4-19 差し入れ  

       < 我 >について、
       < 死 >について、
     < 梵我  一如 >について
    私たち人間の、目的・意味・役割・
   わたしたちの、( しあわせ・よろこび・たのしみ )について、
  毎日を、どのように、過ごしたら、よいのだろうか、とか?
 ごいっしょに、考えたいところですが、・・・本日はお休みです。( 笑 )

    世の中、
   事故・事件・災害・戦争・争い・紛争
  病気・ケガ・失敗・間違い・借財・借金・過去・未来・・ 問題だらけです。
 何もできてませんが、解決に挑みたいですが・・・・本日はお休みです。(笑)

   ( 利 )の世界において、
 ( 義 )の世界を、考え・実現したい気持ちも ・・・本日はお休みです。(笑)

      昨日は、「 差し入れ 」 に行ってきました。
  刑務所にいる人・友人では、ございません。
  病院・精神科の閉鎖病棟にいる人・友人では、ございません。

      禅宗の道場へ、行って参りました。
  まさに、< 刑務所 ・ 閉鎖病棟( カギのかかった部屋 >のような所へ、
  「  食べ物 」を、持って行くという、感じです。
   (   修業中の、皆に怒られる・・・・ゴメン・ゴメン・・・・    )

      四月の道場は、新しい入門者がいます。
    15日から、1週間の、< 地獄のような坐禅 >( 私だけ )(笑)
    を、体験します。   ・・・・・・・・・

      <  何も  しない  >ことの、苦しさ。
      <  手・足 を 動かせない  >ことの、苦しさ。

      
     ・ コロッケ 一つ  あの感動  あの歓喜よ 。

         「  目の前の  コロッケ一つ   おどろきて
               口に はいりて  われを わすれる   」

      駄弁です。 苦しさよ・・。      残月    合掌

      

4-18 今年、5月の法要について。

    昨日に、つづき ます。

 「 寺院が建立される場合 」

   ・ 開山( かいさん ) 山を開き、道場をつくる僧侶 、
   ・ 開基( かいき )  経済的支援してくださる人物が、存在いたします。
   
   ・  建立( こんりゅう )の発願( ほつがん )は、
      開基の御方、もしくは開山の僧侶、また他の人物です。

 「 嵐山 千光寺 の場合 」

   ・ 開山    嵯峨 二尊院 19世 < 道空  了椿  和上 >
   ・ 開基    豪商 <  角倉 了以 翁  >でございます。
   ・ 発願    (  保津川開削工事 犠牲者の 御供養のため  ) 
            隠居所を、寺院となす。 
            荒廃せる < 嵯峨 中院、  千光寺 >を移転し、
            嵐山に、中興する。

 
  「 5月の法要のついて 」  ( 了以翁 400年忌 )( 1614・7・12 )

      亡くなられての法要、400回忌にあたります。
      遺徳・業績に感謝し、冥福をお祈りする追善供養です。
      また偉業を顕彰し、後世の私たちの鑑とさせていただき、
      混迷の現代世界を、よりよく生きぬくための御力をと、
      願奉る行事でも、ございます。

    ・ 5月12日( 日 )  午前 11時より
                  嵯峨  二尊院( 了以翁 菩提寺 ) 本堂にて
                            ( お墓が ございますよ )
                  400回忌 法要。
          <  二尊院さま からの、 御案内の方々のみです  >
          <  一般拝観者の方々も御焼香できます。  拝観料、お願い致します。 >

    ・ 5月13日( 月 )から    5月31日( 金 )   19日間。
                    午後 2時から  3時まで
                   嵐山 大悲閣   千光寺・
                   400回忌記念大改修された< 新客殿 >内にて
                   どなたでも、御参加くださいませ。

    ・ 7月12日( 土 )    思案中
    ・ 0月0日( 00 )    思案中

    ・ 秋、一案あり

               どうか、よきアドバイスを、くださいませ。 
              よりよき法要・よりよき寺院のためで、ございます。
             おたのみ申しあげます。
  
