2-19 涅槃会 <5>  無我の喜び

    桜のおしらせ・・・・・・・寒風が、吹き荒れています。 
                 足のかかどの、ひびわれが、とても痛い(笑)。

  どなたも、< 我の苦悩 >をご存知です。
  どなたも、< 無我の喜び >をご存知です。

  < 我 >を捨てること、とても、むずかしい。
  < 我 >を離れること、から。

  < よい行い >とは、< 我 から 離れること >
  < 善を積む >とは、< 我 から 離れること >
  < やすらぎ >とは、< 我 から 離れること >

  < 我 から 離れること >とは?

  < 自分を捨てること >なのか?  ちがう。
  < 自分を粗末にすること >なのか?   ちがう。
  < 自分を愛さないこと >なのか?   ちがう。
  < 自分を嫌うこと >なのか?   ちがう。

  < 自分以外に たよる >    ・・・・
  < 自分以外に まかせる >  ・・・・
  < 自分以外に まなぶ >   ・・・・
  < 自分以外に あまえる >  ・・・・
  < 自分以外に おねがいする > ・・・・

  < 自分 >と< 自分以外 >の( よい関係 )を、もちたいものです。

  < 我から 離れると、( 光 )に、出会える >ことを、
  どなたも、ご存知の< 無我の喜び >を、
  根本・基礎にした関係でございます。    つづく

       駄弁です       残月      合掌

2-18 涅槃会(ねはん え) <4>  我の苦悩

    釈尊が亡くなった情景の< 絵図 >に、人間・弟子・動物・昆虫・人間界以外の何か・
   また、あらゆる生物が、回りを取り囲んでいます。  何故なのでしょうか。

    私たち生物は、生きるため・生存のために、< 我 >をもち、その維持・存続のために、
   ほかの・他の< 我 >と、< 対立(たいりつ) >し、苦悩します。

    私たち生物は、苦悩して当然だと、思いこんでいます。
   でも、釈尊は、簡単に言っています。 「 < 我 >は無いのだから、苦悩は克服できる 」。
   言葉で語り、自分で、その生きざまを、皆に見てもらったのでした。
   あらゆる生物は< 我 >に苦しむ。 ( 特に、人間は。 )
   しかし、あらるる< 我 >もつものは救われる、という< 絵図 >なのでございます。
   
    < 我 >が無ければ、この< 私 >は何なのだろうか?
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 仏の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 神の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 真理の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 天地の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< あなた >である。

    地球の上の 私たち人間は、
   < 我 >と< 自然 >との、対立・共存のみならず、
   < 我 >と< 我 >の対立・共存で、生存てきました。
   < 支配する・支配される の世界 >です。
   今もそうかもしれません、おそらく、まだまだ、残念ながら、いたるところで。
   でも、日本にかぎるなら、戦国時代は終わっている。(経済界は知らない)
   
   そして、私たち自身も、< 我 >と< 我 >の対立の戦国時代を終わらせ、
   < 無我 >< 仏心 >による生存界( 家庭・地域・町・社会・共同体・・・)
   を、一歩一歩、少しずつ、築いてゆきたいもので、ございます。
     語り尽くされた事です、申し訳ございません。  ただ、私たちは、
   共に、実践・実行していきたく存じます。    切に、 お願い申しあげます。

           駄弁です         残月     合掌 

          

   

2-17 涅槃会(ねはん え)  <3>

   楽しく人情あふれ笑いをさそう落語のようでもなく、厳密で歴史的に正確な大学の講義のようでもなく、
<小生が、今、この世から、消える( 身体 )とした場合の、遺言みたいなもの>でございます。  駄弁・蛇足だと存じます。

