6月18日(水)  信仰とは ? 4

   昨日の駄歌

 「  天地とは
   いったい何を
   いうのやら
   命の根源
   心の元気 」

 、、、、、、、、、、

   なに信ず
 「 命の根源 」
  そしてまた
 「 心の元気 」
 われの
 『 原点 』

  我われの
 『 原点 』つかみ
 うれしかり
 しかし
 『 終点 』
 どこなのでしょか?

 、、、、、、、、、、

  『 原点 』を
 つかめば嬉し
 歓喜です
 『 終点 』しれば
 大安心だ

  『 終点 』は
 いったい何を
 いうのだろ
 「 死ぬこと 」
  なのか
  地球崩壊 ?
 ( ちきゅう
    ほうかい )
  < 大笑 >

 、、、、、、、、、、
     

  人類の
 歴史の中に
 『 言葉 』あり
 過去の蓄積
 ありがたきかな

   つづき  ます

 駄弁の駄歌
   されど
   敬と愛を
     こめて

 残月  合掌

<   ご案内で
   ございます。

    嵐山
   大悲閣の
   専属画家
 ( すみません
   勝手に、
   もうして
   おります。 )
   の作品一つ。

    前作は
   大悲閣
   客殿からの
   『 絶景 』でした
   ( 入口
     階段の側
     常設 )

   今回、
   真冬の
   雪の嵐峡
   『 亀嵐渓 』
   ( 題 )

   嵐山と亀山の
   間の
   冬の渓谷の
   風景です。

   文字にした
   だけで、
   涼しくなって
   きました。

   今夏、
   寺院にて
   常時展示
   いたします。

   「 観音や
    夏でも涼し
    あらしやま
    二町のぼりて
    おいでやす
    かな  」

  、、、、、、、、、

   6月17日より
      22日まで 
   10時から
     18時まで

   京都府立
    文化芸術会館
    2F
    「 金曜会
      日本画展 」

   また、
   涼しくなって
     きました。
     ( 微笑 ) >

  飛びつつ
   失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧   萬拝
   

6月17日(火)  信仰とは ? 3

 「 献身なき
    信仰は
    罪である 」
 (マハトマ・ガンジー)

 、、、、、、、、、、、

   わたくしは
  かみであるから
  ばんのうさ
  ぜんちぜんのう
  みんなとちがう

   わたくしは
  かみのこかもね
  じしんもち
  あかるくいきる
  みんなとおなじ

 、、、、、、、、、、、

   わたくしは
  あなたとちがう
  とくべつだ
  ゆうきりんりん
  みんなとちがう

   わたくしは
  あなたとおなじ
  ふつうかな
  ゆうきりんりん
  みんなとおなじ

 、、、、、、、、、、、

   くるしみは
  じぶんでつくり
  かなしむさ
  あなたのことは
  わたしはしらぬ

   くるしみは
  このよがつくる
  かなしさか
  じぶんのことさ
  わたしはしるよ

 、、、、、、、、、、

   たのしみは
  じぶんでつくり
  よろこぶさ
  じぶんのことで
  あなたはしらぬ

   たのしみは
  みんなでつくり
  ありがたい
  あなたのことで
  じぶんはしらない

  、、、、、、、、、

   献身や
  いったい何を
  いうのやら
  いやなことでも
  天地のために

   天地とは
  いったい何を
  いうのやら
  命の根源
  心の元気

  「 いやなこと 」
  いったい何を
  いうのやら
  小さい自分
  好き嫌いなし
   ( 微笑 )

 、、、、、、、、、、

   つづき ます

駄弁の駄歌
  おゆるしを。
   ともに 
  生きるために。

 残月  合掌

 <  この世から
     不平
     不満
     不服
     不幸

     不眠
     不食
     、、、
     、、、

   などが
    少しでも
    へって
    いきます
    ように   >

 またまた
  飛びながら
   失礼いたします。

 末筆ながら
  よき一日で
   ございますように。

 愚僧   萬拝
     

  
  
  

6月16日(月)  信仰とは ?  2

    人間は
  「 行う 」
  「 思う 」
  「 感じる 」
  「 信じる 」
  「 話す 」
  「 聞く 」
   ものである。

  「 行わない 」
  「 思わない 」
  「 感じない 」
  「 信じない 」
  「 話さない 」
  「 聞かない 」
   ものである。

  ここで、
  < 信仰 >の
  意味は
  どこに
  あるのでしょうか?

