12-24 言葉から ?   その3

    <旅人は、死なない>????その1
    <私は、死なない>?????その2
    <私は、私を愛する>????その3

   人間は、<私>を愛することしかできない、かもしれない。
   歴史的に考えてみれば、<私>しか愛せない。

   ( <私>以外は全て、敵である。 )
   <敵・ てき >は、こわい・不安・恐怖・嫌悪(けんお)・いやだ・・。
   (<私>以外の全て)と、対立・ケンカ・争い・もめ事・明日をつくらない会話・・・。

   ・000県出身の<私>を、愛する。
   ・000人の<私>を、愛する。  ・000センチ000グラムの<私>を、愛する。
   ・ その2ーー?から?の<私>を、愛する。

   <私は、私を愛せない><私は、?から?・・の私を愛せない><私は、小さい私を愛せない>

   <私は、かぎりない・なんでもつつみこむ・よりひろく・よりふかい・大きな私を、愛したい> つづく

        さわやかに、力つよく、生きるため   駄弁です        残月    合掌

12-23 (日)  冬の風光    8

    空気は澄みわたり、しかし寒くて、身も心も<閑寂 かんじゃく>という気持ちです。(笑)
 それだから、熊とかカエルみたいに、ゆっくりと冬眠できればいいのですが・・・・・・・・・(笑)
 (もみじ)も(葉)を落とし尽くし、いままで気づかなかった(枝ぶり)が、よくわかり、なんだか楽しい。
   また、この様にして、さむい冬をのりこえて行くのでしょう。
 ある言葉を思い出しました。 どなたの御言葉か知りません( 言葉は、人間の共有財産なのだ )(笑)

    < 悲しみ・苦しみに出会い、耐え、のりこえて行くたびに、
      あなたの目の色は、濃くなっていき、あなたの根は、深く広がっていく >

  お知らせーーーー<年末行事・除夜の鐘つき>  大雪でない限り、開催いたします
              新客殿にてお待ちいただけます(ガラス戸が入ったので暖かい)
              108回なので、12時まえから始めて、1時すぎまでかかります。
              自由に参加できます (無料)・(鐘楼修理工事の残金はありますが。<笑>)
              ・お接待ーーーー何ができるのだろうか?   決めてません。 (笑)

     12?22 (1804)  昨日、愚僧が尊敬してやまない、慈雲尊者・飲光上人の御命日でした
                 あらゆる宗教・宗派をこえて、<人となる道>を説く。やさしく・きびしく。
               < 大先達・大先生、どうか、お導きくださいませ。 拙僧を、あらゆる方々を>

            駄弁です                      残月         合掌

12-22 言葉から  ?  その2

         <  私は、死なない  >から。

      1??????日本人としての< 私 >
      2??????0000県 出身の< 私 >
      3??????000学校 卒業の< 私 >
      4??????000センチ・000グラムの< 私 >
      5??????00000な(父親)の子の< 私 >
      6??????00000な(母親)の子の< 私 >
      7??????0000な(家族)の ひとりの  < 私 >
      8??????000会社( 組織 )の一員の< 私 >
      9??????000できる・できないの < 私 >
      10??????強い・弱いー美しい・うつくしくないの < 私 >
      ???????????????????????????
      ???????????????????????????
       1 から 10・・・・ まで の< 私 >は、< 死ぬ >こと、でしょう。 
       < 死なない >という< 私 >とは ?    いったい< なに >なのだろう? 
       
 ・ ここで、閑坐(ゆっくり)して、数息( 心と身を、ゆっくりと )して、 考えてみてください。  つづく

             駄弁です                  残月     合掌

12-21 (金)   冬の風光   7

   今日は、冬至(とうじ)です。
日の出・・・六時四十六分・・・・・・・・日の入り・・・四時三十二分
<   昼が最も短い  ・  夜が最も長くなる   >
<   お日さま(太陽)の位置が、最も低い   ・    物(存在)の影は、最も長い   >

   雲水さんたちのいる道場では、年に一度の、どんちゃん騒ぎの一夜です。
無礼講であり、日ごろの、きびしい上下関係が無くなり、皆で羽目(はめ)をはずします。(笑)
演芸会の様相を呈します。  歌あり、寸劇あり、踊りあり・・・・・御馳走です(雲水の手料理)。

  入門が浅い時は、とても忙しかった気がいたします。  一年目の数カ月、(いっときも、休ませてくれない所なんだ)と、妙に納得していました。  でも、夜は坐禅ばかりだから、坐るとすぐに、私なんぞ、即、眠ってしまいます。(大笑)    ハッと気がつくと、怖いお顔の<大先輩>が立ってらっしゃるでは、ありませんか。(やばい)(もう、おそい)。   警策(けいさく)という棒で、<目を開けろ、眼るな、・・・・・・>と打たれます。
  強く打たれます。ほんとうに強く打たれます。     今、しみじみ思います ( ありがたかった、いったい、どなたが、打つてくれるでしょうか・叩いてくれるでしょうか、 <それは よくない>と、いって。)

   人を打つ棒は、文殊菩薩さま(知恵をつかさどる)の真前に置いています。  文殊さまに合掌してか 手にします。・・・・・・・・・・・・・・。  文殊さまに合掌して、もどします。  伝統のすばらしさよ。
       
   (礼をもって始まり、礼をもって終わる)      駄弁です          残月   合掌       

        

12-20 言葉から   ?