   人間に生まれ、育てていただき、学校に通わせてもらい、社会の中で、生かされ・生きてまいりました。
「 人間とは何か? 」「 いかに 生きるべきか? 」「 この世とは  何なのか? 」「 私とは 何なのか? 」・・・・・・・
まさに、青臭い、悩み・問題に、とらわれてきました。(笑)   一応、真剣に。(笑)
   生まれて、56年後、このように、本堂も解体したような山寺の僧侶に、なっています。何故なのか?(笑)
沢山(たくさん)の、為すべき事・課題・問題は、かかえていますものの、皆様方( 有形・無形 )守られ・支えられていて、
< 至福・歓喜 >でございます。

   嵐山・大悲閣の自然のすばらしさ、< 人間のすばらしさ >を、共に味合いたい、と願っています。

   仏教の用語を使わせてもらえば、< 菩薩 ぼさつ >(さとりを もとめる人・自分と自分以外を、よくしたいと願い祈り行う人)
 の< 場所 >に、なれたらいいな、ならねばならぬ(笑)と存じます。

   少しでも、自分と自分以外を高めたい・良くしたい・役にたちたい、また真の< やすらぎ >(さとり)をもとめる人々・命・心・物・・・
の、お役にたてる< 場所 >< 寺院 >に、なっていきたく存じます。   どうか、皆さま、よろしくお願い申しあげます。 

   涅槃<3>の、まえがきのつもりが、長くなってしまいました。申し訳ございません。

      古代インドの言葉・ニルバーナからきています。
 「 ニル 」  無い という意味です   ( ニヒリスト・虚無主義者・あらゆる価値を認めない )
 「 バーナ 」  炎 ほのお     ( ガス バーナ )(  自分・自分以外を 焼くような 感情の炎・激情か? )
 「 ニルバーナ 」  つまり、・・・・・・・・・・・・・・・です。   < やすらぎ >の1つでしょう。

 ・ 命・心を自覚した生物・< 菩薩 >として、共に、この世を、生きぬきたいと、切に、願います。

      駄弁です                   残月          合掌
 

2-16 涅槃会  <2>

   釈尊は、< 行い・おこない >が、一番大切である、といいました。
  という< 言葉 >がございます。(笑)   ( 言葉使っているから )( 方便・ほうべん ですか)(笑)

   私たち人間は、< 生まれ >< 育ち >< 顔・姿 >< 社会的地位 >・・・・・・・のみで、
人を判断しがちである、とにかく、古代インドでは< 生まれ >が、全てであったのでしょう。( 現代のインド以上に )

   その時代に、人間の価値( いい・わるい )は、< 生まれ >でなく、< 行い >であると、言いきっています。
この< 言葉 >と、この< 言葉 >を実践実行する釈尊に、どれだけ多くの人々が、救われ・安心し・生きて行く
< 希望 >をもつ事ができたでしょうか。
  現代インドにおいて、「 カースト(身分)制があり、輪廻転生( りんね てんしょう )を説くヒンズー教世界 」において、
仏教は、少しずつ、支持され・信じられ・< 心のよりどころ >になっているそうです。  当然ながら、身分制に
しいたげられ・苦しんでいる人々です。   また、真の人間中心で< 平等 >社会をめざす方々もそうです。

   < よい行い >が全てである。
   < よい行い >によって、安心をえる事ができる。
   < よい行い >によって、救われる。
   < よい行い >によって、幸福になれる。
   < よい行い >によって、悪からはなれる事ができる。
   < よい行い >によって、苦悩からはなれられる。
   < よい行い >によって、運命をかえる事ができる。

   < よい行い >とは、どういうことでしょうか?
   ゆっくりと、<思いめぐらす>ことを、共に、いたしましょう。
   < 閑坐 >< 数息 >< 正心 >< 冥想 >・・・・からです。

   古人いわく      善をなし  悪をなさず  
               「 この心を  清くする 」

          駄弁です                残月            合掌

2-15 涅槃会( ゴータマ・シッダルタ の御命日 )

   昨日から、つづきます。

 何故、釈尊の< 言葉 >が、すばらしいのでしょうか?
 何故、< 言葉 >が、< 教え >として、受け入れられ、学ばれ、また、実践されてきたのであろうか?
 何故、迷い・悩み・怒り・悲しみ・争い・うらみ・愛し合う・助け合う・・・・私たち人間の< 苦しみ >克服の< 教え >< 道 >
     と、なったのであろうか?