   昨日の言葉

  「 献身なき
    信仰は
    罪である 」から

   考えるのも
   おもしろいかも
   しれません。

  「 罪( つみ )」
   とは何か ?
   でございます。

  「 罪悪(ざいあく)」
   とは何か ?
   でございます。

  、、、、、、、、、、、

   『  思う  』
   『  考える  』
   『  念じる 』
   『  信じる 』
    、、、、、、

    と
   自分の
   精神を分けて
   考えみたいと
   存じます。

  「 よりよく
   生きるために」

   ここが
   大切です
   考えるための
   考えは、
   しない。( 微笑 )
   できない。( 大笑 )

    つづき  ます

 駄弁ながら
   敬と愛を
     こめて
  残月   合掌

 < ところで、
   いったい
   小生は、
   何を
   どういった事を
   信じて
   いるのだろうか ?

   『 こころ 』
   と
   『 ほとけ 』
   と
   『 すべて 』
   は
   同じである。

   という事
   だろうか ?

   これを、
   ひたすら
   どうにか
   実行実現
   しようと
   しているのかも
   しれません。
   、、、
   、、、

   つづき ます >

 すみません
   飛びながら
  失礼いたします。

  末筆ながら
 よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝
   

6月15日(日)  信仰( しんこう )とは ?

   昨日の言葉を
  ちょつと、間違えて
  しまいました。
   すみません。
  以後、
   注意いたします。
  ご容赦ねがいます。

   「 献身なき
    宗教は、
     罪である。 」

    ガンジーの
   正しい言葉は

   『 献身なき
   < 信仰 >は、
      罪である。』

    でございます。

  、、、、、、、、、、、、、

  < 信仰 >とは ?

  < 信( しん )じ
     仰( あお )ぐ
     とは ? >

  「 何 」を、
   信じ、仰ぐのか ?

 
  、、、、、、、、、、、、

  「 何 」を
   敬( うやま )い
   大切し
   大事にし
   愛し
   慈( いつくしみ )
   たいのだろうか ?

   わたしは、
   人間は、
   現代日本人は、
    、、、、、

  、、、、、、、、、、、、

   「 和敬清寂 」
  ( わ けい
     せい じゃく )

    わたしたち、
   人間がもとめる
   理想の世界
        国家
        社会
        会社
        学校
        職場
        家庭
        交友
        近隣
        身体
        精神
        、、
        、、
    のような、
   気がいたします。

  、、、、、、、、、、、

  そのために、
  何を
  信じ
  仰ぐ
  べきなので
  しょうか ?

  いっしょに
  考えたいと
    存じます。

  『 現実から
  はなれず
  きびしく
  つらく
  かなしく
  くるしい
  現実の中で、

   自分を愛し
  自分以外を
  愛しながら、
  この世の
  苦しみ
  悲しみを
  できるだけ
  へらせるような
  生きかたは
  できない
  だろうか ?』

 ( 「 現実 」とは
   社会人
   学生
   家庭人
   市民で
   ありながら、
   という事
   でございます。)

  、、、、、、、、、

   しかし
  < 信仰 >という
  言葉から
  考えて
  いくのも
  おもしろいかも
  しれません。

  いえ、
  宗教者・僧侶なら
  きちんと
  体得し
  説明する
  義務・責任が
  ございますね。

  つい、
  一人の人間と
  して、このように
  いたしております。

   反省
   大反省
   ( いつもじゃ
     ないか )
   ( 大笑 )
   ( 笑えない )