          <旅人(たびびと)は、死なない>
    昔、昔、ある僧が弟子に言いました。  (ここに、来てくれ)
   師は、井戸の側に立っていました。 旅に出る、御姿です。 (今から、旅に出るから)
   そして、師は、   ・今までの事・今からの事 を、語り聞かせ   静かに、静かに、
   立ったまま、旅に行かれたそうです。 80歳は超えています。      (日本・京都)

     愚僧の本師は、<わしゃ、死にはしない>と、おっしゃられて、いました。
   師の学問の御師匠さまも、<私は、死なない>と、質問に答えていました。  (雑誌から)
    お二人とも、世間的には、お亡くなりになり、<死>を、御体験なされました。

     しかしながら、勝手ながら、<死んでは、いない>と、拙僧 思っています。(笑)
   お二人とも、真の<旅人>だからです。  <雲水>に徹し成り切り、とどまり・何かにつかまるよう  な<我>を、捨てていたような気がするからで御座います。

      苦しみも、悲しみも、なにもかも
      逃げず・隠れず、正面から・全身で、
      受けとめて行きたいものです。

 横着でないつもり(正面・全身のつもり)の、駄弁です。 二師、許したまえ。   残月   合掌
   

12-16 (水)   冬の風光   6

    もう完全に、紅葉は終わり、冷たい風が嵐峡を、流れています。
澄んだ空気と、碧(みどり)色の川は、静かな落ち着いた気持ちに、導いてくれます。
  10代終わり頃、故郷の五島列島の(戸岐)という所で見た、<水の色>が忘れられません。澄んだ海水、深くなるにつれて、青色そして紺色に、また藍色になっていく。  <言葉を失う。 心がとまる。>

  年末・歳末です。  ゆっくりと、一年を振り返りたい気持ちです。 しかし、師走(しはす)と言われるように、(江戸時代、塾のお師匠さま方が日ごろの謝礼をいただきに走り回った、12月です) (笑) いえ(笑えません)。   それくらい、どなたも、この一年の<決済>に追われる、昨日・今日・明日ですね。
精神的にも、経済的にも、社会的にも、家族的にも、、、、、、、、、、、、、、。
  小生は、12月31日までに<0>をめざし、めざしているのですが、毎年なかなか達成できません。
1月1日には、原点にもどり・白紙にもどり、すべてを<1>から始めたいと、鋭意努力しているつもりですが、1年の怠慢が積もりに積もり、つぶされそうになっています。(笑)   (毎年毎年、恥いります)

     神父さま方は、年末の<黙想・沈黙・祈り>に、お入りになられます。
  <尊き激務>の修道者の方々も、休む日、いえ休む時間さえもてぬ日々を、年に一度、<1人に徹し、孤独になりきり、神さまとむかいあう >事によって、尊き激務を続けられて、いらっしゃるそうです。

    御無理なされないよう    駄弁です         残月           合掌

12-18 観音さまの縁日  <1>

  大悲閣とは、山の上の<観音かんのん堂>のことです。  町中の観音堂は、大悲殿といいます。
皆さま方が、よくお持ちの朱印帳には、<大悲殿>が多く染筆されています。  時々、若い女性がゆっくりとした口調で、お尋ねになられます。 (何か、悲しい事でもあったのでしょうか?・・・・      このお寺・・・)、それも真剣な、まなざしで、、(つい小笑)(つい失笑)(ごめん)(ゴメン)。

  <慈悲(じひ)>の<悲>でございます。  御仏さまの、(いつくしみ・やさしさ)の心のことです。また、観音さまの、人々の(苦しみ・悩み・不安・おそれ・悲しみ・傷み・・・・・・・・・・・・)を、とってやりたいという大きな<願いの心>を、<大悲>といいます。   この御心に(包まれたい・守っていただきたい)と、切に願う事が、またこの御心を(ありがたい・もったいない)と感じることが、<信心><信仰>とよばれるような事です。
   15年ほど前、この山寺に来ました。 そして、日々の生活の中で、つくづく、<拙僧は、  観音経を読誦しているのに、よくわかっていなかった >と痛感いたしました。(笑)   今もまだ、かもしれません。(大笑)        とにかく、  <なんて、ありがたいのだろう。 いったい、何が、どなたが、このように、おっしゃってくださる、だろうか?  たすける、どんなことであろうと、たすける   手をさしのばす  たすける  >と。  <ありがたい   うそであろうと   たとえ、うそであっても   ありがたい>。

  大悲無倦常照我 (だいひむけん  じょうしょう<我>)
    偉大なる、なにかが、常に、変わることなく、小さく、つたない私、<我>を、照らし守ている
               駄弁です                残月     合掌   