    仏教  < 釈尊の  言葉( 教え ) >

  もし、かりに、あなたに、< 苦しみ >があるのであれば、< ほとけ・仏・ブッダ >に成りなさい。
  もし、かりに、あなたに、< 苦しみ >があるのであれば、< ほとけ・仏・ブッダ >に守られていると信じなさい。

  人生の< 苦しみ >は、私たちは、普通には、なかなか、感じきれないといいます。
  やはり、まずは、人生の< 楽しみ >を、( ある程度 )味会うことが、大切です。
  また、人間として、最低限の< 食べ物・飲み物・着るもの・寝る所・仲間・・>が不足していては< 言葉 >はいらない。
    宗教・経済・政治・教育のことは、ゆつくりと、考えていきましょう。(笑)

         三法印( さんほう いん・三っの仏の教え・しるし )

      諸行無常( しょぎょう  むじょう )( すべて、常なるもの は ない )(  全て、変化・変身・変心・・・・かわる  )
      諸法無我( しょほう  むが )( すべて、我<個・実・・>は ない )(  全て、個人・個体・実物・・・・・ない  )
      涅槃寂静( ねはん じゃくじょう )(  やすらぎ・まんぞく・こうふく・せいじゃく を 得た・獲得 いえ 成就<じょうじゅ>した)

                無常・無我にて、< 歓喜 >した人々の流れが、< 仏教 >になっている。
                無常・無我にて、安らぎ・満足・幸福・静寂になれます。
    私たちは皆、< 大慈悲 >の< 光 >に、つつまれ・いやされ・そして  慈悲の< 光 >を発していくことでしょう。

         言葉たらずの駄弁です                    残月           合掌

2-14  春の気配 と 小さな祈り

  桜の木々を、眺めると、春の気配がいたします。

 できの悪い生徒である愚僧の、パソコンの先生・ブルース兄様に相談いたしました。
「  ホームぺ―ジに、この春、桜の写真とか、のせれないでしょうか?  」
「  できますよ  」(兄)   「  この物覚えが悪い私が、ですよ・・・・  」
   ありがたい事に、御時間をいただき御教授いただけそうです。
  皆さま方、どうか、御期待くださいませ。(笑)( できるかな? )

   < 46億年の地球の歴史・10万年の人類の営み・5000年の人間の成果 >
と、特に、ここ30年間の科学技術の発達により、このような精神の交流ができるようになってまいりました。  まことに、ありがたい事でございます。   全ての存在が( 安らぎながら交流し、共に成長したい )ものでございます。

  ( 小さな祈り )
   全ての存在< 森羅万象(有形のもの)・無形の何かのもの >が、安らぐことができますように。     そして、小さな自分の立場において、このことを、実践実行していくことができますように、 どうか、お守りくださいませ。

   明日・2月15日は、
  仏教の教祖であられる、釈尊( インド・ネパールの釈迦族の尊者 )の
  御命日です。 涅槃会( ねはん え )が、大寺院では厳修(げんしゅう)されます。
   仏教系の幼稚園では、涅槃図といはれる大きな絵を、子供たちに見てもらいます。
  皆様方も、御存じのことでしょう。  沢山のお弟子様がたに囲まれ、また、人間界以外の  存在にも見守られ、そして、あらゆる生物・みみず・むかで・昆虫・・・・・動物たちが、
  集まり嘆いて、別れを悲しんでいます。  生母のマヤ夫人が天上界から、御薬を持って
  飛来してきます。・・・・・・・・なんという・・・・・・・。
                                  つづきます

