚僧  萬拝