3-4 第4回  法話 (法坐)

     昨日の大悲閣・・・     気温五度  手足冷たし  春いずこ
                       四人で読経  四人で閑坐

    第一回   11月5日  懺悔(ざんげ)・感謝・祈りが なければ、
                   空(くう)( からっぽ )に なれない。
  
    第2回    12月2日  閑坐(かんざ)
                    ( ゆっくり  ゆっくり すわる )
                    ( ゆっくりした 心  )
                    ( 全てから  はなれる )
                    ( しばし  忘れる )

    第3回     2月3日  出家(しゅつ け)
                    家から出る(善悪から出る)
                    しばらく、はなれる
                    100年前
                    100年後を考える。

    第4回     3月3日   30分の読経
                     大きな御声にて
                     1・ざんげ文
                     2・開経偈
                     3・般若心経 3巻
                     4・世尊偈 (観音経)
                     5・延命十句観音経
                     6・回向
                     ・ 閑坐( 30分 )
                       無限の< ひかり >を浴びる。
                       無限の< いのち >につながる
                       無限・かぎりなし・・・

       御報告       残月           合掌

3-3 思い込み( おもいこみ ) と 御念仏

  今日の嵐山・・・     紅葉や   あなたは どちら   どこですか
                   わたしは  ここよ   桜です  (笑)

   < 2月22日の時に、お話できなかったので、今日いたします。 >

     
     私たち人間は、( 思い込む )動物です。
     ( 思い込む )動物が、< 我 >を、もつのでしょう。

     ( 善い・思い込み )は、人を成長させる。
     ( 悪い・思い込み )は、人を苦しめる。

     何かを、信じるこは( 善い・思い込み )。
     何かを、疑うことは( 悪い・思い込み )。

     ( 悪い・思い込み )から、
     離れられない時は、どうしたら いいのだろう?
     ( 善い・思い込み )を、たくさんもつ。
     希望・理想・こころざし・
     ゆめ・願い・愛・ちかい・・

     でも、  もてない。  苦しい。
     < 我 >を、捨ててみる。
     < 自分の思い、そのもの >を捨てみる。
     < 仏 >< 神 >に、投げ入れてみる。

     ( 思い込み )から 自由になり、
     真の< 安心 >と 真の< やさしさ >を、真の< ちから >を
     味合いたく存じます。

   なむ あみだぶつ ( 無限の 命よ  光よ )     残月   合掌

3-2 己を尽くす ( おのれ を つくす )  

    嵐山にて・・   春の雨  ざあざあ降りの  ほん降りや
               大地にしみて  虫も ピクピク

  
   尽己 ( じんこ )  ( おのれ を つくす )

 自分の( ちから )を 出し切ること。
 自分の( こころ )を 使い切ること。
 自分の( おもい )を 込め切ること。

 何かの< ため >では ない。

 何かの< ため >なんかで、あるものか。

 この ( 手 )を つかい 尽くす。
 この ( 足 )を つかい 尽くす。
 この ( 目玉 )を つかい 尽くす。
 この ( お口 )を つかい 尽くす。

 この ( ちから )を つかい 尽くす。
 この ( こころ )を つかい 尽くす。
 この ( おもい )を つかい 尽くす。

 疲れた、
 病んでしまった、
 ケガしてしまった、

 休もう、
 < 楽しい 休息 >・< 楽しい 睡眠 >。

 ・ 詩のように なってしまいました(恥)・(笑)。

   駄弁です        残月       合掌 

 

3-1 自分のため   金銭のため

   春ちかしーーー  春光や  北へとむかえ   いち早く
              500センチの 雪は  水ぞや

   < 自分のために  生きる >
   < 金銭のために  生きる >
 毎日の生活が、順調に過ごせたら、問題はないでしょう。
 < 自分 >の とらえ方、考え方、
 < 金銭 >の とらえ方、考え方、に無理がないのでしょう。
 日々の生活・御仕事を、していて、不安も疑問もないのでしょう。

   ただ、< 自分 >を、毎日、少しずつ、
 「 広く・大きく・そして 深く 」  成長していけたら、いいですね。
   ただ、< 金銭 >を、毎日、少しずつ、
 「 広く・大きく・そして 深く 」  成長していけたら、いいですね。

  すると、自然に< 世のため  人のため >になるのでしょう。
  人間、本来、< 自分 >ためには 生きれは しない。
  < ちから >が出ない。

  「 広く・大きく・そして 深い 」もののために、
  「 広く・大きく・そして 深い 」自分を、つくり、
  希望に燃え、 志( こころざし )をふるいたたせ、
  小さきを守り、弱さを助け、さびしさにに寄り添い、、、
  生き続けたいと存じます。