        お祈り                 残月         合掌

2-13 冥想について  <9>・心の余裕

 ( 冥想について )において、<2>の一つ前です、
ある人の体験談を、記述させていただきました。 「 足が 痛くて  痛くて 痛くて 」
「 とても、つらかった 」 「 10日間でした 」と。「 いい体験を、してきましたね」(私)。

 私たちは、身体・肉体的に、( つらい事 )を体験することが、少なくなってきています。
( つらい事 )を少しでも、減らそうと努力するのが、人間の( 意欲・知恵・文明・・・)ですから、当然かもしれません。  現代日本人は、たいがい、昔・昔から考えたならば、王様・貴族の生活です。
 人類・10万年の生活の積み重なり上にあり、人間5000年の歴史の成果の賜物です。

   < 賜物・たまもの >を、< 賜物 >と思えない私たちは、古今東西・同じように、堕落し・虚栄・争いに明け暮れる、楽しくそして、悲しい日々となる事でしょう。

    < 高慢・傲慢・慢心 >・・・を、少しでも、減らすために、(思い めぐらしたい )
                      46億年前
                      10万年前
                      5000年前
                      2500年前
                      1000年前
                      500年前
                      100年前
                       50年前
                       30年前
                       10年前
                        3日前
                        1日前

    母親の御腹( おなか )の中では、この時間の流れを、追体験するという。
    そして、はじめて、< 人間 >になるという。  肉体的にである。
        精神的に<人間>になるには、どうしたら、いいのでしょうか?
  現代子の教育には、今、不十分ですね。  縄文人の生活から体験させてやりたいです。

      五千年の汗・涙・血・心・神・仏に感謝しつつ      嵐山  残月  大合掌

2-12 冥想について<8>

   京都の桜の開花予報は、3月25日くらいです。 まだまだ、寒いですね。
知人のお花屋さんからいただいた、山形の( けいおう桜 )が開花しています。
お花をみていると、なんだか嬉しくなってまいりました。 つらく感じる冬だけど、もう少しで終わりになりそう、と。  環境に左右される< わが心 >です。(笑)

  小さな< 心の揺れ・振れ・ブレ >は、楽しく感じないでしょうか?
< 変化・無常(むじょう) >を、味合い・楽しめるようになりたいものです。
そのためには、まさに< 心の余裕 >が、必要だと存じます。 
   小さな変化に、ビクビクしない、出来事・物事は、< 無常・無我 ( 変化する・自分の我も他人の我も無い >という想定内( そうていない・予想・許容範囲の内 )の事と。

  変化は全て、ただ 変化であり、そのことを、( ありがたく・おもしろく・ゆかい )に感じられたら、人間幸福であります。  しかし、ながら、自分にいい変化ばかりでは、ありません。
 つらい・悲しい・苦しい・せつない・嘆(なげき)かざるおえない事も、私たちの人生には、とても多いです。   この事に、耐えることができるのか?
  1000年に1度のこともある、100年に1度のこともあり、たまたま、様々な事柄に出会ってしまう。
  なんとした事であろうか?  どのように、考えたらいいのであろう?  どのようにして、耐えたら いいので あろうか?

  < 心の余裕 >を、広くする・ひろく ひろく ひろく する。
               深くする・もっと もっと ズートとふかくする。
             と、どうだろうか?

  < 心の余裕 >をつくるのが、<冥想 めいそう>ともいえます。
             どのように、なすのか?

