9月25日(水) <秋分の日>の次の次の日

   やはり、大切な事ですので、
くりかえします。

  < 秋分の日 >
  <  中日 (ちゅうにち) >
  の、事実を信じるという事です。

 「 夜と昼の長さが同じ 」

 「 陰陽が半分半分の世界 」

 「 偏り( かたより )ない世界 」

 が、存在するという事実を

 認め、信じる事が、

 人生とても、とても、

 大切で、重要です。

  このことは、
< 神を  信じる >
< 仏を  信じる >こと、より、

 より信じやすい。
 自分で研究したわけではございませんが、(笑)
 教科書にも出てきますし実感しやすいです。(笑)

    とにかく、
 (  かたより  )
 (  不調和  )
 (  もめごと  )
 (  混乱  )
 (  矛盾  )
 (  葛藤  )
 (  あらそい )
 (  紛争  )
 (  戦争  )
 (  いさかい )
 (  ケンカ  )
 (  対立  )
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、

  を、当然だと< あきらめない心( 精神 ) >
                 ( スピリット )

     が、大切です、重要です。

    私たちは、「 あきらめやすい動物 」
  のような気がいたします。
  あきらめると、せっかくの、
     ( 成長 )
     ( 発展 )
     ( 進化 )
     ( 成熟 )
     、、、、、、
     、、、、、、
     、、、、、、
     、、、、、、
    が、できなくなってしまいそうな気が
    するからで、ございます。

   私の知性・理性は、不可思議な事を

  認め、信じることを、許さない。( 笑 )

  と、おっしゃるかもしれません。

   調和の日・秋分の日の存在の事実は、

   どなたも、否定できません。

   < 宇宙の法則 >ですから。( 大笑 )

   一日だけです。
   一年に、二日だけです。
   たった、365日の内の2日だけ。( 春・秋 )

   でも、この2日を、
       <  調和の事実  >を、
      のこり、363日に、活かそう、
    という、< 先人の教え >のような気
  がしてなりません。

     私たちは、色々な事があり、
  赤ちゃん時代・幼児期の体験など、
自分の意志と関係なく、色々な体験があり、
その後の事もあり、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

  なかなか、<  理想の心の状態  >の
存在を、信じきりない方々が、多いような気が
、愚僧ながら、僭越ながら、時々感じます。

  この<  理想の心の状態  >
認め、信じ、こいもとめる、が、

  人生、いくつになられても、
 80歳・90歳・100歳になられても、必要です。

  「  死んでからも  」と、おそろしい事を
おっしゃられた、先人の御方もいらっしゃいます。(笑)

  < 向上心 >です。
< 自分自身の (成長)(成熟)を願う、み心です >
  まわりの方々も、うれしです。
     みんな、よろこび、いわいます。
     人生に、花をさかせたい。
      心に、花をさかせた。

     仏教の言葉では、
  < 菩提心 をもつ  >
  < 菩薩になる >
  < さとりたい >( ふりまわされたくない 、
             (  自分に、自分以外に )
             ( 独立・自由 です )
             ( 慈悲・愛です )

      時間がなくなりました。

  駄弁ながら、敬と愛をこめて。

                  残月     大合掌

<  清き光が  あまねく  伝わりますよう  >

<  宇宙の法則・心(笑)に
       そって、よりそって、
         みなさまとともに、
     この世を、
       生き抜きたいものでございます  >

     飛びつつ   失礼いたします

9月24日(火) <秋分の日>の次の日

    昨日、京都北野のある寺院で、
   秋期彼岸法要を厳修いたしました。

    大悲閣千光寺とちがい、墓地があり
  檀家さま方が、いらっしゃいます。
  多くは、ございませんが、よい関係が
  構築できつつ、ございます。
    仏教をとうして、
   ご家族、ご一族の悲しい
       < 死 >の出会いから、
       < 仏 >に出会い、
    < 人生 >を、見つめたいものです。