        草取りしても・ お皿洗うも・ おしめを替えるも
     < 自分・金銭・世・人・・天下のため(笑)・・・>
     < 神・仏さまのため >     つづく
   

         駄弁です     残月     合掌

2-28 世のため  人のため  観音さまのため

   嵐山 大悲閣からの 眺望を、
< 絶景 >にもどしてくださったのは、
長い間、社会を放浪していた方でした。
 
  家族に、苦しみ、
  仕事に、苦しみ、
  他人に、苦しみ、
  金銭に、苦しみ、
  物事に、苦しみ、
  病気に、苦しみ、
  けがに、苦しみ、
  自分に、苦しみ、
  
  世間に、追われ、
  浮世に、流され、
  
  山寺に、来ました。
  10年以上前です。

  そして、おっしゃいました
  何か、自分のできる事で、
  < 世のため 人のため >に、  ( 私は 久しぶり聞きました)
  尽くしたい。
  捧げたい。
  < つくしたい  ささげたい >と。
  
  <自分だけのため   「金銭」 だけのために 生きたくない>と。

 < 金銭とは 尊い( 労働 )の 「結晶」 >
 < 金銭とは 「善意」 のかたまり  >という、原点に立ち、
 その御方と、関係を築き、二人で < 命 >をかけた仕事をしました。

        駄弁です       残月       合掌

  

2-27 涅槃会 <11>  阿難尊者 2

     この事柄は、大切でございますので、
   < 涅槃・ねはん・ニルバーナ・寂滅・大安心・大満足 >を
   続けせて頂きたく存じます。

     阿難さんは、釈尊に、おつかえしていました。
   おそらく、毎日、御生活を共になさられた事でしょう。
   そして、直接、おしえていただけた環境にあり、( 多聞第一 )
   ( たもんだいいち )でございました。

     しかし、おもしろい事に、
   釈尊の御側で、一番近くの弟子でございます阿難さんが、
   一番おそく、 < 涅槃・・・大安心 >になられた、という事です。
   この世界に、早い・遅いは無いのですが、
   興味深いことと存知ます。

     どこが、面白く・興味ぶかく感じられるでしょうか?
   「 先生・師匠の 御側に い すぎる事 」
   「 親・先輩・指導者に  たより すぎる事 」
     教えていただくことは、重要な事ですが、
   依存し、たより・あまえては、よくないという事を
   教え示してくれているように感じるからでございます。

   
     あまえ・たよりすぎて いないだろうか?
    だから、イライラしたり・怒ったり・悲しんだり・・・しすぎるので
    はなかろうか?   共に、反省・注意したいものです。

    古人いわくーーー無依 真人 ( むい の しんじん・しんにん )
      ( あらゆることに、依存しない人こそ、 真の 安心・自由人だ )
       
          ・ お詫び  昨日の分   1?24・25   です

      駄弁です         残月     合掌
   

2-26 再考 ( 1?24・26  3冊の手帳 )

       1冊目ー社会人・学校人・家庭人・(集団・組織・共同体・・・・・・)
       2冊目ー自分だけの世界・心の世界
       3冊目ー永遠・無限・瞬間・超越・不二一如の世界・・・・・・

       1 を支える 2冊目の世界
       2 を支える 3冊目の世界
       3 を支える 1・2冊目の世界

       1 生活
       2 生存
       3 生命

       1 聞慧 (ぶんえ  聞いてみにつく知恵)
       2 思慧 (しえ   思ってみにつく知恵)
       3 修慧 (しゅうえ  実行してみにつく知恵)

       1 みんな のために
       2 自分  のために
       3 <・・・・>のために   (ため)がない

       1 世のため  人のため
       2 真・善・美のため
       3 命・心のため
         3冊の手帳を、持ちたいものでございます。
         バランスよく、かたよらずに。

        自戒ー私・宗教人の< いましめ >・4冊目を持つこと。
            持たないのなら、間違う。 ( 3が、1・2になるから )

     駄弁ですが大切です     残月       合掌

2-25 理想の心境  (2)

      故郷にて・・・・・・海と山  空気までもが  美しや
                  心にしみいる  老母の笑顔

      理想の心境 (1)  「 自分以外、皆、師である 」

    理想の心境 (2)は、
 非常に、むずかしい、人生の最後の< 心境 >です。 
 どなたも、だれも、わたしも、あなたも、その様には、< 思う事 >はできないと、
感じますが、記述してみたいと存じます。

