7月6日(日) 真理とは ?  6

   真理 3 の
 五島の福江教会の
 入口の上に、
  刻まれている
言葉の件でございます。

  記憶があいまいな
 愚弟のために、
 奔走してくれました。
   ( 感謝 )

  お伝えいたします。

 『  我は
   道なり
   真理なり
   生命なり  』
   ( ヨハネ伝 )

  ・ 真理
   ( まこと )

  ・ 生命
   ( いのち )

  ・ 我
   ( われ )
   ( キリスト )

 、、、、、、、、、、

  小生の、

  『  真理
     道
     言葉
     愛   』

  だいぶ、
  ちがってました
  ( 笑 )
  でも、
  心は同じです。
  ( 微笑 )

  、、、、、、、、、、

 「 真理 」は

  だれでも
  いつでも
  どんなばあいでも

  ・ 正しい
  ・ 問題なし

  ・ 文句なし
  ・ 不安なし

  ほしいけど
  あるのか ?

 ・ どなたにも よく

 ・ いっつでも
    時代をこえて

 ・ どんなばあいでも
    社会制度
    歴史現実
      をこえて

  、、、、、、、、、

  ・ この人間

  ・ この時

  ・ この場合

   の条件が
   つくような
   現実実際の
   社会
   職場
   町内
   家庭
   交際
   、、、、、
   ようです。

    しかし
   これでは
   「 つらい 」
   「 不安 」
   「 いい加減に
    なりそう 」
   「 環境
     状況
     流行
   なりゆきまかせ 」
    
    なりそう。

   そして、
   
    どのような人
    どんな時
    どんな場合

    でも
    通用するのは
   「 通貨貨幣 」
   なのか ?
   と、

   思いがちです。

    国家体制制度
   でちがう、
    やはり

   「 金 」( きん )
  「 金剛石 」
  ( ダイヤモンド )
    なのか ?

    あらゆる
   < 民族 >
   < 集団 >
   に、

   通用し
   安心できる
    『 もの 』。

   安心 ?
   生命をまもる ?
   我を維持する ?

   つづき   ます

 駄弁ながら
    敬と愛を
   こめて
 残月  合掌

<  小生の
   幼稚園時代
  ふるさと五島
  福江島で
   「 大火 」が
  ございました。

   ひどい惨状
  だったようです。

   しかし、
  街の中心部に
  あった
   福江教会のみ
   ぽっんと残ってい
   ました。

  後で知りましたが、
   なんと、
   信者さんたちの
    働きのおかげ
    だったそうです。

   愚僧、驚き、
  感動いたしました。>

 走りながら
   失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝
    

7月5日(土) 真理とは ? 5

  すみません。
 昨日、文字を間違え
ました。失礼いたしま
した。ご容赦ください
 ませ。

 「 権力
   権威 」
 と、するところを
 
 「 権威
   権威 」
 と、
 してしまいました。
 反省いたします。
  おゆるしを。

  、、、、、、、、

『 真理 』
を、もとめる気持ち
心・精神が
しっかり
していないと、

つい、
わたしたちは、

利得・名誉を
もとめやすくなる
ような気がいたします。

  また、
つい、
わたしたちは、

『 権威
  権力 』
に、
 たより
 あまえ、

 自己放棄
 自暴自棄
 無関心
 無責任
 人まかせ
   ( 微笑 )
 風まかせ
  ( 微笑 )
 人気
 大声
 流行
 
 思考停止
 などに
 なりがちです。

 、、、、、、、

 以前の話題の

 「 さとり 」
 「 信仰 」
   と
 「 思考停止 」

 という関係
    問題を

 「 真理 」
   と
 「 権威
   権力 」
 
 という関係
    問題から

 考えたいと
  存じます。

 ごいっしょに
  考えたいと
 存じます。

 『 この世で
 あかるく
 つよく
 やさしく、
  できるだけ
 あやまり
  すくなく
 生きのびる
   ために。 』
   ( 微笑 )

  つづき ます

駄弁ですが
  敬と愛を
  こめて
 残月  合掌

<  現在の
   わが友の
   犬族は

   2匹で
   ございます。

   すみれ
  ( メス・5歳 )
  ( 豆柴 )

   黒松
  ( オス・1歳 )
  ( 黒柴 )

   以前の5匹は
   日本犬の雑種
   でした。

   洋犬なら
    トムとか
    マリー
   とか
   名前をつけたかも
   しれません。
    ( 微笑 ) >

 飛びつつ
  失礼いたします。
 末筆ながら、
  よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝

