3月28日(金) 目と命と心 2

 目は心
 目つき眼差し
 ありがたし
 仏像おがむ
 人の気持ちよ

 よき人に
 出会う人生
 ありがたや
 目と目がつなぐ
 心と心

 命すむ
 心はきよし
 目をとじよ
 鳥よ さえずり
 水よ ながるる

駄歌ながら
 敬と愛をこめて
  残月 合掌

< 国際伝道 7

 overseas
  adventure
  travel
 
 の中で

「 日本 京都
 嵐山 大悲閣
  千光寺 」

 に来てくださる。

 責任重大です。
 ( 愚僧にとって )
 ( 微笑 )

 本日、
 いたりませんが、
 はずかしながら、
 されど、
 身と心を
 尽くします。

 天よ
 地よ
 お守りください >

飛びつつ
  失礼いたします。

3月27日(木) 目と命と心

 目の色や
 数々あれど
 唯一つ
 慈愛の心
 美しきかな

 この世にて
 物人事は
 流れ行く
 慈愛の心
 まなざし優し

 ありがたや
 常に変わらぬ
 慈愛の目
 正しく受けて
 お返ししたし

 慈愛とは
 善意の
 眼( まなこ )
 ありがたや
 悪意の心
 しぼみ消えゆく

 怒りかな
 苦しむ心
 もがきます
 ゆるしゆるさる
 天地のこころ

 かなしかな
 悲しき眼(まなこ)
 かなしかな
 人の世つらし
 人の世くるし

 苦しとて
 思いなければ
 あちこちに
 美しきこと
 みちて溢るる

    つづき ます

駄歌なれど
  敬と愛をこめて
    残月 合掌

<「 花の山
  二町のばれば
  ぼさつさま 」
      残月

  観音菩薩(ぼさつ)
  さまが
  1200メートルの
  労苦を克服した
  「 ぼさつ 」さま
 を、御迎えいたします
 ( 微笑 )

  桜は、まだまだです
  椿は、まさに春で
  ございます。 >

飛びつつ
 失礼いたします。
 

3月26日(水) 心の器

 昨日の「 命の根 」
その前の「 目の色 」
が、深くなるという
詩( おもい )を
味合いました。

今日もう一度
味合いたく存じます。
( 小生、文筆業でない
 ので、御許しください)

、、、、、、、、、、

『 涙をこらえて
 悲しみに耐える時

  愚痴を云わずに
 苦しみに耐える時

 言いわけをしないで
黙って批判に耐える時

   怒りを押さえて
  屈辱に耐える時

   あなたの
 目の色は深くなり
 命の根は深くなる  』

 心の「、、、」が
 深くなると、
 したいのですが。

  詩のつづきを
 心 とした場合
 どのように、
 御考えますか ?

  小生は、ひとまず
 「 器 うつわ 」と
 考えました。

『 心の器が深くなる 』

  みなさま方は
 いかがでしょうか ?
 よろしければ、
 お伝えくださいませ。
  御待ちいたして
  おります。

駄弁ながら
  よき詩とともに
  敬と愛をこめて

   残月 合掌

< 雨でございます。

 参詣者、いわく
 「 苦労して
   疲れて
   登ってきて
 御金がいるのか?」

 「 すみません 
   、、、、
 ありがとうございます」

  心の中で思います。
  先日の駄句です。

 「 花の山
   二町のばれば
   ぼさつさま 」
  

 『 ぼさつ 』とは
   損なこと
   嫌なこと
   つらいこと
   を、平気に(?)
 できる人( 微笑 )>

 失礼いたします。

3月25日(火) 命の根

  昨日
『 目の色 』でした。
『 命の根 』も
昨日の詩に
ございました。

「 目の色と
  命の根が
  深くなる 」とは
どういう事なの
でしょうか ?

、、、、、、
共に、考えたいと
存じます。

「 目の色
  命の根 」
おもしろい
言葉・表現です。
、、、、、、、
、、、、、、、

先日の駄歌

「 命にも
  心にさえも
  我(われ)は無し

  御仏(みほとけ)
  感じ
 この世に遊べ 」

「 命にも
  心にさえも
  我なくば

  いったいどこに
  あるのやら  」

『  食事する
   本能なのか
   習慣か

   伝統なのか
   命でしょうか? 』

『  泣き笑い
   本能なのか
   習慣か

   伝統なのか
   心でしょうか? 』

   つづき ます

駄歌なれど
  敬と愛をこめて
   残月 合掌

< 花だより >

 今年は
とても、椿が
目につきます。
まだ、まだ、
でしょうが、
表、裏、横、
、、、、、、
 余談ですが
故郷、長崎県
五島列島は、
椿の名産地
でございます。
( 微笑 )