     < 命 >の( おわり )。
     < 私 >の( おわり )。

   < 自意識 >の( 消滅 )しょうめつ。
   < 肉体 >の  ( 崩解 )ほうかい。

    < 家族 >から
    < 社会 >から
    < 国 >から
    < アジア >から
    < 北半球 >から
    < 世界 >から
    < 宇宙 >から、
       「  遊離  」か?
       「  脱出  」か?
       「  同化  」か?
       「  消滅  」か?
       「  崩解  」か?
       「  守護  」か?
       「  退場  」か?
       「  卒業  」か?
       「  終了  」か?
       「  成熟  」か?
       「  解脱  」か?
       「  菩提  」か?
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、

       ( 色々な見方、考え方、生き方 )

       < いのち >
       < 私 >
       < 自意識 >
       < 心 >
       < 肉体 >を、活かしたいもので
             ございます。

    ≪  肉体  ≫は、確かに、『 有限 』ですから。
        ( 笑 )( 笑えない )

    とりとめのない、駄弁なりました、お許しください。
       敬と愛をこめて。

              残月    合掌

 <  清き光が  あふれ ますように
       素直に  感じられますように  >

<   あらゆる ものが  粗末にされません
         ように   >

<   心の強さと
       魂の自由さを もとめますように

     そして、やさしく 愛の人( 笑、てれますね )
          やさしい 大きな人
             に なれますように   >

<  御病気の( なかま )の、
      一日でも  お早い  ご回復を  >

     走りつつ    失礼いたします。

9月23日(月) 秋分の日<お彼岸>

   おめでとうございます。
秋分の日を、迎えることができました。

  夜と昼の長さが、ちょうど半分づつという、
平等というか、中間というか、真ん中というか、
偏らないというか、バランスいいというか、
平衡というか、調和というか、

  なんだか、嬉しい気分になります。
ありがたい事です。 ありがたや、ありがたや。

  一日だけです。 
生きること、
生きて行くこと、
生き続けることは、まさに、

  平衡がくずれ、
  調和がみだれ、
  バランスがとれず、
  偏り( かたより )、
  真ん中をみれず、
  中間にたてず、
  差別してしまう、ことでもございます。

  日々、毎日、この日常を
修復しているのが、人生だとも、申せます。
解決にいどむのが、仕事だとも、申せます。

  万事、森羅万象そうかもしれません。
政治もまさに、そうですし、
経済もまさに、そうですし、
商業もまさに、そうですし、

健康もまさに、そうですし、
精神もまさに、そうですし、
人間関係もまさに、そうですし、

、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、

  とにかく、
乱れます、
秩序がなくなります、
混沌です、
乱雑です。

 あきらめず、ひるまず、
あくいをもたず、にくまず、うらまず、
くるしまず、かなしまず、
くさらず、おこらず、
  日々、反省と勇気と愛をもって、

  < 秋分の日( 春分の日 ) >の存在を
信じることによって、

あらゆる、日々の諸問題を、
笑顔で、解決していきたいもので
ございます。

  そして、「  遊んでるだけさ  」と、

  いいたい、ものでございます。( 笑 )( 大笑 )
                     ( 泣き笑 )

    駄弁です、敬と愛をこめて

                  残月    合掌

<  御施餓鬼法要( おせがき )
      餓鬼に、ほどこせてもらう

     苦しむ、餓鬼さまへ
       法要だけでは、
         あきませんね( 反省 )

      精神世界から、はじまります。  >

<  世界中には、まだ まだ、
       飢え、餓えが、あるという。

     『   食べ物がない   』

      この 苦しさよ
      この 悲しさよ
      この さびしさよ
      この せつなさよ
      、、、、、、、、、、、
      、、、、、、、、、、         >

   反省しつつ、失礼いたします。

  

9月22日(日) India印度<プリント 3> 2

   おはようございます。

 「 seven    social     sins  」 の日本語を
記述するのを、うっかり忘れてました。
申し訳ございません。 

 『  7つの  社会的 < 罪 >  』 です。

   昨日、ある寺院で、簡単に説明いたしました。
本堂に(  三国伝来  )の文字が、掲げてございました。
まさに、仏教は、印度( 天竺 てんじく )から、中国へ・
そして、日本へ伝わってきています。
  まさに、三国伝来の文化・宗教でございます。