7月4日(金) 真理とは ?  4

 40年以上前のこと
( 中高生 )
でございます。
 テレビドラマの
主題歌の一フレーズ
だったと存じますが、
あまり、よくおぼえて
いません、ただ、
どうしても忘れられない
言葉がございます。

  「 真理
   人生
   ああ 青春

   つかんだ
   夢 ??
   ?  」

  最初のところが
 いつも、
 気にかかって
 いました。

   『 真理
     人生
    ああ 青春 』

  、、、、、、、、、、

   本来、
  人間は
  真理をもとめるもの。

  いつ
  どこでも
  どなたでも

  ただしい
  いい

  といわれる事

  つまり、
  真理をみにつけ
  せいかつの
  基本・土台
  指針、、
  にしたいもの
  でございます。

  それは、
  わたしたちは、

  今日明日に
  迷うからで
  ございます。
 ( 真剣ゆえに
    人生に
    迷います )

  とくに、
  若い、
  純な
  まだ世間を
  よくしらない
  若者は、

  本来、切に
  もとめます。

  ああ、この心を
  大切にしてやりたい
  ものでございます。

(  この心は、
  若者にかぎらず
  どなたも
  ございます。

   そして、
  大人になり
  忘れがちな
  この心を
  持ち続けていらっ
  しゃるお方が、
  若若しいです  )
    ( 微笑 )

 、、、、、、、、、、、

  真理を忘れるとは
  真理をもとめなく
     なるとは ?

   人間の
   本性の一面
   ですが、

   ある意味
   当然で
   ございます。

  「  利益
     得
     もうけ

     名誉
     評判
  
     を
     目的と
     しやすい。

   この世の
   その時の
    権威
    権威に
   できるだけ
   近ずこうと
   します。

    そして
   成長も
   いたしますが 。

   真理はどこ ?
    ( 微笑 ) 」

  つづき  ます

 駄弁でございます
   でも、大切です。
  敬と愛を
    こめて
  残月   合掌

 <  ことばなく
   いっしょにいきる
   いのちかな
   天地にあふる
   すべてのものは
     ( 合掌 )>

  飛びつつ
   失礼いたします
 末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝

  
    

7月3日(木) 真理とは ? 3

  小生の故郷は
 長崎県の五島列島で
 ございます。
  キリスト教の教会が
 多いところです。

  以前、帰省の折
 船の乗りますと
 よく修道院のシスター
 の方々をお見かけ
 しました。

   すると
 「 これから
  父母のいる
  ふるさとへ、
  向かうんだ 」と
 いう思いが
 自然と
 深くなって
 いきました。
 

  今、「 真理とは? 」
 と書きましたら、
 ふるさと五島の
 ある教会の入口の上に
 あった言葉を思い出し
 ました。

  正確ではないかも
 しれませんが、次の
 ような< 言葉 >
 でした。

  『 真理とは
   道であり
   言葉であり
   愛である  』

  いや、

  『  神とは
    真理であり
    道であり
    言葉であり
    愛である 』

   いや、
 < 神 >を、最初に
 もってくるのは
 あまりにロコツですね。

  、、、、、、、、、、、

  ところで、

  「  神とは
    愛であり
    理解し
    許すことである 」

   どなたの
  お言葉だった
   でしょうか ?
  < 真理の言葉 >と
    存じます。
   そのとうりです。

  、、、、、、、、、、、、

   カトリック教会の
  言葉は、五島在住の
  姉に、確認してもらって
  から、正確に
  お伝えいたします。
   ( 微笑 )
   ( すみません )

   この教会には
  もう一ついい言葉が
  入口の横の石に
  刻み込まれています。

   それは、
  聖書の言葉でした。

   おおざっぱな
   内容ですが
   ( すみません )

  「  お供えを
     もって
    よくお参りして
    くださいました。

     しかし、
     もし、
    兄弟姉妹
    仲間で
    ケンカしている
    のならば、
 
    いますぐ、
    家にかえり
    仲間のもとへ
    行き

    仲直りしてから
    もう一度
    お参りして
    ください   」

    なんと。
    すごい。

    仏教寺院の
    門の横には
    あまりないような。

    そうでした、
    色んな教会の
    入口の
    言葉には
 いつも感動いたします

  『  重荷をせおい
    疲れた人は

    わたしのもとへ
    来なさい

    、、、、、、、  』

   愚僧も
   このような
   言葉を、
   早く、
   寺院の入り口に
   はれるよう、
   自分自身を
   高めなくては
   ならないです。
 ( ああ
    はずかしや )