             御質問等ございましたら、どうぞ、御遠慮なく御よせくださいませ。
            携帯でもかまいません。  090?2062?9710 です。

        御案内でした。         残月     大合掌

              

4-17 お詫び  ・ 御案内の< ハガキ >の訂正

    嵐山 大悲閣  千光寺から
  < 千光寺 開創 750年 ・ 中興開基 角倉 了以 400年忌 法要 >
  のご案内を、現在出させていただいている最中です。
      <  御参加は、御自由です >

     ところが、誠に、恥ずかしいことに、間違えてしまいました。
   ここに、お詫び申し上げます。 迷わせてしまい、すみませんでした。
   訂正いたします。  教えていただき、ありがとうございました。

    「 期間の最終日・ 5月31日( 水 )のところが、正しくは
               5月31日( 金 )でございます。 」

     ・ 期間  5月13日( 月 )から、5月31日( 金 )
            < 19日間 >です。

     ・ 時間  午後2時から、3時まで、約1時間。
            般若心経三巻  ご一緒に 読経 ・ 御焼香
            法話(住職) ・ 茶菓どうぞ 。

     御案内のハガキは、芳名録に御記入いただいた方々へ
    出させていただいております。 数百人様宛です。
    愚僧、奮闘中です。 未着の方々は、しばらく御待ちください。
    御達筆と 郵便番号しらべで、苦労しています。 ( 笑 )

             法要案内、明日も、つづきます。

     < 朗報 >   毎年、一輪のみ咲く 御花のこと。

             「  ピンクなり  可憐な つばき  汝の名?
                 乙女椿と  オトメ ささやく  」

      お詫びと訂正と  小さな喜び   残月    大合掌
            
 
 

4-16 昨日の大悲閣

      新緑が美しく、
   山には、色々な< みどり >に、あふれています。
   なんという、美しさでしょうか。

      中東・アフリカの砂漠は、どうなのでしょうか?
   そうでした、< オアシス >があるんでした。
   そこだけは、水がわき出でて、< みどり >に囲まれ、
   生物が集まってくる、美しいところ。

      以前、25年以上前に、海外ボランテイアに行きました。
   色々な宗教の若者の集まりでした。
   「  もう議論はいい、 皆で、困っている人々のもとへ  」
   共鳴・共感・賛同して、参加しました。
   日本人は5人で、1人がアフリカから来るということで、
   「  え ・   いったい何者  ?   」
   私たち4人の日本人は、まさに固唾(かたず)を飲んで待って
   いました。  ユーラシア大陸の西の端で、アフリカ大陸の上
   である、ポルトガルのリスボンでのことです。

        すると、どうでしょう、
   真っ白な裾(すそ)の長いアフリカの衣装で歩いてくるでは、ありませんか。
   彼は、砂漠地方のボランテアをしているとのこと。 「  おー  」。
   「   イスラム教徒に、ならないと、皆といっしょに仕事できない  」と。
   なるほど、なるほど、なるほどでございます。
     砂漠の宗教、イスラム、きちんと学び理解したいものでございます。

       難民が、スラム化している。
    トイレ・シャワー室をつくる  ・階段つくり( セメントで )( 道がよくないから )
    言葉がたいへん。  でも、心は通じた。  いっしょに働いた。

    ・・・・・・・・・・・・・・   また いつか  お話いたします。

       なんと、小生・愚僧は、日本・嵐山の山中で、同じことを
    してきたし、しているし、しなくてはならないです。  ( 笑 )
    トイレは、立派に作っていただきました。  ありがとうございます。
    (  元翁 道元居士さま。 )
       < 道つくり >は、とうぶん、つづきます。
    道のために、土地の購入も、進めていかなくては・・・・・。
    ( できるか? )( できるさ ) ( 笑 )。
        
              つづく

    まさに、駄弁です、すみません。    残月     合掌

4-15 我について ( 8 )  ・死とは?<2>

      ・ 無我が  死なのか?
      ・ 没我が  死なのか?
      ・ 滅我が  死なのか?
      ・ 超我が  死なのか?
      ・ 大我が  死なのか?
      ・ 真我が  死なのか?