 わたしたちも
心の中に
花を、咲かせたい
ものでございます。

 失礼いたします。

3月24日(月) 目の色

数十年前、学生時代
に、ある雑誌で読んだ
詩を御紹介いたします。
作者は、知りません。
宗教関係でした。

『 涙をこらえて
 悲しみに耐える時、

  愚痴を云わずに
 苦しみに耐える時、

 言いわけをしないで
黙って批判に耐える時、

 怒りを押さえて
屈辱に耐える時、

 あなたの
 目の色が深くなり
 命の根が深くなる。』

ご紹介です
 敬と愛をこめて
   残月 合掌

< 本日
 国際伝道
 5回目です。

 うまく行きます
 ように。

 一日一生
 清く全力で、
 お互いに。  >

失礼いたします。

3月23日(日) 春彼岸 3

 昨日のつづき です

『 命にも
  心にさえも
  我は無し
  
  御仏感じ
  この世に遊べ 』

「 命にも
  心にさえも
  我なくば

  私はいったい
 何なのだろか ?」

「 命とは
  いったい何を
  いうのやら

  寒さ感じる
  今の私か ? 」

「 心とは
  いったい何を
  いうのやら

  つらさ感じる
  今の私か ? 」

、、、、、、、

、、、、、、、

あえて、今日の駄歌は
 ここまでにします
  考えて下さい
   ご一緒に
 残月  合掌

< 花だより >
寒い嵐山でございます
金曜は、まさに嵐でした

椿の花が、ちらほら。

大切な、乙女椿は
今年も、一輪だけ。
蕾が、日ごとに
大きくなってますが
心配です。(微笑)

「 花の山
  二町のぼれば
  大悲閣
    ( 芭蕉 ) 」
「 花の山
  二町のぼれば
  菩薩さま
    ( 残月 ) 」
           
お元気で、
一日一生で。
失礼いたします。

3月22日(土) 春分の日  2

   春彼岸
 「 命をこえた
   命なり 」
   心静かに
   亡き人思う

   春彼岸
 「 命かさねた
   命なり 」
   心静かに
   亡き人思う

   春彼岸
 「 命つないだ
   命なり 」
   心静かに
   亡き人思う

   春彼岸
 『 心をこえた
   心なり 』
   命を感じ
   亡き人思う

   春彼岸
 『 心かさねた
   心なり 』
   命を感じ
   亡き人思う

   春彼岸
 『 心つないだ
   心なり 』
   命を感じ
   亡き人思う

駄歌ながら
 敬と愛をこめて
  残月 合掌

<  命にも
   心にさえも
   我(われ)は無し

   御仏(みほとけ)感じ
   この世に遊べ

        残月  >

飛びつつ
  失礼いたします。

3月21日(金) 春分の日

今日は、太陽が
真東から登り
真西に沈む日です。

なんだか、
うれしく、
ありがたい気分です。

別の寺院で
彼岸法要をいたします。

午後は、大悲閣で
国際伝道、第4回目です
船が増水のため心配です

対策はございますが、
今回、歩いてもいい、と
おっしゃられている
みたいで、また、
それも、すばらしい。

さて、さて、
感謝の気持ちで
もって、全力で進み
たいです。

この一日
まちがい、
てちがい、
かんちがい、
おもいちがいを
しませんように
お守り下さいませ。

駄弁ながら、
 近況でございます。
  残月  合掌

<  春彼岸
   命をこえた
   命なり
   心静かに
   亡き人思う
      残月  >

失礼いたします。
   

3月20日(木)  形のない自己

昨日、海外の方々へ
「 形のない自己 」と
いう言葉のプリントを
お渡ししました。

説明は、時間がなくて
できませんでした。
残念ですが、
またの機会に、と
思っても不可能に
近いですか。
( 微笑 )

「 本当の自己 」と
いう言葉があり、
現代人を、
苦しめている、とも
いわれています。
( 微笑 )

ここら辺の問題
疑問は、
『 自分自身 』で
考えることが、
重要なので、一緒に
考えましょう。

日常生活を、きちんと
しながら、
なすべき事をなしながら
善をなし
悪をさけながら
「 形のない自己 」は
なにか ?
考えてみてください。

たんなるクイズでは
ございません。

燃えるような、
向上心
( よりよい人間に
      なりたい )
( ・・・・・・  )
( 苦しみを
    のりこえたい )
( ・・・・・・ )などの
気持ち・思いを
もちながらで、
ございます。

古人の、いえ、
先人の言葉をまず、
信じることです。

親切にも、
考えてごらんと、
いってくださってます。

『 「 形のない自己 」
  に気づけば、
   しあわせに
    なれますよ。
  安心できますよ。 』

そうなのかなー?
本当かなー?

でございます。

   つづき ます

駄弁ながら
  敬と愛をこめて
  残月  合掌

< 春分を
 むかえて嬉し
  犬走る

  白梅も
 紅梅もある
 この世かな

  自己つくす
 人をおまもり
  くださいな
  春夏秋冬
(しゅんか しゅうとう)
  時は流れど >

飛びつつ
  失礼いたします

3月19日(水) 伝道 № 3

本日、3回目です。
まだ、まだ、当然ながら
バタバタしています。

内容ですが、以前
御話した、
戦後、久松大先生が
提唱された、
F・A・S 禅が
わかりやすそうなので
これを、お伝えしょうと
存じました。
( 2回 体験して )
本日からです。

理想として
すばらしい。
現代社会(日・米・)に
おいて、
どのように実践するか
が、問題で
ございます。

一般の職業生活を
家庭生活を、
営みながら、でござい
ます。 ここを、
愚僧は、創り上げたいと
願っています。
念願の、嵐山心学の事
でございます。

   つづき ます

駄弁ながら
 敬と愛をこめて
    残月  合掌

 <  F
  形のない自己

     A
  全人類の立場

     S
  歴史をこえて
  歴史をつくる

  日常生活での
  実行は、
  どういう事なのか ?

  社会生活では ?
  経済
  政治
  、、、、では ? >

  飛びつつ
    失礼いたします。