  そこで、私たちの仏教文化は、
印度とも深い、つながりがある、という事を、
どなたも、御存じでしょうが、御話いたしました。

   今、面白い事を思い出しました。
 京都市内の二条城近くの<  神泉苑  >は、
印度に通じているのでした。( 微笑 )
 平安時代に弘法大師空海和尚さまが、
印度の龍神さまをお呼びして、雨を降らせたそうです。
 さすがで ございます。( 微笑 )

  ( 皆さま御存じのように )
   マハトマ・ガンジーさまは、
 イギリスからの独立において、
徹底した不服従・非暴力の運動を始めた方です。

   「  暴力  と   食事  」

 私たちは、暴力をふるって、食事している事を、

 絶対忘れては、ならないですね。

 最高の感謝を、捧げたいと心から存知ます。

 イスラム教は、御祈りを捧げながらの

 調理法を、のぞんでいます。

 心がけが、すばらしいですね。

 感謝を忘れると、

 自分自身の< 傲慢  ごうまん >さ、

 に苦しむ事になりがちです。

 個人的< 罪 >でしょうか。

 世界が小さくなり、

 楽しくなく なりそうで ございます。

          つづき   ます

   駄弁です       残月    合掌

<   秋彼岸  亡き人の名を  呼ぶ日かな   >

<   よもすがら  亡き人思う  彼岸かな   >

<   秋分や   心も静か   天高し   >

<   彼岸むけ  本堂みがく   愚僧が手  >

           失礼いたします   

9月21日(土) India印度<プリント 3>

   御彼岸週間に入りました。
  大悲閣( 千光寺 )以外でも
御手伝いしたり、法話をしたりします。

  この秋は、インドのガンジーの
言葉についてです。 客殿プリント 3
に、したいと存じています。
 ( ナンバー 1  も、終わって
   ないのに、スミマセン )

   seven   social    sins

1      politics   without     principles

2     wealth     without     work

3      pleasure   without    conscience

4      knowledge   without     character

5     commrce    without    morality

6     science       without     humanity

7     worship     without     sacrifice

 1     理念(りねん)なき    政治

 2   どう働なき         富

 3   良心なき         快楽

 4   人格なき         学識

 5   道徳なき         商業

 6   人間性なき        科学

 7   献身(けんしん)なき   信仰 

    考えてみてくださいませ。

  愚僧など、
    「  献身なき   信仰  」の言葉が
          身と心に
             刺さります。 ( 笑 )

              痛いなー。 ( 大笑 )

     どなたも、御存じかもしれませんが、、、。
                   つづき   ます。

              残月     合掌

   追伸     今朝の残月( 天体です )
               なんと、
                 すばらしく、
                    美しいこと。
           水色の中の 淡く白い月、ひとつ です。
         「  朝日あび  ふりむく空や  淡き月  」(駄)

                 小生とは、
                    関係ございません。
                          ( 大笑 )

              ( 言葉にせざるおえませんでした。)

 <  この世から、  悲しみ   苦しみ  が

         少しでも  へっていきますように   >

     飛びつつ  失礼いたします。

9月20日(金)  名月

     いい夜でした。

  

 「  しずかなる   やまのなかなり    むしがなく
       みあげるそらに   つきさまひとり   」

 「  天空に   丸く光る   ものは何?
       ああ ああ それは
           君では ないか   」

 「  月しろし   山は黒くて   虫のこえ  」

 「   南米の   水飲み育つ   おみなかな
         初めてながむ
             名月ひとつ     」

 「   橋わたる   すがたに似ると   渡月橋
         嵐の後や   月光やさし       」

「   月がある   ああありがたや   ありがたや
         いや 珍しや   雲ひとつ無し   」

    駄歌句       残月    合掌

   先人、

 『   月影の  いたらぬ里は  なけれども

         ながむる人の

             心にぞ  すむ    』

          ( 浄土宗開祖   法然上人さま )
 