    色々な言葉があります。
  そのことで、私たち人間は、精神的に豊かです。
  日本語の中には、世界中の言葉が翻訳され入り込んで
  入るそうなので、日本人は恵まれているという海外の方々は、
  多いそうです。  ある国のアンケートの問い「 もし、来世があるとしたら、
  どこの国に生まれかわりたいか? 」、すると、< 日本 >という答えが、
  多かったそうです。

     

      ある一つの考えですが、以前< 我 4 >でお話いたしました、
  <  梵我  一如 >を、体験・体得するまで、何回でも、この世に生れてくる。
    たとえば、突然、私たちが、病気で・事故で・天変地異で・戦争で「 死 」
  を むかえたとしても、 人間の究極の仕事・目的のために、
  かならず、かならず、もどってくる。  と。。
     ( どのようなカタチなのかは、知らないですが・・ )

     もし、この自分・この一生で・この日々の生活で・日々の仕事で、
   < 梵我  一如 >を体得できたら、
   究極の幸福であり(笑)、あらゆる存在を、愛し生かして、
   よりよいこの世ために、尽くせることでしょう。 と。。

     そのための、日々の「 おこない 」「 ことば つかい 」
                 「 こころ つかい 」 どのように
                 したら よいのでしょうか。

                            つづく

   駄弁です、苦悩に負けぬために。   残月     大合掌

4-14 我について  ( 7 )  死とは?

      昨日、
   あらゆる存在には、役割があるのではないか。
   序列・価値・いいわるい・美醜・強弱・損得をこえて。

      学校は、学ぶ人が、いるかぎり存在する。
           子供たちが、いるかぎり存在する。(必要)
           若者たちが、いるかぎり存在する。(必要)
           向上心が、あるかぎり存在する。(必要)

      病院は、病む人が、いるかぎり存在する。
           病気の人が無くなれば、存在しない。
           病院は、存在が無くなる事が、目的・理想です。
           そのような日がくれば、本当にいいですね。
           病気の克服は、生物の究極の目的・悲願です。
           老化・老衰は、しかたがないですね。

      寺院は、死ぬ人が、いるかぎり存在する。( 現代日本 )
            苦悩する人が、あるかぎり存在する。( 今の日本では・・)
            先祖に、感謝し冥福を祈るために存在する。

      百貨店は、物品が必要なかぎり存在する。
      車製造・販売店は、車が必要なかぎり存在する。
       ・
       ・
       ・

      < 我 >の存在目的・意義・価値とは、なになのだろうか?
      < 我 >は、何故・なにゆえに、存在するのだろうか?

      < 我 >を、大きくするためか?
      < 我 >を、小さくするためか?
      < 我 >を、ただ存続させるためか?
      
      < 我 >は、無くなる。 消える。 「 死 」をむかえる。
            なくなり、きえるであろう< 我 >とは何か。
            「 死 」とは、何か?
            すると、またしても、
            「 生 」とは、何か?
            すると、やはり、
            < 我 >は、どうあるべきか? になります。

     
        ・ あわてず、ゆっくりと、考えたいと存知ます。
         考えている日々、丁寧( ていねい )に生活しながらです。
         あらゆる存在・< 我 >< 命 >< 物 >を大切にしながら。
        こと・ひと・もの・にたいして、 尊重しつつ、粗末にしない日々です。

         つよく・やさしく・たくましく・うつくしく  生きぬくために。

       ( できない・ きれいごと・ ことばのあそび と、大笑いでしょうが。 )

        
          駄弁です、でも真剣です。    残月     合掌

4-13 我について ( 6 ) 千光寺の<我>2

    あらゆる存在には、役割があるかもしれません。
  ある修行で< 役に立たぬものを、探して来い  >というのが
  ございます。  はたして、あるのでしょうか?