 駄弁を弄して
   しまいました
  されど
   敬と愛をこめて

  残月  合掌

<   昨日
   職業人は
   むずかしと
   かたりましたが、

   わたしも含め
   みな
   社会人であり
   職業人であります

   むずかしくても
   やりとげたい事
   でございます。

   実際
   現代日本の
   職業人で
   大きくなられ、
   かつ、
   「 こころ 」と
   「 よき
    生きかた 」に
   ついて、

   はっきりと
   つよく
   ていねいに
   なんどでも、

   語られて
   いらっしゃいます。

   なんという、
   ありがたさ、
   日本の宝・
   日本人の手本
   でございます。

   鹿児島出身で
   京都で創業し
   世界に貢献して
   いる人物が
   いらっしゃいます。

   この人物にも
   学びたい
   ものでございます。

   長くなりました
    すみません。 >

  失礼いたします
   末筆ながら
  よき一日で
    ございます
     ように。

 愚僧   萬拝

   

6月14日(土)  ある40男の悲しみ

    生まれきて
   やすらぎもとめ
   四十年
   いったいオレは
   いったいオレは

    勉強だ
   学歴だぞと
   追われきて
   野球もなにも
   できない子ども

    家の中
   お金お金の
   朝夕で
   いったい何が
   大切なのか

    この家に
  「 神も仏も
    いないのか 」
   彼の叫びに
   涙ながれる

   五百円
  コイン一つの
  自由より
  だれかが側に
  いていてほしい

   大人きめ
  少年くるし
  序列かな
  上にあこがれ
  下をみくだす

   少年の
  純なる心
  美しや
  上をとうとび
  下をたすける

   大人たち
  純なる心
  狂わせる
  上をにくしみ
  下をあなどる

   本来は
  上も下とも
  無きことを
  教える大人
  少なしこの世

   疲れはて
  病院へいく
  おいでやす
  薬はこれで
  朝昼晩ぞ

   薬づけ
  しずかなオレは
  いい子かな
  不平不満が
  ないがよいのか

   ぼんやりと
  空をながめて
  めでたしや
  生きる力は
  うすれていくよ

   おとくです
  さらにおとくは
  これですよ
  そんすことは
  あほかばかです

   世の動き
  心も愛も
  無いだろと
  語る男の
  かなしい笑顔

   我が友に
  この世の中の
  悲しみが
  あふれあふれて
  つらさ みにしむ

 駄弁の駄歌です
   されど
   敬と愛と
    覚悟をきめて

 残月   合掌

<  本当の意味の
  宗教の働きが
  まだまだ、
  少ないのでしょうか。

    この世
   つまり、
   現代社会の
   『 損得 』
   ( そんとく )
   中心の
  「 物事の見方 」
   でない、
  「 見方 」を、

    語り
   実行している
   人・宗教者・
   僧侶が
   少ないので
    しょうか?

    反省で
    ございます。

    職業人は
    むずかしい
    しかし、
    、、、、、、

    ガンジーの
   ( インド人 )
    言葉がうかんで
    きました。

  「 献身なき
     宗教は、
      罪である。 」

    大反省  >

 飛びながら
   失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝
 

  
  
  

6月13日(金) 国際伝道 50回目

   ありがたや
  あらしの山の
  大悲閣
  国際伝道
  五十回なり

   みなさまの
  おかげさまなり
  ありがたや
  ひとつ花さき
  みんなでめでる

   花は花
  うつくしくある
  命の花よ
  その一時は
  永遠なのさ

   一時を
  一回だけを
  心こめ
  無限永遠
  いのち慶ぶ

   うれしさや
  どうにかつづく
  50かい
  こころつながる
  いのち700

   龍神が
  みなさま方を
  守ります
  時空をこえて
  心の中へ
  < 喝 >

 駄弁ながら
   感謝と責任を
    感じつつ
   反省しながら
    、、、、
  残月   合掌

<  1回目
     3月12日

   50回目
     6月12日。

   、、、、、、、、、

   人の
  しあわせとは ?