   「  何日の
    何時から
    何時まで
  坐禅しているので

     いっしょに
   坐りましょう  」

   とか、

 「 渡月橋上の托鉢後
   中の島公園での
   辻説法  」

  托鉢は、できるように
  なりましたが、
  < 辻説法 >は
  まだ、できない。

  もっともっと
   もっともっと
  真理体得と
  慈悲のカタマリに
   ならないと
  できない。
   ( 大反省 )

    つづき ます

 駄駄弁を
   弄してしまい
     ました
    おゆるしを。
  残月   合掌

<  昨日 犬の
   名前を
   まちがえました。
   ( 反省 )

   1 花子
   2 ユリ
   3 太郎
   4 さくら
   5 もみじ
   6 すみれ
   7 「 黒松 」

   7を、太郎と
   してしまいました。

   黒松、ゴメン。

   それにしても
   植物園の中みたい
   な、我が犬族です。
     ( 大笑 )>

  飛びつつ
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧   萬拝
     

   
 

7月2日(水) 真理とは ?  2

  いつでも
  どこでも
  だれでも

あてはまること

それを みつけて
それに したがいたい

あんしん だ

 「 ゴミ ひらう 」
 「 花  おくる 」
 「 パン つくる 」
 「 サーカス みる 」

   、、、、、、、、

 「 サーカス みる 」
 より
 「 サーカス する 」
  ( 微笑 )
   できない。

 「 芸術  みる 」
  かたい、です

 「  舞  みる  」
   舞いは、
   生命の輝き ?

  スポーツ・芸能
  スター・アイドル
  芸術( 音楽・絵画、
    など )
  を、総称できない
  でしょうか ?
  ( 無理を承知で )

 、、、、、、、、、、、、、

   すると

 『 ゴミ  ひろい 』
 『 花   おくり  』
 『 パン  つくり  』
 『 舞を  みる  』

  この四つの
 真理にしたがえば

 幸福になれるの
 でしょうか ?
  ( 微笑 )

  なれると
   存じます。

  できるだけ、
 「 ゴミ つくらず 」
 「 ゴミ おとさず 」
 そして
 この世にて、
 「 ゴミ  ひろう 」
 ことが、
 できたら完璧では。

 「 花  そだてる 」
 「 花  めでる 」
 そして
 この世にて
 友に
 「 花  おくり 」
 できたら完璧では。

    つづき ます

駄弁ながら
  敬と愛を
    こめて
 残月   合掌

<  いつのまにか
   愛犬家みたい
   になっています。
   ( 微笑 )

   京都に来てから
  1 花子
  2 ゆり
  3 太郎
  4 さくら
  5 もみじ
  6 すみれ
  7 太郎

   七匹です。
  ほんとうに
  友人です。

  いい友人でないと
  いわれそうですが。
   ( 微笑 )

  飼い主と
  思ったことは
  一度もないです。
  よくないか。
    ( 大笑 )
  ただ、
   いっしょに
  生きてるだけです。
   ありがたい。

    古人ですが
  梅の木にたいして
  自分が主あるじと
  歌ってたお方が
  いらっしゃい
  ましたが、、、、、。
    ( 微笑 ) >

 失礼いたします。
末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧   萬拝 

7月1日(火)  真理とは ?

   本年も後半に
  入りました。
  お互いに、
  なにかは
  ございますで
  しょうが、
   おめでとう
  ございます。

   本年、残り
  六ヵ月、
  たくましく、
  あかるく、
  できるだけ
  ただしく、
  やさしく、
  ともに、
  生き抜きたい
  と願います。

   昨日
  101歳に
  なられたお方と
  電話でお話
  いたしました。
  ( お誕生日です )

  「 いいですか、

   00 さん

  < 生かされている >

   と思えなければ、

   心が

   よごれて

   いるということだ。 」

  「  はい  」

  、、、、、、、、、、、、

  『 生かされて

    生かして

    生きぬく  』

 、、、、、、、、、、、、、

  『  生存

     生活

     生命  』

 、、、、、、、、、、、、

  『  生命

     自己

     神仏  』

 、、、、、、、、、、、

  『 ゴミ おとさず

    ゴミ つくらず

    ゴミ ひろう 』

 、、、、、、、、、、、、、

  『  花  めでる

     花  つくり

     花  おくる  』

 、、、、、、、、、、、、、、

   ゴミ とは ?