    頭を使い、心を使い、五感を使い、さがしてみる。
  ゴミの問題では、ありません。( 笑 )

    以前、ある会社の入社試験で、1番とビリは、必ず採用すると言って
  ました。  試験の< ビリ >を、生かせない集団・組織は、
  ダメなのだ、よくないものになる、と。  なるほど。 すごい。
  現在も存続している立派な会社です。

     先日、アメリカの軍隊の学校の卒業式のお話をはじめてしりました。
  組織の中の組織の軍隊だから、秩序・序列がきっちりしている事でしょう。
  しかし、卒業式では、< 序列のビリ >の学生を、皆で祝福するそうです。
  いいですね。  この祝福された若者が、立派に活躍し、組織の序列を
  登り進めたという事もあるそうです。 ( 当然です  笑  )  

     < よい仕事 >ができたら、とにかく、いいですね。

    オリンピックでの序列も、素人の小生・愚僧には、1番も10番も
  同じように見えます。(笑)  とくに、・・・・・・など。
     しかし、私たち人間集団・組織・社会・国家・世界には
  必要なのでしょう。  励みになるのでしょう。  ・・・・・
    でも、あえて、< 序列 >をつけているという事を
  忘れては、なりませんね。  あえて。

    1番と100番を、同時に見る考えるのが、
  < 心の世界 >ともいえます。  おもしろい。
 <  おもしろくない、やってられない >という人もいるでしょう。
 <  区別・違い・格差・価値の上下こそが、商売・仕事・人生だ >とも。
     ( 大笑 )

   < 心の世界 >は絶対必要です。
   < 1番も  100番も  同じ >の世界。
   これが、ほんとうの仏教であり、寺院の存在意義の、
   重要な一つです。

       千光寺の歴史から、( 千光寺の< 我 > )を語り、
   私たちの< 我 >を考察するつもりが、曲がってしまいました。(笑)
  
     今日一日、お互いに、< 我 >を活かしましょう。
   よい歴史・わるい歴史をもつ、< 我 >ですが。( 笑 )
   < 我 >は、( < 無我 >の自覚 )により、歴史をこえる
   ことが、できます。         つづく
   

      さきほど、60分前、関西ですごい揺れが
    ありました。  地なりが・・・・・・と、でした。

        まさに、駄弁でした。    残月    合掌

4-12 我について  ( 5 )  千光寺の<我>

       昨日は、滋賀県の大津の方々が参詣してくださいました。
    ありがとうございました。 琵琶湖があり、美しいところからでした。
  客殿が改修されたと知りましたし、< 法話 >してとのことでした。

     400年前に、角倉 了以翁によって、再建された嵐山< 千光寺 >は、
  嵯峨・小倉山・二尊院・19世 道空 了椿 和上が、御開山であり、
  四宗兼学(  天台・真言・律・浄土 を 学び伝える )の寺院だったようです。

     750年ほど前に、後嵯峨天皇の勅願寺として創建された
  嵯峨< 千光寺 >は、鎌倉・建長寺の( ごっ庵 ふねい 禅師 )により、
  開山されたようです。  北条 時頼公( ときより )の師匠でございます。

      
     200年前には、京都・宇治・万福寺の和尚により中興されました。
  黄檗宗という新しい仏教で、江戸時代・中国僧・インゲン豆の隠元禅師
  より伝えられました禅宗でした。  複雑・難解な仏教を、浄土と禅に、
  簡略・わかりやすくした教えでした。

      現在は、先代住職が、宗派より独立しているので、本山は
  ございません。  愚僧が、臨済宗( 禅宗の一つ )の出身ですので、
  <  臨済系 単立 寺院 >という表現が正確です。