 『  もつことと
  おこなうことを
  のりこえて

  あることのみの
  花をさかせよ 』

 『  こころ
    ひらき

    たましい
    みがき

    いのち
    あじあう  』
           >

  飛びつつ
   失礼いたします。
 末筆ながら
   よき一日で
  ございますよう。

 愚僧   萬拝
  

6月12日(木)  六月「ろくがつ」や、、

  境内に
 六月の俳句の石碑
が、ございますので
ご紹介させて、いただき
ます。( この月が
過ぎてしまわぬ
うちに。 )

 参道の途中に
ございます。まさに
鐘楼を見上げようと
しましたら、目の中に
飛びこんでまいります。
 ( 微笑 )

『  六月や
  峰に雲おく
  あらし山  』
 ( はせを翁 )

 「六月や」は
芭蕉の句集の中で
「 みなづき や 」
でなく、
「 ろくがつ や 」と
読み仮名を
つけていました。

 元禄七年
閏五月下旬から
六月中旬まで、
嵯峨にある落柿舎
( 弟子 去来の庵 )
に滞在した時の一句
のようです。

 ただし、旧暦で
ございますから、
梅雨も終わり、
京都のとても暑い夏が
ちょうど始った頃だと
存じます。

 渡月橋の付近から
嵐山をながめた時の
情景でしょうか ?

 芭蕉の句碑は
もう一つございます。

  『  花の山
    二町のぼれば
    大悲閣  』
   
  参道の最初の
階段の直ぐ左に
ございます。

  参道の途中に
 俳人、大須賀 乙字
  ( おおすが
      おつじ )の
   句碑もございます。

   『  嵐気動く
     奥は蝉声
    ( せんせい )
    晴れてあり  』

  もう一つ
 境内飛び地みたいな
 ところに、
 句碑がございます。

    『  鶯や
     ( うぐいす )
     日は上にある
     あらし山  』

  どなたの 俳句
   でしょう ?

    つづき  ます

 駄弁ながら
   ご案内です
   敬と愛を
     こめて
 残月  合掌

<   愚僧は
   俳句も短歌も
   よくわかりません。

   でも、
   時々
   好きになる
   句に歌に
   出会います。
   うれしい、
   また
   感動したり
   します。

   つくったり
   いたしますが、
   思いを
   体・心・命の
   リズムに
   合わせたら
   自然と
   五七五 とか
   五七五 七七に
   なるような
   気がいたします。
   ( 微笑 )

   やはり
   日本人なので
   しょうか
   ( 大笑 ) >

 飛びつつ
  失礼いたします
  末筆ながら
 よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝

  

6月11日(水)  献身( けんしん )

   昨日の駄歌

 『  献身や
  この身をどこへ
  ささげよか
  我(わが)
   ためだけの
  つまらぬ人生 』

    献身や
  この身をどこへ
  ささげよか
1 「 しかし
    分からぬ 
    いったい
    どこへ 」

2 「 分かったぞ
     ここ。
     しかし
     どうだか? 」

3 「 社会に時代
     変化し流る 」

4 「 美しさかな
     この身を
     ささぐ 」

5 「 強きことかな
     この身を
     ささぐ 」

6 「 権力や地位
     この身を
     ささぐ 」

7 「 貨幣お金か
     この身を
     ささぐ 」

8 「 父母先祖
     この身を
     ささぐ 」

9 「 異性のために
     この身を
     ささぐ 」

10 「 子どもの
     ために
     この身を
     ささぐ 」

11 「 となりの
     ために
     この身を
     ささぐ 」

12 「 職場の
     ために
     この身を
     ささぐ 」

13 「 地域の
     ために
     この身を
     ささぐ  」

14 「 お国の
     ために
     この身を
     ささぐ 」

  、、、、、、、

  限りなく
  ございます、
  この世界。

  いったい
  どうしたら
  よいのでしょうか?