<  清き光が   あまねく    伝わりますよう
       私たちが、
           感じれますように。

     「 神仏   素直になれと   お月さま 」(駄) >

    飛びながら  失礼いたします。

9月19日(木)   名月

      私たちは

 「   山は、山 。  

    海は、海 。

    月は、月 。  」 と、

  思えたら、どんなに、

  いいこと、でしょう。

  ましてや、

  今夜の満月を、

  心の奥底から、

  美しいと、感じ思えたら、

  どんなに幸福なことでしょう。

 「   犬は、犬 。

    猫は、猫 。

    石は、石 。  」と、

   
    純粋に、素直に、

    感じ、思えたら、

    どんなに幸福なことでしょう。

 <  名月を   愛でる心の  しずけさや
        何も感じず  何も思わず  >

 <  月ありて  お日さまありや   我ありや
        知らず存ぜず  秋は近ずく  >

 <  しずかなり   いやしずかなり   しずかなり
        てんにつきあり   ちにいのちあり  >

 <  名月や   宝の池に  二羽の鳥   >

 <  今夜こそ   嵐の山に   名月を
        雲は流れよ   こころよ なくな   >

                       

   駄弁、駄歌句でございます       
                 残月    合掌

  先人の句

  ≪   名月は   座頭(ざとう)の妻の
                     泣く夜かな   ≫
                        

  ≪   おごるなよ
           月の円(まどか)も
               ただ  一夜     ≫
                 
             「  はい  」( 忠 )(小生)

  <   沢山の方が、
         心 しずかに、
            お月さまを
              愛でることが
                できますように   >

   追伸、  大悲閣 千光寺は、
           今夜、門を開けてます。

              九時くらいまです。

      <  酒たばこ、魚と肉を 忘れたぞ、

             今宵は 月を
                つかんで  ねむれ  >
                      残月

          禁酒、禁煙でございます。
       よろしく 御願申しあげます。( 笑 )
          
         山の水と、
        警策( けいさく )( たたき棒 )
           は、限りなくございます。( 大笑 )
    
                

9月18日(水) 嵐山  渡月橋  2

    昨日の、渡月橋近辺は、
洪水の後始末で、皆さまがた、懸命でございます。
水は、大分引いていますが、運ばれて来た、
土が、アスファルトにたまっつていて、
車が、通るたびに、ものすごい土煙りが上がって
います。

  名の如く、臨川寺( りんせんじ )の
山門は、桂川に面しているので、土砂が
入り込んでいました。  天竜寺の雲水さん
たちが、汗を流していました。

  中之島公園は、大荒れのようです。
ここ数カ月前に、数十年に一度の大洪水の
ために、どのように整備したらよいのであろうか?
 という、議論がはじまったところでした。
いくつかの試案が出されてましたが、
急がなければ、ならなくなったようです。

   桂川は、氾濫すると、
西院( さいいん )まで、流れていったと
言われています。  西院は、( さい )とも
呼ばれ、<  さい の河原 >があった
所である、となにかで読んだことございます。
  京都市の地図を広げてみますれば、
なるほど、なるほど、と思わされてしまいます。

     京都は、
   100万年前は、湖です。
  琵琶湖とつながっています。

   その後、大森林だった事でしょう。

   日本が、アジア大陸とつながって
  いた時代もあるそうです。

     空間も時間も、広大です。
   謙虚に、学びつつ、明日を築いて
    いきたいと存知ます。

    駄弁ながら、簡単な御報告

                 残月      合掌

<  世界の難民の方々
    日本の難民の方々

       一日でも お早い
           御生活の安定・安心の
              実現を、、、、  >

<  誰かが、いった。
      23歳のころ、耳にした。
    
      『   禅僧とは、
             最底生活の
                最高感謝だぞ   』

       忘れられない。  ( 自戒 です )  >

    飛びつつ  失礼いたします。

9月17日(火)  嵐山  渡月橋

      数年に、1度
     数10年に、1度
     数100年に、1度
     1000年に、1度

       起こる
       発生する
      < 天災 >
     < 自然災害 >。

   私たちは、どうしたら、いいのでしょう?