    平成の嵐山< 千光寺 >の再興にあたりまして、
  400年前のありがたい御縁にすがり、二尊院42世・大僧正御住職の御慈悲のもと、
  力不足・徳不足・ 学不足・・・諸不足にくじけず、多くの方々に助けていただきながら、
  日々邁進いたしているのが現状でございます。   
     
     よろしくお願い申し上げます。    
                                (  つづく  )

     ・ < 千光寺 >の< 我 >は、たえず変化しております。
      < よりよさ >を もとめての、変化だったと存じます。
       現状克服のための、変化だったと存知ます。
      

     駄弁です、 歴史のこと。     残月    合掌

4-11 若葉の美しさよ

    なんという、美しさなのでしょう
  桜がおわった山寺の、新緑の世界。
  なんという、素晴らしき事でしょうか。

    本当ですよ。
  心から、美しいと存じます。

    きっと、皆さま方のお近くも、
  美しい事と存じます。

 「  ありがたい。
   もったいない。 」
  と、感じるのは、
  あまりにも、宗教的すぎますね。( 笑 )

     < 美しさ >を感じている時は、
   < 無我 >( 我が 無い )かも、しれません。

     嵐山・大悲閣の  客殿からの景色・眺望を、
   < 絶景 >と感じて、 言葉を失い、思いが消えた時は、
   < 超我 >といえるかもしれません。

     なんという、さわやかさ。。

      昨日、イギリス人の御家族の方々が、ゆっくりと、
    一時を、味会われてました。 
        そばにいた、私も( しあわせ )。(笑)

    ・  若葉の頃に、必ず、頭に浮かんでくる一句があります。

         若葉して  御(おん)めの雫(しずく)  ぬぐはばや   < 芭蕉 >

            奈良・唐招提寺の、鑑真和上の御像前にて。
           
           「  お二人の  御こころ一つ  若葉かな
                時をこえたる  初夏の風ふく   」

     ・  先日、芭蕉の葉を、はじめて教えていただいた。
        ありがとうございます。

           「  花のよな  花みせおみな   花こころ
                 花をあいして  花そだてる   」

       ・ 初夏の風         残月     合掌       

4-10 我について   ( 4 ) ・ 梵 ぼん

     < 我 >の色々
         ・  小我
         ・  大我
         ・  無我
         ・  超我
         ・  真我

  <  「 生かされて 」 「 生かして 」 「 生きぬく 」 わたし。 >
  この文章には、四つの< 我 >が入っているのでは、ないでしょうか?
  考えてみると、おもしろそうです。   ・・・・・

      
      古代インドの哲学について、お話したいです。

  人類は、アフリカから広がっていったのは、確かなようです。
  すると、当然ながら、( 物 )、
             ( 物の作り方 ) 
          ( 物を どのように 考え 納得してきたのか )なども、
       インド・中国・朝鮮・日本・・・今は、アメリカ・ヨーロッパへ・・・という、
      一つの流れがございます。

     また、この「 一つの流れ 」の中の一つに、
   < 梵 (ぼん) >をつかった考え方がございます。
   ご存知の方々も、多いことでしょうが、・・・。

    ・ 自分・私の 奥(おく)にある、根源にあるものを、
      原理を、 < 我 >( アートマン )という。

    ・ この宇宙の根源・原理を、
      < 梵 >( ブラフマン )という。

    ・  この< 我 >と< 梵 >を、一つすることが、
      私たち人間のもとめる事・もとめるべき事である。

       < 梵我  一如 > ( ぼんが  いちにょ )、
       < 我 と 梵 が  一つになる >こと、こそ、
      私たち、人間存在の究極的( 笑 )、目的・目標である。 と。。

       おもしろいです。
       おもくるしく、考えないでください。( 笑 )
       この< 一如 >は、大歓喜なのですから。( 大笑 )

                           つづく

           駄弁です         残月      合掌