          ・ ( 閑坐 )( 数息 )から
          ・ ( 知恩 )( 感謝 )から
          ・ <思いこみを  少なくする事 >から
                                     つづきます

    駄弁ですが、心をこめて         残月        合掌 

2-11 昨日の<客殿>は、元旦なり。

  雪はございませんが、寒さが身にしむ朝でした。
皆さま方の、御住みの町はいかがでしょうか?  日本も世界も広いですね。
地球・世界の半分は、暖かな< 夏 >なのですよね。 とても広く感じます。

 ・ 10時から、嵯峨・角倉町の稲荷神社の祭りに参加いたしました。
  町内で、大切に、お守りしてられます。
  「 神さまの御蔭で  みんな こうして集まることができる 」とおっしゃられてました。
  近くの、観光で有名な<野宮神社>の宮司様がおいででした。 30分近く、色々教えて
  いただきました。  インドへも、3回ほどいかれていらっしゃるとか、すばらしい。
   稲荷神社の真後ろに、陰陽師( おんみょうし )として有名な、( 安倍 清明 )の御墓
  がございます。

  ・ 1時から、<客殿>で法要です。
   昨年は、仮本堂前で、寒風の中での読経・御焼香でしたが、本年は暖かです。
   畳の上なので、正式な礼拝ができました。 韓国の方々なので、今の日本人より丁寧に
   御先祖様を、御供養なされます。  五体投地( ごたい とうち )のような礼拝です。
   イスラムの礼拝ににていますし、僧侶の正式な、額(ひたい)を、大地にこすり着けての
   < 心の表現 >です。  < 自分を捨て、捧げ、敬意を表し、感謝する 心の表れ>
   です。  チベットのお話はすばらしいですね。 また、いつの日か。

   ・  その後、朝鮮半島と日本の関係を話し合ったりしました。
    角倉了以翁の息子・素庵さんと、朝鮮の儒学者・かんはん先生の御蔭で、
    徳川幕府の朱子学者・林 羅山先生が、江戸へ行かれたという事でございます。
 
   ・   その後、中国人 留学生に、仏教について、説明しました。
     「 般若(はんにゃ)の意味 」 「 南無阿弥陀仏の意味 」
     日本人の老若男女もいらして、いい法話になりました。 彼の質問のおかげで
     より深く、より丁寧に、お話することがてきました。   その中に、幕末の( 佐久間
     象山 )を研究している、タイ人留学生もいました。
         いい正月元旦と、喜んでくださいました。  こちらこそ でございます。
       ありがとうございます。  皆さま、兄弟姉妹です。 本来 東西南北は無い。

    言葉は違っても、<心>は同じですね        残月        大合掌
  

2-10 冥想について<7>・観音像

  寒い日々です。  いかが御過ごしでしょうか?
今朝は、コメント・メールに、少しだけ(返信)いたしました。
これから、メールの日時を作って、きちんと御返事できるようにしたいと思います。
どうぞ、御感想・御意見・御文句(笑)を、御伝えてくださいませ。
  <一人よがり><身勝手>を、軽減するために。
        何卒、平に、 お願い申し上げます。

  十一面千手観音菩薩像????11個の顔・頭を、持ってらっしゃる。
                      11人分の頭を持つ、うらやましい。
                      11の異なる立場にたてる。
                      11の異なる意見を聞き理解できる。
                      そして
                      1000本の手を、働かせる。
                      すばらしい、うらやましい。

    私たちも、いやな事があっても、すぐに、カッとならないようにしたいものです。
  とにかく、色々な立場・様々な意見が、あるという事です。 私も、その1つにすぎないとい  う事を、忘れないようにしたいです。
    でも、優柔不断(ゆうじゅう ふだん)で、判断できず、グズグズして、機会を失わないよ  うにしたいものです。  判断し、実行し、責任をとる。 失敗でも貴重な体験となる。
    < 活かす いかす >という観点・< 頭 >を忘れないようにしたいです。

    そのためには、1月26日・暦日(れきじつ)で、お話させていただいたような、
  < 第3の手帳 >が、やはり、私たちには、どうしても、必要なのかもしれません。

    その時・その所だけの、感情・気分・思い・快不快・・・・・・・に、のみ、
   ふりまわされ・支配されないように、なりたいものでございます。
     ( 環境に支配されない、本当の自由のためにも )
     ( どのような環境でも、まず、受け入れる事から、、、、)

           駄弁です               残月        合掌