    つづき ます

駄弁ながら
  敬と愛を
    こめて
  残月  合掌

< 「 真理の
    ために
    この身を
    ささぐ 」
   ( 微笑 )

   「 地球の
     ために
     この身を
     ささぐ 」
   ( 笑 )

   「 宇宙の
     ために
     この身を
     ささぐ 」
   ( 大笑 )

    家族
    職場に
    この身を
    ささげ
    尽くしながら

    真理
    地球
    宇宙に
    つながり
    ささげ
    尽くす

    生きかたが
    真の道で
    あるかも
    しれない。

   つづき ます
   大切です
   ここからが
   ( 微笑 ) >

  飛びつつ
  失礼いたします

  末筆ながら
 よき一日で
  ございますように

 愚僧   萬拝
    

 
     

6月10日(火)  献血

  献血や
 いつかはせねば
 思っても
 できぬ日々過ぎ
 今日、成就せり
  ( 微笑 )

  前の方
 30回目
 すばらしや
 共に生きてる
 この世の中は

  献身や
 この身をどこへ
 ささげよか
 我(わが)ためだけの
 つまらぬ人生

  我、重し
「 解脱、大悟 」や
 空に舞う
「 信心 決定 」
 ( しんじん
   けつじょう )
 道、一つなり

  大志こそ
 願いもとめる
 心こそ
 自分を育て
 自分みちびく

  少年を
 明るくそして
 伸び伸びと
 われらも同じ
 「 無明 」を
 ( むみょう )
 ( 仏教用語 )
 こえて

駄弁の駄歌
 されど
 敬と愛を
  こめて

 残月  合掌

< この世のから
  少しでも
 
  苦しみ
  悲しみ
  痛み
  不安
   などが

  へって
  行きますように 。

  よき
  一日で
  ございますように >

 愚僧   萬拝
  
 
 

  

6月9日(月)  了以翁 400年、 2

    昨日は、
  天気もよく
  三艘(そう)の
  屋形舟は
  ゆっくりと
  大堰川(おおい)を
  大悲閣のふもとまで
  のぼって行きました。

  嵐山も緑
  川も緑
  そして、
  鳥のさえずりが
  嵐峡(らんきょう)に
  こだます、
  なんと、すばらしい
  別世界でしょうか。
  どなた様にも
  味会って
  いただきたい。

  そして
  亀山の岸に
  屋形舟をよせて
  
  先頭のお舟に
  いらっしゃられる
  了以翁( 像 )の
  の前で、
  般若心経一巻を
  捧げました。
  約 40人による
  船上での読経は
  嵐峡に響き渡り
  渡月橋の方へ
  静かに
  流れていきました。

  すばらしい生花に
  囲まれて、
  いつも了以翁は
  泰然と
  微笑み坐られて
  いらっしゃるように
  愚僧には
  感じられます。

  きびしい容貌の
  了以翁で
  有名な御像で
  ございますが、
  やさしさも
  感じられるもので
  ございます。

  こわい、こわい、
  怒った
  不動明王さまを
  御信仰される
  ことと
  似ているの
  でしょうか ?
  ( 微笑 )

  この「 和尚日和 」
  に、写真を掲載
  できるよう、
  今度こそ
  挑戦いたします。
  ( 微笑 )

  そして、読経後
  三人の御方による、
  「 仕舞い 」を
  奉納していただき
  ました。
 ( 小川 貴子先生の
   ご指導によります )
  私たちだけでは
  もったいない
  すばらしい
  魂の奉納で
  ございました。

  了以翁の
  ご満悦を
  感じられたのは
  山僧一人では
  なかったこと
  でしょう。

   つづき ます

 ご報告でございます
   されど
    敬と愛を
      こめて
  残月  合掌

<  般若の面が
   ございます。

   こわい、こわい、
   怒り狂った
   ような お顔で
   ございます。

   だれでも、
   やさしい、
   おだやかな、
   お顔の方と
   お話したり
   交流をもちたい
   ものでございますが、
   不思議な
   お面でございます。

   般若坊と
   いわれるお方が
   創作されたから
   「 般若の面 」
   といわれるとか。

   愚僧は、
   次のように
   勝手に
   解釈しています。

   「 般若 」の
   ような お顔に
   接しても、
   「 やさしい心 」を
   保つことが
   できるように
   なったとき
   「 般若 」

   すなわち
   「 智慧 」の
   完成では
   ないだろうか ?
    と、、、、。
   ( 微笑 )

    つづき ます >

 飛びつつ
   失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