     昨日、
    数10年に、1度の< 大雨 >で、
  嵐山・渡月橋は、水とともに、流されそうでした。

     ここ、1000年の間に、流れています。
    数100年の間に、何度も、流されています。
  そのたびに、天竜寺と法輪寺とかで、
  かけ直されています。

     天竜寺は、大きく立派な本山ですが、
   創建以来、数100年の間に、6、7回?
   炎上しています。
     幕末維新が、一番近い< 人災 >
   によります。

    約500年前の、嵐山の頂上には
  住民をかり出し苦役させ、城を築いています。
   戦乱一揆( せんらん いっき )で、
       破壊されています。

    一見、平和で、観光を楽しめる時代に
  なって来てるようですが、こうなるまでの、
  歴史をよくよく知らないと、
    たんなる、物見遊山( ものみ ゆうざん )
  と、消費ビジネスにまきこまれだけに、
  なりそうです。

    京都の町は、先人の尊い< 汗 >のみ
  ならず、< 血 >と< 涙 >が、染みついて
  います。   まさに、人間の営みの教科書
  でございます。
    よくよく、皆さまと共に、
  学び、明日に活かしていきたく存じます。

     現代日本は、
  1000年に、1度の大地震が起こり、
  原子力発電所が、破壊され、
  大変な、大難問の< 放射能漏れ >を
  おこしています。

    10万年前が、想像できるのであれば、
    10万年後を、想像して、

    1500年前が、明白ならば、
    1500年後を、確定して、

    私たちは、
    この世を、この社会を、
    この日本を、この世界を、
    築いていきたい、ものでございます。

    困難な問題ばかりです。
    具体案が、必要です。
    専門の研究家・行政担当者の方々も
    いらっしゃることでしょうが、
    私たち、一般市民も、
    素人の智慧をしぼって、
    協力参加いたしたい、
    ものでございます。

    最後に、なりましたが、

    昨日の大雨増水により、
    多くの皆様に、御心配おかけいたしました。
    おかげさまにて、
    被害は、ございませんでした。

    御心遣い、感謝申しあげます。
    有難く存知上げます。
     < ありがとうございました >

    400年前の、土木治水の名人、達人
    角倉  了以 翁  選べし土地
    <  霊勝地  >の、
     大悲閣・千光寺でございました。

    駄弁ながら、御報告です

                残月   合掌

<  御病気・御ケガの( なかま )の、
      1日でも  お早い
          御回復を    >

    走りつつ   失礼いたします。

9月16日(月)   敬老

      100歳代の御方に、励まされ、
       90歳代の御方に、喝をいれられ、
       80歳代の御方に、助けられ、
       70歳代の御方に、叱られて、
       60歳代の御方に、支えられ、

       50歳代の私は、しあわせ者。

      100歳代の御方は、もえている、
       90歳代の御方は、にらんでいる、
       80歳代の御方は、あたたかい、
       70歳代の御方は、げんきです、
       60歳代の御方は、ちからもち、

       50歳代の私は、しあわせ者。

   
       40歳代の、仲間たち
       30歳代の、よき人たち
       20歳代の、まじめたち
       10歳代の、あばれもの
     ひとけた代の、たからもの。

       数万年、
       数千年、
       数百年、
       数十年、
        数年、
       つづく、流れです。

       物も、人も、命も、心も、金も、血も、事も、
       流れてる。

       ゴウゴウ、流れてる。
       さらさら、流れてる。
       ぶつかりながら、流れてる。
       ゆったり、ゆっくり、流れてる。
       とまりつつ、流れてる。

       ありがたや、ありがたや、ありがたや。

       しあわせ者の、独り言。

       ああ、ありがたや、ありがたや。

       それにしても、ありがたい。

       もったいない。

       すみません。

       ありがたや、ありがたや、ありがたや。

       しあわせ者の、ひとりごと。

   駄文ながら、敬意をこめて

                残月    大合掌

<  天に月  地に泉ある  この世には
      人の心に  神仏やどる   >

<  年老いて  両手に花の  日々おくる  
        右に 神様
        左に 御ほとけ    >

      飛びつつ    失礼いたします。