   花  とは ?

   いったい
   何なのでしょうか?

   自分の
   いる立場においての
   『 ゴミ 』 とは
   『 花 』 とは

   ここを
   あきらかに
   すれば、
   人生、いきやすい
   かも、しれません。

  
   、、、、、、、、、、、

   どんな場所でも
   どんな時代でも

   『 ゴミ ひろい 』 と
   『 花  おくり 』 は

   よろこばれる事かも
   しれません。
   つまり、
   < 真理 >です。
      ( 微笑 )

   いえ、
   『 サーカス みたい 』
   『  パン  ほしい 』 が
   現実かもしれません。

   、、、、、、、、、、、、

   訂正です( 微笑 )

   『  パン  つくり 』
   『  ゴミ  ひろい 』
   『  花   おくり 』

   を、< 真理 >と
    考えたく存じます。

   (  あまい考え
       大笑い  )

    真理の体得
    真理の実行

    こそ、急務です
    いそが ねば。

   古人 いわく
     「 ゆうゆう と
          いそげ 」

   ・ 人生は、短い
   ・ 自分の意識が
      消えぬうちに
   ・ 肉体が、
      ある間に

    「 意識 」と
    「 肉体 」を
    つかいきりたい
    もので、
    ございます。

     どなたも
    「 使命 」は
    ございます。

     今、まさに、
    苦しみの
    ど真ん中に
    いようとも、

     かりに、
    ひん死の御方さま
    でも、、、。

    つづき  ます

 長い駄弁です
    おゆるしを。
   敬と愛を
      こめつつ。
  残月   合掌

  <  愛犬や
     命のちから
     あふれでて
     男どうしの
     悲哀もかんず
       ( 微笑 )>

  失礼いたします
 末筆ながら
  よき一日で
   ございますように。

   愚僧  萬拝
   

     

6月30日(月) 信仰とは ? 16

  一昨日の駄歌

 「 我(われ)あれど
  < ちから >を
  ぬいて
  神まかせ
  仏しんじて
  からだ休める  」

   我があり
  < ちから >を
  こめて
  神まかせ
  仏しんじて
  だらだら生きる

   日常は
  日々の生活
  お仕事は
  「 心をつくし
    己をつくす 」

   人に会い
  物にふれあい
  ていねいに
  心と体
  ひびきとけあう

    幸福は
   人物事の
   つくしあい
   命ひびいて
   神仏うれし

    誠実や
   ごまかしはなく
   たすけあい
   まちがい弱さ
   ともに おぎなう

    燃焼か ?
   心に体
   なにもかも
   力をつくし
   何かのために

   「 何のため 」
   複雑怪奇
   この世にて
   どうしてよいか
   わからぬ自分

   「 何のため 」
  ここを、きわめる
  修行かな
 < ゴミをひろうは >
  天地の真理

   真理こそ
  自分をささぐ
  ものにして
 < ゴミをおとすな >
 < ゴミをつくるな >

    つづき  ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛を
   こめて
 残月   合掌

<  夏がきて
     愛犬あばる
       命かな  
      ( 大笑 )

  いのちこそ
   ありがたきかな
           >

  失礼いたします
   末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝
  
 