   以前、20年以上前に、書店で取り寄せてもらった、アメリカ・インデアンの
長老の詩集です。  ご存知の方々も、多くいらっしゃる事と察せられます。
書名そのものが、( 理想の心境 )と、私は感じます。 私、できるかな? (笑)

   誤解を、招きやすいかもしれない。 実際には、アメリカで( 悪用 )
された事がありました。  ( 完全な誤解・曲解による、事件でしたが。 )

   愚僧は、やはり、記述できない。
ただ、(  笑って、死を、受け入れる  )という事です。
そのように、できるように、日々、< こころ と からだ >を、まさに、
鍛えて(きたえて)いかなくては、ならないなーーと存じます。

  このことは、< 自分以外に求めるのでなく、自分に求める事 >が、
  絶対の条件・前提です。 < 他者に求めては、ならない >。
 
    鍛えるとは< 鉄を、火で熱くし、打ったり、冷やしたり
  して、強くする事。  これを、繰り返す。 >ようなことですね。
  むずかしそうです。  でも、少しずつ、くりかえしたく存知ます。
  よりよき人生のために。  強い< こころ と からだ >のために。

      駄弁です( 京都から )    残月    合掌

2-24 涅槃会  <10>  阿難尊者

   キリスト教のイエス様の十大弟子のように、
仏教のお釈迦様の、十大弟子も、同じく人類のよき先生方です。
儒教の孔子様の御弟子方も、皆、立派で、かつ人間味に溢れていて、
面白い方々ですね。 きっと、他の宗教もそうなのでしょう。

  昔、修業道場に入る前、中にいる人々は、没個性の同じように
なってしまうのではないかと、心配したものでした。  なにせ、
同じ食事・同じ睡眠・同じ場所・同じおやつ(笑)・同じ先生・同じ・・
同じ事ばかり、同じ衣服だし・・・・・ところがどうでしょう。
 なんと、色どりあふれた個性どころか、奇妙な癖をもつような人ばかり
なのでした。 よくいえば面白く、わるくいえば変人のようです。(笑)
( 小生も、愚僧も、むかしから 変人といわれてますが・・  大笑  )

  例外も多いでしょうが、(笑)
普遍的な、真理・あるもの・あること・・・を求めていると
返って、個性的になっている・いく ような気がいたします。
 変わらない・何かを、求めているかぎり、
自分は、絶えず、変わっている・いかなければ、ならない
ような気がいたします。

  世間でいう個性は、あえて、求めなくてもいいのかもしれません。
時代をこえ、国をこえ、あらゆる権力・権威をこえて、
あらゆる物事人に、価値ある、何かを、しっかりと、
とらえてみたいもので ございますが 。  すると、個性どころか、
超個性になってしまって、大変ですね 。  (笑)

      ・  駅の時間になってきました。
         失礼いたします。    つづく

   駄弁です、つよく生きるために。       残月        合掌

2-23 涅槃会 <9>   その絵図より

    春のたより・・・・・・   ほのかなる  春の気配の  川柳(かわやなぎ)
                  風のたわむれ   しばし待つなり   (笑)

  釈尊が亡くなり、弟子の一人が泣き伏しています。  おそらく、いつも、どこでも、
いっしょに行動・御生活をしていた、アナン尊者だと、察せられます。
 従弟でもございます。

 御弟子の中で、一番多く < 説教 >を聞いていたと言われています。
後日、< 御説教 >を整理していく時に、たいへん御活躍なさられました。 なにせ、
一番御側で、拝聴していたのですから。(笑)

 また、< 経典 >( 説教集 )( 漢訳・中国語 )が、ほとんど、
「 如是 我聞 」 「 にょぜ がもん 」
「 われ かくのごとく きけり 」 「 私は このように うけたまわった 」で、
はじまります。  この< 我 >は、まさに阿難尊者でございます。

 そういえば、皆さま御存知の< 般若心経 >の中の、「 舎利子 しゃりし 」は
シャーリプトラ尊者といわれる御弟子様です。  心経で説かれている、
「 般若( はんにゃ )の知恵 」を、一番理解していた方でございます。 
( 釈尊より御年長だった気がいたします。 )そういう事での、御登場です。

  物事人を< 区別する知恵 >だけでなく、< 同じとする知恵 >でもって、
慈悲深く、教団の長老として御生活( 求道・伝道 )をなさられたそうです。

    ・ 以上は、昨夜、準備いたしましたが、net に掲載
        できませんでした。 (笑)
        明日は、また、できないかもしれません。 ( あかんなー)

    ・ 阿難尊者  つづき ます。

    駄弁ですが、努力してます (笑)     残月     合掌