12-17 (月)  冬の風光  5

   ここ嵐山の地は、冬場は閑散していたものだった、と古老はおっしゃられています。
渡月橋(とげつきょう)近くのお店は、あまりにも御客さまが少なくなり、収入がなくて生活ができなくなり、
皆さん店を閉じて、出稼ぎ(でかせぎ)に行かれたとか。  現在は、クリスマス・冬休み・歳末・お正月と1月10日ころまでは、それなりに観光の方々は多いようですが。  大悲閣千光寺も、有難い事に、そのくらいまでは、参詣の皆さまもいらっしゃてくださいます。
   
   このごろ、また再び、(声を大きくして感謝しなくてはならない)という思いにかられています。
それは、小説家・北森  鴻 さんに対してでございます。  北森さんの作品愛読者の皆さま方が、おおぜい参詣してくださり、色々とお話もできて楽しい事でございますが、それと同時に、閑散としがちな寺院経済も(笑)、賑やかにしてくださっているからです。  < あなた、意図してくれた事が、実現している >(笑)

  < 新道くん、あなたの愛読者は、美しい女性ばかりではないですか(笑) また、男性もいい方ばかりでないですか。  作家冥利だぞ。  本当だぞ。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  >

      ある日、作品本に、サインしてもらいました。 人気作家らしい(ことば)を書いてくれてます。
      <日日是好日・にちにち これ こうじつ ・  毎日、わたしは、楽しい・うれしい>でなく、、、
      <日日是口実・にちにち これ こうじつ ・  毎日、しめきりにおわれて、いそがしい>です。

    北森さま  御参詣ください            残月       合掌
      

12-16 質問箱  (2)    我と無我について

       (12月8日 成道会から)
  尊重されるべき<我>、また尊重されるべき<無我>。 いったい、どういう事だ?  二つとも?
  両極端では、あるまいか?

  <我>(自分という意識)が、強いほど、苦しみは多い。
だから、その人こそ、<無我>(自分をすてる)の喜びを、感じやすいのであります。
ゆえに、(わがままになり・ひとに迷惑かけたりする自分)を、嫌いになりすぎてはならない。
 ( 自分)を、甘やかしてばかりでは、当然よくありませんが、自分の奥にある<良心><真こころ>を見失う事なく、 成長したいという向上心・ 何かの役に立ちたいという慈悲心を、  奮い立たせなければならない。    < 自分を捨てる方法>は、まちがいやすい。私たちは、だまされる事があり、御注意。。。。
  小さな親切を、一つづつ、なしていく。
  実行できない時には、心の中で、つまり、祈りです
  祈りすら、困難なときは、天地一切に感謝して、ゆっくりと呼吸を、
  かならず、響き合います。
  よき友人をもつ事。 古今東西のなかにも。   貴方だけの親友が、必ず待っています。

      煩悩(ぼんのう)強い人ほど、悟り(さとり)は深い。
      悪人こそ、救はれる、まして・・・。 
      自分を、あきらめては、ならない。
                   駄弁です                  残月       合掌 

12-15 冬の風光(4)

   昨日は、暖かな一日でした。  本日は、雨ということで、T氏が集中して落ち葉はきを、してくださいました。 まことに、有難い事でございます。    T居士と、およびしたい気持ちですが、断固拒否するような男です。  (居士)とかいう様な抹香くさいのは、いやだ、、といいそうです。  女性は(大姉・たいし)と称します。  本来、 剃髪(ていはつ)(頭の毛をそり落とす)はしていないですが、<仏教>を信じて、<寺院>に貢献してくださっている方々を、感謝をこめて、このようにおよびさせていただいています。  現代は、死後、<戒名>(かいみょう)として、寺院から、授与されることが、ほとんどになってまいりました。

   葬式もしない、いらない。 当然、戒名もいらない。 火葬して、散骨(さんこつ)して、おしまい。 お墓もいらない。 堕落(だらく)した僧侶にお<布施>(ふせ)など、もったいない。(笑)    非常に、簡単で、安あがりで、おおいに結構という様です。     このように、できましたら、<達人><聖人><解脱者><菩薩>、人間界・現代社会をのりこえた<超人>です。  しかしながら、 なかなか、できない事でございます。
   (生まれて来て、死ぬ)・(生まれ、苦しみ、楽しみ、死ぬ)・(産んでもらい、育ててもらい、生かされてもらい、この世をさる)・・・・・・・・・・・色々(いろいろ)・様々(さまざま)・千差万別の生活・人生であり、当然ながら、とらえ方・人生観・世界観は、一様ではありません。

   しかし、<人間>として生まれたからには、(わたし)を意識する生命として・(我)を自覚する生物として・(ことば)をあやつる動物として・日々を積み重ねる歴史的社会に生きている現代人として、、、、、、たしかな、もの・考え方・物事のとらえ方・他人へのまなざしの在り方・生命観・生死観・・・・が、ほしいものでございます。         長い駄弁です              残月       合掌