6月29日(日)  信仰とは ? 15

   昨日の駄歌  1

「  信仰や
  祈りの心
  美しく
  乱れる思い
  しばし休める  」

   祈りとは
  いったい何を
  いうのだろ
  「 思い 」
  と 「 こころ 」
  「 現実 」
  一つ

   苦しみは
  心と思い
  バラバラで
  言葉と行為
  これもバラバラ

   なぜだろう
  「 思い乱れる 」
  原因は
  やっぱりここで
  「 閑坐 数息 」

 、、、、、、、、、、、

  昨日の駄歌  2

 「  美とは何 ?
   思いが消える
   その時か
   調和の世界
   しばし休まる 」

    この思い
   消えるというは
   どんなこと
   自分を無くす
  ( 慈悲の世界か )
    < 微笑 >

  ( 宇宙と一つ )
    < 歓喜 >
  ( 自己の放棄や )
    < 反省 >
  ( 無責任とか )
    < 注意 >

    利己心や
   エゴの思いが
   消えたなら
   一生安楽
   極楽世界
    < 大笑 >

 、、、、、、、、、、、、

  昨日の駄歌  3

 「  変化する
  その奥をみる
  これこそが
  『 観 』の
  目にして
  こころ休まる  」

   いいわるい
  そんだとくだと
  ちいさいぞ
  このものさしは
  どこからおこし

   現実を
  夢( ゆめ )
  幻( まぼろし )と
  かんがえて
  心をこめて
  毎日いきる

   現実を
  「 無相 」ととらえ
  ( むそう )
  我( われ )も無し
  心の極地
  生も死も無し

  ( おそろしや
  ( おゆるしを
  ( みじゅくなれども
  ( けいあい、こめて。
  ( このよのなかが
  ( くるしみに
  ( あまりに
  ( みちているから。。)

    生は無く
   死もまた無くて
   なにが有る
   ただただただた
   仏のひかり
     ( 合掌 )

    つづき ます
   ( 信仰とは?
   ( 終わるつもりが
   ( 笑、はんせい )

 駄弁を弄して
   しまいました
     おゆるしを。
   残月   大合掌

<  ちょっと奥に
  もっと深い
    京都

   俗世を抜けて
 ≪ 違う自分 ≫に
   会える場所  

   嵐山 大悲閣
   千光寺  >

   ありがたい
    お言葉
   そのような寺院に
    成長していきます
    よろしく
    お願い申し上げます。

   「 千光や
    仏のひかり
    かぎりなく
    千手観音
    あなたをまもる 」
     

  長くなりました、
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
    ございますように。

  愚僧   萬拝

  

    

6月28日(土)  信仰とは ?  14

   信仰や
  自分と人を
  信じます
  悪人なんぞ
  いやしないぞと

   毎朝の
  新聞に読む
  できごとは
  個人の罪と
  周りの罪も

   条件と
  原因あれば
  罪をなす
  よき条件を
  よき原因を

 、、、、、、、、、、

   信仰や
  祈りの心
  美しく
  乱れる思い
  しばし休める

   「 美 」とは何 ?
  思いが消える
  その時か
  調和の世界
  しばし休まる

   変化する
  その奥をみる
  これこそが
 「 観 」の目にして
  こころ休まる

   我(が)あれども
  「 ちから 」を
  ぬいて
  神まかせ
  仏しんじて
  からだ休める

    つづき  ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛を
   こめて

  残月  合掌

<  俗 と 聖

  「 聖 」とは ?

   耳を 呈(てい)
    する。
   
    つまり
   謙虚な気持ちで、
   心を開き、
   耳を
   かたむける。

  「 神仏 」の声・
     ひびき を
    聞こうとする。

   ( 神仏とは? )
   ( 微笑 )

     つづき  ます>

  飛びつつ
   失礼いたします
  末筆ながら、
   よき一日で
   ございますように。

  愚僧   萬拝
   

6月27日(金)  信仰とは ? 13

    昨日の
  二つというは
  美意識と
  世界観なり
  たいせつな事

   美意識は
  変化するなり
  生活を
  ささえはぐくみ
  安心のもと

   靴( くつ )
  をぬぐ
  次のためにと
  そろえます
  だれかのために
  すみにおくかな

   トイレにて
  紙を三画
  おってくる
  次の人への
  おもいやりかな

   自分から
  自分自身から
  はなれます
  そうだその時
  ゴミひらう人
    ( 大笑 )

   死ぬかもね
  だったらもっと
  したいもの
  整理整頓
  ああ恥ずかしや
   ( 拙僧が )

   死を思う
  この生活は
  ありがたし
  この職場にて
  我つくすかな

   絶景や
  思いは消える
  うつくしさ
  この心こそ
  ああ
  語れない
   ( 微笑 )

  、、、、、、、、

  世界観
 人生観の
 「 観 」こそが
 大切な事
 ともにつくろう

  「 見 」と
 「 観 」
 なにが違うか
 おもしろい
 「 女性観 」とか
 「 男性観 」を

   わたしたち
  思考なくす
  ことをせず
  信じ考え
  行為するかな

   つづき ます

駄弁の駄歌
  されど
   敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

<   俗と聖

   俗人と聖人

   どこが
   ちがうのか ?

   聖人は ( ひじり )、
   自分の
   「 非 を 知る 」
   「 自分の
     欠点を
     知り
     よくしたいと
     願う人 」

    つづき  ます>

  またしても
   飛びながら
    失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
     ございますように。
 愚僧   萬拝